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《連載ファンタジーノベル》ブロークン・コンソート:魂の歌声

前回

7. 覚醒ー(2)

「聴きたくない」
「え?」
「もう出よう」
 スザンナは喉元を押さえて、心なしか小刻みに震えているように見える。
「ビールを飲んで気分が悪くなったか」
 "スージー"の切なく訴えかけるような歌声が、店内いっぱいに広がる。

 ずっと、あなたに愛されたかった
 いつも、抱きしめてほしかった
 見ていて、私の成長を
 聴いていて、私の叫びを

「お願い……」
 そう言うと、スザンナは激しく咳き込みだした。
「わかった。すぐ部屋に戻ろう」
 ジミーは店から呼んでもらったタクシーが来るまで、スザンナを抱きかかえていた。スザンナの呼吸は荒く、肩でやっと息をしているという状態だった。

 モーテルに戻るとジミーはスザンナを寝かせた。ゆっくりと腕を離そうとすると、スザンナの弱々しい声がした。
「怖かった」
「ここにいるから、大丈夫だ」
「抱きしめていて」
「え?」
 意表をつかれ、思わず声が出るジミー。
「怖いよ。どこにも行かないで」
 スザンナの身体はブルブルと震えている。
 ジミーは小さめなダブルベッドに滑り込むように横たわった。
「俺がいるから、安心して眠りな」
 ジミーはスザンナの頭を引き寄せた。大きく開いたシャツからジミーのはちみつ色した男らしい分厚い胸が見えている。その厚い胸に顔を埋めるスザンナ。
「怖いよ。声が出ないよ」
 スザンナはジミーの腕の中で声を上げて泣いている。
「大丈夫だ。君の声は、俺には届いているから」
 こんなスザンナの姿を見るのは初めてだ。
 二人はネオンの灯りも入らない暗闇の中、シーツと窓にかかるブラインドの仄かな白色に包まれ眠りに落ちた。

 ブラインドから漏れる朝の光が、スザンナの顔に当たって目が覚めた。部屋にはジミーの姿はなかった。水が流れる音がする。シャワーでも浴びているのだろう。
 スザンナはブラインドを少しだけ上げ、窓を開けて風を呼び込んだ。風に運ばれて来たのではないだろうが、ベッド横にある赤い小さなテーブルに置いてあるスマートフォンが揺れた。テーブルの上でブルブルと小刻みに揺れるスマートフォンの画面には丸いタンポポの綿毛が映り出されている。スザンナは揺れるスマートフォンを取り、通話ボタンを押した。
「もしもし? まだ警察?」
 聞き覚えのある声がした。
「なぜ黙っているんだい?」
 ほんの数秒、沈黙があった。
「ジミー、じゃないね」
「ミゲル・デ・ラフェンテ。あなたは、神なの、悪魔なの?」
「君と同じ人間だ。人はみな、神と悪魔、両輪の心を受け継いでいるんだよ。崇高な信念と、邪悪な欲望を併せ持っている。そうじゃないかい?」
「わからないわ」
「僕は、いつでも君たちの味方だし、力になるよ」
「彼を、ジミーをあなたの元へ連れていかないで。彼は政治の道具じゃない。ただの歌い手よ」
「違う。彼こそ、この国の救世主さ。だから、僕は彼を連れて行く」
「彼を道連れにしないで」
 そう言うと、スザンナは通話ボタンを押し、通話履歴を消した。テーブルにスマートフォンを戻し、また静かにベッドに横になった。

「まだ寝てるのか」
 ジミーは寝ているスザンナの顔を覗き込んだ。するとスザンナは腕を伸ばし、ジミーの顔を自分の方へ引き寄せた。優しくキスで答えるジミー。ジミーとスザンナは二、三度唇を重ねた。
「そんな子どもじみた扱いはいらないわ」
「え?」
「言っておくけど、仕事に支障をきたすような行為はしない」
「は? 何を勘違いしているんだ、君の方が」
 その先の言葉をジミーは飲み込んだ。
「ありがとう。ずっと、そばにいてくれて」
 スザンナはもう一度ジミーを自分の方へ引き寄せると、今度は感謝を込めた母親のような温かいキスをした。
 ベッドサイドにある小さな赤いテーブルの上からブルブルと振動音がしてきた。ジミーはスザンナの身体から離れると振り返り、テーブルの上を確認した。
「君の電話だ」
 と言ってスザンナに渡した。
「事務所からだわ」
 スザンナの言葉を受けてジミーは『レゾネイト』という事務所には、他にもスタッフがいるのだと、今さら安心している自分がおかしくなった。
「はい。今はまだシスコですので、明日には向かえると思います」
 スザンナは電話を切ると、氷河のような彼女の瞳に陽光を差し込ませ輝かせていた。
「大手レーベルから契約したいって、オファーがあったって」
「ほんとか!」
 スザンナからの返事はなかった。けれど、彼女が勢いよくベッドから飛びおりて愛車の鍵を手にしたことで、真実だとジミーは悟った。

                            つづく
 

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