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宇宙から来た小説


フェルミのパラドックス】=もし宇宙が生命で満ち溢れているなら、もう見つかっていてもいいのではないか、というもの。見つからないということは、つまりそういうことなのかもしれないので、お察しください的なやつ。

※本文中の(カッコ)内は特に読まないでもかまいません。なんらの思想の発展の土台たりえないからです。

【本編】



なんでこうなってしまったんだろう……。

僕はそれに目を落としながら、異次元の疑問の緩和を感じていた。


それは天板が楕円形のガラスでできた会議用円卓の上に厳重に置かれている。

記録カメラマンがフラッシュを焚いた。通常の製本を施された通常の本が明るく反射する。

なんの説明もなされない場合それはただの小説に見えるだろう。

いったい誰なんだ……。これを“宇宙から来たものだ”なんて言い出したのは……。

ここ数日、どこからかこの小説に関する情報が漏洩してしまい、ネット上では騒ぎになっていた。地球外知的生命体に関するあらゆる段階の議論のフェーズをすっ飛ばしているから当たり前だ。

SNS上ではあまりにもディープフェイクすぎて逆にフェイクじゃないと囁かれてもいるらしい。

我々は最後の砦だった。

この小説は、世界の主だった宇宙科学研究所がその解析をバンザイしてしまって(ちゃんと仕事せい)半ば押し付けられるような形でここへ来たのだ。

宇宙発の小説に関するデータベースがないため(そりゃそうだろうね)隕石対応を一応施して、密度チェックや磁石チェックや、ニッケル含有量チェックなどを元に鑑定した結果、いずれの機関もこの小説が宇宙に存在したことを証明できなかったらしい(てか、それって宇宙からのじゃなくね)。

その筋の情報によると、かの米大統領も危機管理センターのオーバルオフィス内でこれを少し読んだとか読まなかったとか。

にしてもなんで文庫化されてるんだろう。謎だ(謎じゃねえけど)。

ここに今集まった僕を含めた10数人はすべて日本のSF作家同朋会に所属する作家だ。

実はこの小説はなぜか日本語で書かれていて、内容も“日本でいろいろ遊んで楽しかった”みたいなものになっている(おいしかったラーメンのことについては特にページを割いている)。

そこで日本のわれわれに白羽の矢が立ったというわけだ(責任者出せ)。

今日ここにはだいたいこの分野の大御所たちが集まっていて、僕だけが若手の代表として呼ばれた。

みんな顎をさすったり首を傾げたり髭をいじったりしながら、小説と卓上に乱雑に置かれた資料を見比べて唸っている(そんなに深く考えることかよ)。

僕も資料を手に取ってみる。

そこにはこの小説を分析したことによって現在までに解明された形成史が載っていた(形成史!?)。

ちなみにこの小説の地球再突入はあらゆる妥当性を検討した上で否定された(検討いる??それ)。

特殊な手袋をしてピンセットを使い、それのページをめくっていく。

普通にポテチ食った手で読んでいいだろ、こんなの

そして、顔にどデカいゴーグルをはめたそれぞれが意見を交換し合った。

A「日本語というところになにかヒントがあるのでは?」

(日本のな)

B「見聞録ですかねー」

C「マルコポーロですな」

(ただの観光客の日記やん)

(なんでこんなもの落として帰ったんだよまったく)

僕は暇じゃないのだ。原稿の〆切だって迫っている。

D「いや、あるいは、最高の宇宙倫理を提示するもので……」

たしかに太陽系周辺の星を調査するだけでも太陽系以外の惑星系がいくつも発見されるし、その中にはかなりの数の地球があるという事実はあるのだけど、

だとしても、

みなさんSF脳すぎて、議論が飛躍しすぎている。

E「宇宙において生命が隕石によって運搬されたというあの説がここで俄然生きてきますですな」

F「おや?何か聞こえませんか?もしかしてビーコンの役割を果たしているやも知れぬ」

(聞こえねえよ、紙だよ)

E「われわれは宇宙確率論を援用してこの依頼に答えるべきでは……」

F「宇宙人の暗号理論と日本語の接点がどこかに……」

A「そうだ、〇〇くん、君はどう思うんだね?SF界の若頭の君の忌憚のない意見を聞かせてくれたまえ」

僕にお鉢が回ってきてしまった。

SF界の若頭って、なんか古くせーな。

僕は早く帰るために、いや、地球のためにこの際、はっきりと言うことにした。

僕「あの、申し訳ありませんが、はっきり言って、今のこの議論は典型的なノン・セキトゥール(誤った推論)の良い例ですよ」

場が一瞬静まった。


日本SF界最高権威のA氏が咳払いでそれを破り、僕に言った。

「君がこれをどれほど総合的に理解しているのかわからないが、次代を担う立場なのだから、君はもっとSFを勉強した方がいい」

え??叱られたの??

「申し訳ございません」

僕はそのあとはずっと、1000%地球人が書いたその小説を見つめながら黙っていた。

昼食タイムになり、みんなで食堂に移動して、食べた。

スタッフさんが気を使って宇宙食を用意しておいてくれたけど、SFの重鎮たちはそれにすごくキレてた。

僕はただただ早く帰りたかった。



                      終

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