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《連載ファンタジーノベル》ブロークン・コンソート:魂の歌声

前回

8.脅威ー(1)

 スザンナが予想した通り、大手レーベルから出したアルバムは高額にもかかわらず爆発的に売れている。そして、毎日のようにテレビやラジオなどから流れてきた。これはとても喜ばしいことである反面、連邦政府とその裏に隠れ、ジミーやスザンナに反感を抱く者への挑戦と受け取られていったことも事実だ。
 しかし、ここまできて引き返すことなどできない。ただひたすら突き進むしかない。その思いはジミーの歌に込めた。ジミーの両親への愛、スザンナの母と己の歌への葛藤、セスのスザンナへの慕情。そして、マイケル・スチュアートが抱くジミーへの期待と、ミゲル・デ・ラフェンテが抱く祖国への郷愁。政治に翻弄され、やっと手に入りそうな権利が再び脅かされている。差別や虐げられている人々の思いが、このアルバムに込められている。だから、どんな困難が待ち構えていようとも、投げ出すことは許されない。
 テレビ局に向かう今も、スザンナが愛してやまないサンダーバード・コンバーチブルのカーラジオからジミーの歌が聞こえる。曲が終わるとDJが興奮ぎみに番組に寄せられているメッセージを読み上げ始めた。
「たくさんのメッセージを受け取っています。ジミー、あなたの歌声は私たちアンドロイド技術を持てない弱者の誇りです。いや彼は、この国の誇りへと昇りつつあるよ。つぎのメッセージは聴覚障害を持つ方からだね。あなたの声が、聞こえないはずの耳を通して心の中へ入ってきます。たくさんの情景が浮かびました。素晴らしい歌声を届けてくれてありがとう」
 DJはつぎのメッセージを確認しているのだろうか、数秒の沈黙のあと話しだした。
「え~、良い意見ばかりではヤラセだと思われてしまうのでね。反対意見も紹介しなしということなので、読ませていただきます。
 うまくやっているつもりだろうが、しっぺ返しが待っている。覚悟しとけよ、スージー」
 スザンナはメッセージを聞いて、無意識にブレーキを踏んでいた。
 『スージー』この愛称で呼ばれる時は、決まって悪いことが起きる。

 *** *** *** *** *** *** *** *** 

「このジミー・オステルマンって子は、どこの馬の骨?」
 クリスタ・ウィルソンはビルボード初登場2位を飾った新人歌手に興味があるのか、脅威を感じているのか、彼女には珍しく音楽番組を食い入るように見ていた。
 アンドロイド至上主義政権になり、彼らが言うところのルネサンス時代の王侯貴族や教会に雇われた古めかしい代物しか作り出せない者は排除されている。そんな中、彗星のごとく現れたとなれば音楽業界にいる人間でなくとも穏やかではいられない。
「どんな力を使っているのかしらね」
 クリスタはホワイトハウス報道官を務める恋人のダニエル・シュナウザーに意見を求めた。
「エージェントの力が凄いのではないのか」
 シュナウザーはテレビには興味がないようだ。
「スザンナが絡んでいるのかもしれないわ」
 シュナウザーは、マンハッタンの夜景を望むクリスタのペントハウスのソファで靴下を脱いでくつろいでいるところだった。ちらりと、壁に取り付けられてある巨大なテレビ画面を見た。
「どうして、そう思う」
「あの子は、私の物を何でも欲しがるからよ」
「これもか?」
 シュナウザーは、脱いだ靴下を自分の顔の前でちらつかせた。
「ジミー、何といった?」
「オステルマン」
「オステルマン。もっと厄介な力が働いているのかもしれない」
 常に冷静沈着な男が、わずかに動揺していることがクリスタにもわかった。
 シュナウザーは脱いだ靴下を手にしながら、大画面に映し出された未来の革命児の姿を目に焼き付けた。流れている歌声は魂をくすぐるほど優しいが、牛革をなめしたような美しい薄茶色の肌に獲物を捉えたら離さない瞳は、アメリカ大陸の王者クーガーのようだ。クーガーは着実に標的に忍び寄り、その高い瞬発力と敏捷性をいかし標的の喉に食らいつく。そして、標的を絶命させる。
 ダニエル・シュナウザーは靴下を履き直した。
「君が言うように、すべて奪われるかもしれない」
 そう言うとシュナウザーは内ポケットからスマートフォンを取り出した。
「あ、サムか。今から戻るが、少し調べてもらたいことがある」
 クリスタはリモコンを手に取り、ミュートボタンを押した。
 無音の世界が広がった。
「ジミー・オステルマンという新人歌手と、おそらく父親であるジェームス・オステルマンの動向を探って欲しい」
 クリスタが電話をしているシュナウザーの反対の耳元へ顔を近づけている。
「あなたも、この子が気になる?」
 クリスタは息を吹きかけるように囁いた。

                             つづく

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