受容〜猫と僕の日々|#短篇小説
Chapter11.
受容
猫の鳴き声しか出せなくなったモンは、僕を見上げたまま微動だにしなかった。ふたりとも、シャワーを浴び続けていた。
シャワーの栓を締めると、モンの見開かれた鳶色の瞳から、はらはらと涙が零れた。
全身濡れてしまった僕は、モンの顔を両手で包みこんで、やはり嗚咽が止まらなかった。
「あぁ・・お・・ぁあぅ」
しゃくりあげつつ、またモンが声を発した。
「モン・・・いいよ。此処を出よう」
僕はモンの手を取って、浴室から連れ出した。バスタオルを渡し、自分の濡れた服を脱いで着替えた。
死んだように重く塞がった心の中で、ただひとつ、明らかになったことがあった。
(モンは―――他の猫と交わって、元の「猫」に戻りつつあるんだ・・・)
それから、様々なことが起こった。
急に爪研ぎで一心不乱に引っ掻いているかと思えば、生え変わるのか、伸びた爪が横にいくつも落ちていた。
後ろ足で首のあたりを掻いているかと思えば、その部分の黒い毛が驚くほどごっそり抜けていた。明らかに「異変」が始まっていて、僕にはどうしようもなかった。
動物病院に連れて行ったが、無表情な医者は、
「季節の変わり目かもしれませんね。栄養をつけて下さい」
と一言で済ますだけだった。
―――違う。それだけじゃないんだ、と言いたかったが、モンの変身のことなど伝えられるはずも無かった。
モンは、加速度をつけて日に日に弱っていった。餌をあまり食べなくなり、ミルクや水しか飲まなくなった。身体が痩せて、ぺしゃんこになってきた。
「モン・・・どうしたんだ、元気になってくれ・・・」
もう、会社に行くどころでは無かった。泣けてきて、仕様がなかった。
―――
悩みに悩んだが、由依に連絡することにした。
「久し振りね。何かしら?」
いつものように明るい声で、気持ちが少し救われた。
「モンが・・・
モンの具合が、悪いんだ。
僕が出社している間、見てもらう訳にいかないかな?勝手だけど・・」
一瞬だけ間があった。
「―――良いわよ。・・・大丈夫」
「家から出せそうに無いんだ。僕の家で見てもらう形になるけど・・」
「うん。分かった」
前に、モンから由依の我慢について聞いた話を思い出していた。今も我慢しているに違いない。それでも本当に、由依はどんなときでも、出来る限りの力で人の望みを受け容れてくれる。
有難くて、また涙が滲んだ。
「―――ねえ?何か、いつもと違うね。
大丈夫・・・?」
僕は顔を手で押さえて、泣いているのが漏れないように、息を押し殺した。
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