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記憶の断片〜猫と僕の日々|#短篇小説


#創作大賞2024


Chapter12.

記憶の断片



翌朝、ドアのチャイムが鳴って、インターフォンの画面を見ると由依だった。思ったより早かった。


「おはよう。―――ドア、開けるよ」
インターフォン越しに話すと、由依はにっこりと微笑んだ。



玄関で靴を脱ぎながら、


「会社に行く前に、モンの話を聞いておきたかったから、早く来たわ」と彼女は言った。


「そうか・・・有難う」


モンのところへ由依を連れて行くと、モンはいつも通り、寝室の隅で大人しく丸まっていた。


「えっ、モン―――こんなに痩せちゃったの」


数カ月ぶりにモンに会った由依は驚きの声をあげた。由依が、いつも見せない困惑した表情をしているのを見て、僕は余計気が滅入った。


「そうなんだ・・・えさもあまり食べなくて」

「薬は?」

「病院で診てもらったけど、出なかった」


由依はこぶしを口元に当てて言った。


「―――もしかしたら、高齢の猫用の餌とか、逆に赤ちゃん用の餌のほうが食べられるかもしれないわね。

・・・いいわ、何とかするから。
武井くん、もう会社に行かなきゃ。ね、駄目でしょう?」


由依に背中を押して促された。玄関先に戻ると、由依は僕に笑顔を見せた。


「モンちゃんの様子は見ておくわ。しっかりと仕事してきて」


「有難う・・・」


僕は革靴を履くために靴べらを使った。由依は手を振って、


「行ってらっしゃい」と言った。




数日が過ぎた。由依が来てから、餌が良かったのと、世話の仕方が流石に細やかなこともあって、モンは少しずつ力を取り戻してきたように見えた。


丸まっている姿は変わらなかったが、顔を上げていることもあった。


(―――この調子でいけば、モンは元気になるかもしれない)


何気なく、社内でフジオナエが通路の先を歩く後ろ姿を眺めた。相変わらず、男勝りな雰囲気だ。


モンを拾った朝。ダンボール箱の中でおびえていたのを、ふたりでのぞき込んだことを、僕は思い出していた。





その日、帰宅して「ただいま」と中に声を掛けた。


無音、で、静まり返っていた。


一瞬、全身に鳥肌が立って、玄関から上がる足がもつれそうになった。


「―――由依。・・・モン、何処だ?」


声が上ずっていた。鞄をその辺に置いて、慌ただしく中へ入った。


リビングを覗いても誰も居なくて、息を詰めて寝室に入ると―――


由依が、いつもモンの居る部屋の隅にしゃがんで、声を押し殺して泣いていた。・・・不吉過ぎる予感がかすめた。


「・・・由依。モンは・・・?」


由依は頬を涙で濡らしながら、真っ赤に腫らした目で僕を見た。


「武井くん、モンが・・・」その先を言うことが出来ず、顔を俯向うつむかせて口元を覆った。


モンの姿が見えた。口を開けて、小さな舌を出して、硬直した様子で横たわっていた。




【 continue 】




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