シヴァ神とパールヴァティー|亡き母の記憶
父を無くした当時、母は50歳だった。
今思えば、本当に父は早過ぎた死だったと驚く。
父と母はおしどり夫婦だったため、
ずっと母は父だけを想って、一途に一生を終えたと思っていた。
―――
母の死後、遺品整理等、実家を細々と片付けていたとき。
引き出しの奥から、丁寧に薄いベージュの
薬包紙で包んだ、海外のものらしき銀のネックレスがふたつ見つかった。
また、そのすぐそばに、ちょっとしたメッセージカードのようなものがあった。
“―――〇〇へ行ってきました。
良かったら身につけて下さい。”
男のひとの文字だった。
ネックレスの先についたモチーフは、オリエンタルなもののように見えた。
これを調べてみて・・・。
シヴァ神と、パールヴァティー。インド神話の夫婦のモチーフだということが分かった。
https://www.sekainosinwa.net/entry/pa-ruvateli/
母の行動範囲で、インドへ行くような
その年頃の男性。
(―――あの、油絵の絵画教室の先生か・・・。)
教室の発表会場で挨拶した、
穏やかでありながら、自由な感覚を秘めている雰囲気の先生の姿が甦った。
わが母ながら、ロマンティーク過ぎると思った。先生はご結婚なさっていたのだろうか。
・・・大人の秘めたる恋。
それも、インド神話からするに、かなり熱烈な。
そう言えば。
「父親に似ている」と言って嬉しそうに買ってきた、西洋雑貨店のピエロの像を、奥に仕舞い込んでいた時期があった。
「結構値が張ったけど、ひと目見てピンときたから、思い切って買ってきたのよ」と言っていたのに。
自分で父親の似顔絵のデッサンを色紙に描き、私に「似てるでしょう?」ときいてご満悦で飾っていたのに、それを裏返して棚の隅にいつの間にか片付けていたこともあった。
記憶の中で、私の「違和感」が答え合わせされていった。
「―――あれ、どこかへ仕舞ったの?」
と何気なく私が尋ねたとき。
何とも言えない複雑な目をして、
半分泣いたような雰囲気で、
そう言えば口ごもっていた、
あの、母親の表情。
・・・・・
亡き父親をこよなく愛する私としては、母の心模様を歓迎するには至らないけれど、もし許されざる恋でないのなら、子どもたちに遠慮しなくて良かったのに、と思った・・・。
今朝。
私は寝室の棚にある、
いくつかの写真立てに、
水をお供えする。
父、母、テルコ伯母が
笑顔でこちらを見ている。
あたらしい水を供えることは、
その水の清らかさと潤いを通じて、
穢れを洗い流し清浄な状態をもたらす
のを示している。
亡くなった人たちの心の浄化や、
苦悩からの解放。
「穢れのない浄土」で、
安らかに眠ってもらえるように。
・・・手を合わせ、
今日も
故人や仏様への感謝や尊敬を想い、
祈りあげる・・・
✢✢✢
ふたつのインド神のネックレスは
どうなったか。
実は、何も言わずに娘に持たせています。(好きそうなモチーフでもあるので)
娘はおばあちゃん子だったので、彼女がもっと恋愛について分かるようになってきたら、母のエピソードを伝えるつもりでいます。
・・・なかなかに、女の業とは、深いものですね。
✢✢✢
お読み頂き、有難うございました!
スキ、フォロー、シェアなどが励みになります。
コメント頂ければ、泣いて喜びます!!
また、次の記事でお会いしましょう!
🌟I am a little noter.🌟
♥
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?