レイナアブソルータ(第1章)

〈あらすじ〉

独立自治権を持つ伯爵領カスティーリャ。その国の王女クラウディアは、バザールで、南の大国の皇子アヴドゥルと出会う。

それから数年後、王としてカスティーリャにやってきたアヴドゥルは、クラウディアの仇撃ちをし、褒美として彼女を求めた。それも自分の妃として。

クラウディアはその言葉を否定する。それは過去にアヴドゥルの国に兄を殺されたから。その上、アヴドゥルは実権を持たない傀儡王である。

そこで、クラウディアは、カスティーリャの王となり,アヴドゥルをサポートする。それは過去に、アヴドゥルが、自分の為にイスラームの国の特産物を沢山横流ししてくれたからだ。それで、キリスト教国で頭一つ上になったのだったから。


プロローグ 

再会

「クラウディア! 其方が、今一番欲しいモノを持ってきたぞ」
 そう言ったのは、ジャスパール・アヴドゥル・ラフマール2世。南の大国、イスラームの国の王だ。掲げる手には、西の国の伯爵の首がある。
「ありがとう。今まででの贈り物の中で最高のモノだわ。中に入ってきて」
 そう言い、門番に開門させる。

 今、父王の亡骸と、その父を亡き者にした首謀者の首、ウチと西国の領地界にある伯爵領、その領主の首を持ち、この地にやってきた。
 突然、先触れもなく、此方の城にやってきて、イスラームのカリフと名乗り開門を迫っている。そんな話を、慌てた門番兵士見張りからの報告で聞き、私は城の見張り台に出てみた。
 そこには、私が知っている、幼い皇子の姿や少し大きくなった少年の姿と違い、逞しく雄々しい青年の、しかも大国の王と言われても恥ずかしくない立派な風格と面立ちのアヴドゥルがいた。
 その変貌に驚く私を尻目に、兜から垂れたクーフィーヤの襞越しから覗く、以前と変わらないキラキラと輝く青い瞳を窄め、昔のように話しかけてきたのだ。

「其方の父上が、騙し討ちのように、西の国との国境付近で、奇襲されていた。気がつき手助けに向かったが、今一歩、遅かった。ごめん、助けられなかった。だが、首謀者の、首は取ってきたぞ。ほら」
 そう言い、謁見の間に、怯む事なく堂々と側近達と入ってきたアヴドゥルが首謀者の首を渡してきた。
 私は、その首を受け取ると、微笑んでしまった。だって、あれほど執拗にこの国を狙っていた伯爵は、もう此方に嫌がらせも何もできなくってしまったのだから。
 しかし、此方も王という犠牲が出てしまった。そのことは、国内の事。後回しでいい。先にアヴドゥルへのお礼をしないと。
「今回の事、私からもカスティーリャからも礼を申し述べる。感謝する。ありがとう。実は、あと少しで、私も出陣するつもりだったんだ。その意味でも助かった。ついては、アヴドゥル様に褒美を差し上げたい」
 すると、アヴドゥルは、薄く左右に唇を伸でばし、少し口角を上げ、ニヤリとして、そのイスラームの国では珍しい青い瞳が輝きを増した。
「褒美か〜、なら其方を貰うとしよう。其方こそは最高の褒美だから。以前と変わらぬヘーゼルの瞳に濃い栗毛色の髪。そして、今聞いた様にどんな時も挑戦的な、その勇敢な態度。どれを取っても戦利品としても申し分ない。フラウ・ブラン・ド・カスティーリャ」
 この地で有名な私の二つ名を、口にし褒美に私をと求められた。
 そうか、もう立派な男なんだ。戦さの褒美に女を求めるくらい。すると、
「其方がまだ伴侶を得てなかったとは。これはなんという暁光だ。其方を我が妃に」
 そう言い、アヴドゥルは、私の手を取り、そこに口付けをした。すると、周りの大臣達が
「姫を戦利品の様に慰者になど、いくら妃にと言われてもなあ。所詮、異教徒」
「だからイスラームの者を城になど入れるなと言ったではないか」
 と煩い。それを、アヴドゥルはその青い目を冷酷に光らせて黙らせた。そして、大臣たちを揶揄うように、
「己が来んかったらどうなっていたかのう。それを知っちょって、其方達は言っちょんのか、うーん? んなら、其方、何、そんことこで、文句垂れちょてないで、姫の代わりに戦ば立てばよかろ。ああっ?」
 昔、初めて会った時のような話しぶりで話すアヴドゥル。それを見ていると、姿は変わっているけど、中身は何も変わってないよと、こちらに言ってくれているようだ。そう、アヴドゥルの中身は、あの時、久しぶりのバザールで、人攫いから助けてくれた、その時の事のままなんだ。

婚儀

 そんな思い出に耽っていると、大臣達を黙らせたアヴドゥルが、私の側に来て、
「其方の気が変わらない内に褒美を頂こう。姫の部屋に案内せい」
 そう言い、私の手を取り、がっしりとした私の身体を、何の事もないように肩に担ぎ上げ、側にいる侍女に先導させる。
 私は、一歩も動こうとしない城の重臣、大臣達に、
「其方等は、司祭に連絡し、父王の葬儀の手配を。西の隣国が動く前に、隣国の王に、宰相であるフェリシア姉様に、今回の件の申し立を。
 ああ、アレの首は向こうが何か言って来るまで城の塔にでも吊るしておけ。なお、武力でなく話し合いで解決を求めるように」
 そう言うと、一人の大臣が、
「クラウディア様は?」
 と聞くが、其方に何かできる訳でもないだろうにと思い、私は、
「私の事は気にするな、問題ない」
 そう告げる。
 彼は私を担ぎ上げたまま、私の私室に向かう。後ろを、彼の護衛騎士と、私の側近である幼馴染達が追従してくるのが見えた。


 私の部屋に入ると、寝台に座るように優しく下ろされた。
 部屋の中は、それとは裏腹に、この国の王位後継者を慰みモノにしようとするのだから、空気がピリピリしている。
 アヴドゥルは、部屋に入る時、すかさず部屋の扉の外側を彼の護衛に守らせ、何者も入れない様に命じた。そのため、私の幼馴染達も足止めを喰っている。侍従は、アヴドゥルと一緒に中に入ってきた。
 そのアヴドゥルの侍従が、彼の服を脱がせている。その事で、これから、我が身に起きる事を容易に想像できる。服を鎧や武具を外し、下着姿で、私の前に跪き、手を取り、そこに優しく口付けをする。
 私の侍女頭で乳母のクロエが、此方側の見届け人として、立ち会い人として、
「クラウディア様の乳母として、最後までお側を離れる事はありません」
 そう言い、断固として離れなかった。やはりクロエだ。その言動に安心して、ちょっとホッとする。
 アヴドゥルは、笑いながら
「好きにしろ」
 と言い、天蓋の帳を下ろした。
 寝台で二人きりになると、アヴドゥルは優しい口調で、わたしの手を握り締め、
「そんなに怯えないでおくれ、クラウディア。事を性急に求めた事はすまないと思うが、其方に、褒美と言われて、其方のこの手を取ることしか、オレの頭には浮かばなかった。そのほどに其方の事を欲している。それは、其方を、此国の王位継承者としでなく、ひとりの女としてだ。オレの男としての邪な思いからだ。それに今なら断れないと分かっていているからのう。己の浅ましさが嫌になる。だが、オレは今回其方に、卑怯者と罵られ様と、例え厭われようと、この手を離す事はせぬ。其方が欲しい。今、この手で其方を抱き(いだき)たい。良いか」 
 そして、私の手の甲に其奴が、また、口づけをし、優しく抱き締める。アヴドゥルの手が、少し震えている。
「あの時、其方と距離を置かずにならなかった。今のような力がオレに在れば、其方を手離す選択などしなかったはずだ。だが、あの時は、オレは幼く力などなかった。その上、アルマンスールは、ああ、アレはまだイブン・アビー・アーミルだったなあ。そう我が侍従(ハージブ)が其方を狙っていた、そうこの国を其方ごと。どうすれば良いのか分からなかった。だから、其方に何の興味などないと離れる事しかできなかった。
 今回は、其方をオレの妃とする。もう誰にも、あのアルマンスールにも、文句など言わせない。もう諦める事などせん。その為、あの時の其方の自由な姿を見て憧れ、其方との手紙のやり取りで、受けた提案や示唆を心に刻み、色々と自分なりに力を付けたのだから」
 しかし、そんな言葉とは裏腹に、私は彼の妃になど望まない。異教徒同士、しかも王同士の婚姻だ。もう、これは悲劇の幕開けしか、想像できない。
 そんな悲恋話のようなロマンチックな話は吟遊詩人に任せるべきだ。単なる慰めモノとして其方に抱かれた方が、どれほどマシかと思う。
 だから、
「そんな、戯れごとを言うな。単なる慰みモノとして、抱けば良いだろ。其方に褒美と言ったのはこの私なのだから。其方の妃の地位など望まぬ。父の仇を打ってくれた、それだけでも、この身を其方に捧げることを厭わん」
 そんな投げやりな乱暴な言葉を言う私に向かい、アヴドゥルは昔の様にあどけない笑顔になり、
「あはは、相変わらずのじゃじゃ馬ぶりだな。貞節を重んじる、キリスト教徒がそのような事を口にするな。其方をこの手で抱けるだけでも、オレは幸せなんだ。もう其方には伴侶がいてと思っていたからなあ。
 だからこそ、その感謝の意味もあり、オレは、其方を正規な妃の位に就けたい。今、其方をと、望むのはちゃんとした婚姻の契りの儀としてだ」
 そう私に告げると、口づけをし、服を脱がし始めた。
 私はその言葉を聞いて、そんなと、戸惑いを持つ。きっと悲壮感を浮かばせて、泣きそうな顔になっていたのだろう。
「そんな、私の為にあの侍従ハージブと仲違いなど」
「先に彼方が王の代わりになろうと画策したのだ。現に、その掌中に王位以外の全てを握っている」
 そう投げ捨てる様に吐く。
 そういえば、この間、トレドで聞きかじった事がある。新しい王宮が、アルマンディーナ・アッザーヒラが、コルドバ郊外にできたと、平民まで騒いでいたんだ。黄金に煌めく新しい王宮に臣民は喜んでいると。しかし、そこには、アヴドゥルのいる場所がないと。そう、アヴドゥルは今だにコルドバの旧王宮に住んでいるんだ。臣民は皆引っ越したのに。
 そんな、立ち位置にいるんだ、やるせない。なんでアヴドゥルだけがこんな試練の道を歩まないといけないんだろ。
彼は幼い頃に、私と出会った後すぐの頃に、王位を就いた。それは、あのアルマンスールが傀儡の王が欲しく、彼の母親と画策し、その地位に就かせたとの噂だった。彼の母親はそのアルマンスールの言いなりだと。だから、口の悪い人達は、アヴドゥルのその見た目から、不倫アルマンスールの子と言われていた。アヴドゥルは、イスラームでは珍しい金髪で青眼なのだ。美男子のアルマンスールを見て、皆、そう言うんだ『ああ、不義の子と』。それなら私もおかしいね。父様も、兄姉達も金髪碧眼。なのに、私は肌色はこんがりして、髪の毛も金髪から遠い濃い栗毛色。瞳は興奮すると翠になるが普段は茶色。そう彼方の人の様な見た目なんだ。アヴドゥルと仲良くなって、よく言っていた、お互い入れ替われば問題ないねって。

 だからこそ、そんな、アヴドゥルの投げやりな言葉を聞き、私は、自分から服を脱ぎ始めた。貴方の味方はここにもいますと、そんな意味を込めて。
「アヴドゥル、貴方が無理やり私を奪うのではないんです。私も貴方の事、お慕いしておりました。最初は物知りな弟みたいでしたが、段々、好ましく思っておりました」
 そう口に出して言うと、アヴドゥルは大きく目を見開き、
「其方、それは本当か?」
「ええ、私が以前、視察に行った時、貴方に助けてもらった事がありましたね。あの祖父の大臣の裏切りの時。その時、以前と様変わりした御身を見た時。裏切り者を躊躇いなく、打ち切った時、その潔い対応に、貴方を一人の男と見る様になりました。ただ、ゴンサレス兄様の事もあり、その気持ちに気づかぬ様に、心に蓋をしていた次第です」
「ありがとう。其方の気持ちが知れて、嬉しい」
 昔のように照れを隠す様に少しはにかむ。
 アヴドゥルが、迷いなく私の服をスルッと脱がす。そして、ゆっくりと優しく、私に触れ寝台に倒された。
 二人ともいつの間にか、生まれたままの姿になっていた。
 髪を優しく梳きながら、私に口付けを落とす。
 彼がニコリと笑い、私の身体を優しく撫でながら
「オレは其方が、まだ嫁いでいなかった事に驚いた」
「私は数年前に王位継承者になってしまったんです。もう何処にも嫁ぐことはありません」
 顔を背けてそう言う。そう、ゴンサレス兄様は、アルマンソールに貴方の侍従ハージブに嬲り殺されたんです。そんな事を口にしてしまいそうだから。アヴドゥルを非難しそうだから。すると、アヴドゥルは優しく私の顔に手をやり、顔を自分に向けさせて、
「すまない、あの時はオレに力が無くて」 泣きそうな顔をして謝罪をする。
 誤って欲しい訳ではないので、顔を左右に振る。
「私もあの時、少し調子に乗っていたのです。なんでもできる、この国を私が豊かにできると」
 すると、彼の手は私の感じる場所を、胸を下草の辺りを、私が嫌がらないように、不快感を持たないように、優しく撫でいる。これからの事が差し障り無いように。 そして、徐に、
「もう時間がないようだ。其方との初めてが、こんな略奪するような床入れになってしまって」
 アヴドゥルが私の上に。貫く鋭い痛みが走る。それが、なぜか敗北を言い渡されたようだった。
 アヴドゥルは激しい動きをつけて私の身体を押さえつけ動く。自分の身体が自分でない感じがする。
 今度はその熱いものが下半身を埋め尽くす。自分の無力と破瓜の痛みからか、目に涙が浮かぶ。諦めしかない。すべて受け入れるしか。そう思ってると、下半身の動きが激しくなり、身をよじる。
「こんなに性急に其方を求める事はしたくなかった。すまない」
「謝罪など不要です。貴方は褒美として、私を求めたのですから。満足なさったなら、それに越した事はありません。私も貴方にこうされたいと思ったのですから」
 そう言うと、思わず涙を溢しそうになり、瞳に力を入れた。それは丁度、アヴドゥルを睨んでしまった形になる。
「おお、いいな其方のその瞳。ゾクゾクする。何者にも屈せぬ高貴なその気高さ。ああそれをこの手で、手に入れることができたのだ。それだけで感無量だ。何物にも代えがたい戦利品だ」
 そう言うと、感高まったのか、より一層激しく強く身体を動かし始める。そして果てる。
「これで其方は私のものだ。褒章としても申し分ない。
 ただ知って欲しい。オレは、昔からその瞳に憧れ、これまで其方に相応しい男にと努力してきた。その瞳に映るたった一人のひととなる為に。もうじき、あのアルマンソールも倒せるだろう。そうすれば、もう傀儡王などと言われる事もなくなる。その日が来るまで、其方には、何者にも屈しないその高貴な目で、その其方のいる場所まで、己が這い上がって行く様を見続けてくれ」 
 そんなことを言い放ち、天蓋の帳を開け、契りの儀は無事済んだ。証を持て、参る。と彼は支度をして足早に部屋を出ていった。

 そうして、私はアヴドゥルと契りを結んだ。 
 アヴドゥルはその後、約束通りに、私を、彼の国の、隣国の、イスラームの国の第二夫人として迎入れた。

 ただ、私は自国を、愛する母国を、そのイスラーム国からの、彼の侍従ハージブの魔の手から守る為、父の跡を継ぎ、キリスト教国、カスティーリャの女王となった。

次話

#創作大賞2023

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