レイナアブソルータ(第2章)

邂逅

出会いは偶然に

 彼との出会いは本当に偶然だった。

 その日、私は護衛に、腕に覚えのある文官で従兄のエマヌエルと、騎士の乳兄弟のヒメノと、いつものように城を抜け出してきた。 バザールが隣街にと言っても、国境を越えるんだけどね。来ていると。だから、もう城で、じっとしていられなくなった。

 なので、幼馴染の彼ら達と一緒に、朝早くにこっそりと城を抜け出し、早目のお昼を取ろうと、馬を駆け、国境を抜けた。

 バザールが開催されてる時は、国境門が緩くなる。この辺の商売人が結構、彼方に向かうから。その辺の郷士の娘に扮装すれば楽々と出れる。
 帰り? その時は王女ですって言えばオッケー。慌て、騎士団が迎えにくる。ちょっと狡いかもね。 まあ,じゃじゃ馬姫のやることだから仕方ないって済ましてる。

 まあ、今回は、そこまで大騒ぎをするつもりはない。場所が国境近くの小さな街だしね。そこでバザールが開かれるらしい。バザールをちょっと見てお昼ご飯を食べて、帰れば誰にもバレない。そんな思惑から此方に来た。

 バザールは、本当にワクワクするんだ。見たことないモノや珍しいモノが沢山あるから。それをお金を出せば買えるって事も。それが隣りの陸続きの国にあるのだ。ウチの国にはないモノが、此方の国にはある。羨まし。裕福になれば、我が国ウチにもってなるけど、中々、そればは難しい。まあそんな事を置いといても、バザールは見るだけでも楽しいんだ。
 その中でも私の興味の一番は料理。
 香辛料たっぷりのイスラーム料理や遠くペルシャの甘いお菓子。後、城では食べることの絶対にら叶わない食べ物。それは出来立ての熱々の食べ物。

 そんな出来たての料理を、珍しい料理を、屋台で思う存分に買い食しちゃう。そうそれに、此処には、我が国では見たことのない料理や食材。ペルシャからシナから伝わってきたというモノがあるから。

 それらを見ていると、この地の先には、ローマより遠くにペルシャがあり、その先にも、まだ見知らぬ国が続いて、最後にシナに着くと。そんな広い世界も容易に想像ができる。それくらい色々な物が、そんな遠い国々から、キャラバンが遠路はるばるやってきて、所狭わず並んでる。そんな物を見て、それが作られた国々を想像するだけで、ワクワクする。
 香辛料の多くは、ペルシャから、地中海を隔てた、エジプトからきている。胡椒、唐辛子、クミン、丁子グローブ八角アニスシードなどをよく見かける。少しでいいから欲しいと思うが、とても値段が高く、大体、その前の買い食いでお金を使い果たしてしまうんで、買う事がいつも叶わない。

 一国の姫なのに、そういつも金欠なんだ。だって、私が使うお金は、民からの税金。無駄遣いなどできない。それに我が国は、父王や兄様は、国と言っているが、実は独立権を持った西の国の伯爵領なのだ。だから、そんなに裕福ではない。それで、私が父王や兄様にアドバイスを貰い、色んな事業をやってている。それでちょっと儲けて、それを資金に、此方で珍しいモノを手に入れて、自国でとを繰り返している。だから贅沢はしない。それよりも面白いモノや珍しいモノを手に入れることの方が大切と思っている。

 バザールを見て廻る。
 どこから来たモノなのか確認もする。そしてご飯を食べている時に、中でも珍しいモノ、新しいモノを精査し、コレというモノを買う事にしている。

 幼馴染達は、その時、私の話を聞きながら色んなアドバイスをするんだ。文官のエマニュエルは、情報の扱いに長けているから、モノの真偽情報の虚偽などを見抜く力がある。騎士のヒメノは、なんて言うのか、鼻が良い。こうピンとくるモノを探すのに。まあ二人はいつも私の城出に付き合い、色んな所に連れて行かれるからね。そうなったんだと思う。今回のキャラバン隊はペルシャの品を持って来たと、商人達は口にする。

 久しぶりにバザールだ。あれこれ目新しいモノ、珍しい品を見て廻っていた。はしゃぎすぎたんだ。私が、

「ねえこれ見て、海藻を干したモノだって、珍しいね」 
 いつもうんざりした声でエマヌエルが、「はいはい、そうですね」なんて、直ぐに返してくれる返信がない。

 ふと、周りを見渡せばいつも側にいる護衛の幼馴染二人の姿がない。

迷子



 拙い。

 私の頭に浮かんだ言葉。

 そう、流石にお忍びでも侍女を付けずに女がひとりで出歩くのは危険。町娘達も、バザールでは数人で固まって歩いているくらいなんだ。これなら先に、宿屋に馬を預けて来ればよかった。馬の手綱を持っていたので、二人と手を繋ぐこともできなかった。すぐ逃げ出せるように、馬を連れて歩いていた、それが仇となってしまう。失敗した。幼馴染達と手を繋いでいたら良かったと、今更だけど反省する。ちょっと恥ずかしいけど安全安心には代えられない。

 幼馴染を探そうと、キョロキョロと、あたりを見回し探してると、顔馴染みの商店の小母さんや小父さん達が、私を揶揄うように声をかけてきた。

「どうしたんだ姫さん、迷子かい? 侍従は? いつもひっついている坊主たちは、どうした? この人だ、人攫いに気をつけなよ」
「姫さんは、別嬪さんだから、こりゃ〜、いい金になるなあ。アハハ」

 そんな揶揄い紛れの声までかかる。

 分かっている商人達。バザールのキャラバン隊は、街から街へ向かうから、中には、女、子供を攫らって荷物に上手く隠し、次の街で、女なら娼館に売り飛ばせばす輩もたまにいる。
 そう、それだけだ、そうすれば、ある程度の大金がラクに手に入ると聞くから。知らず存ぜずを通しておけば、誰も疑わず、足などつく事はないから。多分、足がつく前にトンズラするんだろし、もうこの地に来なければ良いのだから。

 だからこそ、気をつけていたのに。
 まあ、この街には度々来ているので、顔見知りの店主や馴染みの店員達は、私の素性を知っている。カスティーリャのじゃじゃ馬姫様と。先代のお爺さまにそっくりな無謀なじゃじゃ馬ぶりは、近隣では有名だからね。 
 普通の姫なら身柄を拘束して、身代金、狙いもあるだろう。しかし、私に対してそんな事をすれば、もうこの地で仕事が、商いができなくなる。だから手を出さなと。
 私の沢山あるあだ名のひとつ、カスティーリャの商売姫というのがある。そう、そのくらいカスティーリャの商売人達には顔が利くんだ。此方の珍しいモノを持ってきたりして、色々と事業を起こしているから。商人達には一目を置かれている。

 だから此方でも誰も手を出さない。だけど、それはそれ。私の事を知らない、若しくは姫だから身代金をと狙う奴もいない事はない。 
 そんな危ない思いをしてまで、なんでバザールに来るかって?

 それは面白い珍しい物に出会う確率が上がるから。城で、待っていても、そんな物は手に入れられないから。誰も持ってきてくれない。だから私が探しに出て行くんだ。

私の沢山あるあだ名のひとつ、カスティーリャの商売姫というのがある。そう、そのくらいカスティーリャの商売人達には顔が利くんだ。此方の珍しいモノを持ってきたりして、色々と事業を起こしているから。商人達には一目を置かれている。

 だから此方でも誰も手を出さない。だけど、それはそれ。私の事を知らない若しくは姫だから身代金をと狙う奴もいない事はない。 そんな危ない思いをしてまで、なんでバザールに来るかって?

 それは面白い珍しい物に出会う確率が上がるから。城で、待っていても、そんな物は手に入れられないから。誰も持ってきてくれない。だから私が探しに出て行くんだ。

私の沢山あるあだ名のひとつ、カスティーリャの商売姫というのがある。そう、そのくらいカスティーリャの商売人達には顔が利くんだ。此方の珍しいモノを持ってきたりして、色々と事業を起こしているから。商人達には一目を置かれている。

 だから此方でも誰も手を出さない。だけど、それはそれ。私の事を知らない若しくは姫だから身代金をと狙う奴もいない事はない。 そんな危ない思いをしてまで、なんでバザールに来るかって?

 それは面白い珍しい物に出会う確率が上がるから。城で、待っていても、そんな物は手に入れられないから。誰も持ってきてくれない。だから私が探しに出て行くんだ。


バザール



 バザールには、街の規模によって違いがあって、大きな街では商人の協会や組合が顔を利かせているので、出店にはコネがモノをいうのだ。例え、高い所場代を払ったとしても、新参者はなかなか店を出すことは叶わない。そう、大きな街のバザールは決まった者しか入れないんだ。そこは、並ぶモノの種類も多く、値段も少し高め。だが、商品の品質には協会の、組合の、お墨付きがある。だから、問題が起これば協会が組合が間に入り調整するので、安心を売りにしている。協会ギルド組合クランの自警団が見回っている為、治安もそこそこ良い。

 そして、こちら。今日、来た場所は、そんな大きな街でない。そう、国境沿いの小さい街なのだ。そこに、キャラバンが来てバザールが開かれると。向こうも商売になると分かってもキリスト教圏に入る事はしたくない。それは宗教的理由もあるし、トラブルの原因を多く含むからだ。が、国境近くで開催する事で、買い手が国境を越えて来てくれると踏んでる。なので、そんな危険を冒さない。
 それに、コチラは、コチラでイスラームの珍しいモノが手に入るという事で、何に替えても行きたいからね。そう、持ちつ持たれつの関係。だから、こんな小さな街でもキャラバンが来てバザールが開かれるのだ。

 その上、こういう小さい規模のバザールは、誰でも店が出せる上、所場代もそこまでではなく、小さな店やキャラバンそのものが店を出したりする。

 旅商人の探してきたこだわりのモノ、趣味的なモノや珍しいモノ、ちょっと出生の胡散臭いモノ、まあ中には、ぼったくりや詐欺紛いのモノある。それに、店主は、なんでも文句を付ける客を捌く為、そこそこ強面で、ガラが悪い。

 そしてキャラバン隊は、街から町へ歩くんだ、腕も立つのだろう。買い付けした品物が盗まれない様にと自衛団もいる。そんな奴らなので、まあ口より手の方が早い。其方此方で言い争いなんて、可愛いと思える程に諍いは多い。中には自慢の腕を見せびらかす輩もいる。そのくらい治安が悪い。

 でも、なんて言っても面白いのは、こっちの方。だってね、商品構成が全然違うし、目利きを試されている感じがする。欲しいものを上手く値切って買えた時の満足感は、もう、なんともいえないんだ。その上、見たことない物も多い。

 まあそれは、『本当?』と疑問を口にするくらいインチキが多いけどね。

 この間もシナの物だと店主が言っていたが、どう見てもそんなモノではなく、私が、客に、

「それはシナ物とか言っているが、そんな事あるはずない。ちょっと仕事が荒いし、この辺の造形が怪しい。多分シナより南の小国、なんと言った国かな? その辺のモノ。まあ質が良いし値段からいえば、お買い得だな」 
 と、ちゃんとお値ごろだとおおススメしたのに、その人が買わなかった為、営業妨害だと、商売を妨害されたと、店主に追いかけられた事もある。商売の邪魔はしていないはず。

 そう、まあ、そんな事もある、ちょっとした冒険みたいなんだ。

 うん、その後、怒った店主に追いかけられ、幼馴染と三人で街中を逃げ回ってしまった。

 ただ、偶に、本当に珍しいモノに出会う事がある。買っていき、トレドのウチに連れてきた学者達に確認すれば、

「話は聞いた事があるものですが、本物を現物を見たのは初めてです」

 なんて言われた事もある。

 その為だけでも此方に足を向けている。
 まああの時は、城に戻り、ヒメノに怒鳴られた。

「クラウディア様との城出は、もう、二度とごめんだ、街の中を散々駆け巡らされたし」

 そして、今回も

「アレほどの思いをしても、まだこりないのですか? もう嫌ですよ。何か姫様に有れば、侍従の責任になるんですよ」

 エマヌエルにも、散々と嫌味を言われ、護衛を断られたんだ。それを拝み倒して、どうにか来ることがかなったのに。だから今回は大人しく、護衛の幼馴染達から離れない、その辺でお節介を焼かないという約束したのに、目新しいモノに心をうばわれ、はしゃぎ過ぎ、気が向くまま、足の赴くまま、勝手に動き歩いてしまった。で、護衛と逸れてしまったんだ。

 後悔先に立たずというが、本当だね。

 すると、

「お嬢様、此方においででしたか。ご心配申し上げました」

 そんな風に声をかけられて、振り向けば、上品な身なりの侍従風情が立っていた。

 そう、それは私の護衛でない。そんな事は、声をかけられた時に分かっていた。私の護衛は幼馴染なので、名前で『クラウディア様』と呼ぶから。

 それは、多分人攫いだと。侍従に扮して、女の子を攫うと聞いたことがある。周りは、家出娘が、捕まって騒いでいるとしか見えないんだろう。やばい、逃げる算段をと、腰に手をやる、そこには、飾り紐を、中には銀の鎖を入れて、目潰しの暗器にしている腰紐があるから。その武器を手に取るが、その者だけなら倒し、手早く馬に乗り逃げる事はできる。

 しかし、周りを人相の悪い若い男衆が数人、コチラを取り囲している。ダメだ、多勢に無勢。なら馬に乗り蹴散らす? そんな事したら騒ぎが大きくなる。私の身分は皆、知らず存ぜずのふりしてくれているけど、知られている。下手すれば捕虜になってしまう。そんな事がなくても、騒ぎが大きくなれば、もうここに来ることどころか、城から出る事さえ出来なくなる。そんな後悔とも逡巡ともつかない思いを巡らせ、

「ごめんなさい。お父様、愚かなクラウディアは、もう、城に帰る事が叶いません」 
 なんて懺悔までしていると、目の前に、ひらりと白いマントが翻る。

 私の目の下、顎よりちょっと上くらいの白いクーフィーヤを纏った小さな男の子が、私とその偽物侍従風情の間に立ち入り、

「この地で、姑息な手段の人攫いが行われて

いるとは、嘆かわしい」

 そう言い放す。その侍従風情が、

「子供の出てくる所ではない。怪我をしたくなければ、とっと去れいれ

「こんな、若く綺麗なお嬢さんを拐かす不届き者を、この地を託されたしもべとしては許す事はできん」
「小僧、何を抜かす! 名を名乗れ!」

「アヴドゥル・ジャパールだ」

「この地の王、カリフの息子の名を騙る不届き者。我が王の子なら、その様な彼方の国の者の様な風体をしておらん。我れが征伐してやる」
 その者が刀に手をかけるか否かの時、バタンと倒れた。周りを見ると取り囲んでいた男衆達も地面に伏して剛健な男に押さえつけらている。

 その男の子は、私に向かって、少し蒸気し紅くなった顔上げ、

「カスティーリャ伯の令嬢が、侍女のひとりも付けず歩き回るなど、愚かとしか言えない」

 私の事を、身元を知っていると示し、同時に叱責の言葉を吐く。しかし、その強い言葉遣いとその子の見た目のギャップに戸惑う。

 こちらの国では珍しい明るい金髪に近い髪の毛をクーフィーヤで包んでいた。肌も私より白く、その上、青い瞳。そんな可愛い顔なのに、年寄りみたいな口調。だから、

「護衛はいるのよ。いたのよ。ちょっと今、見えないだけ」

 そう幼い子だからと、言い訳めいた言葉を返してしまった。

「今この時、この場所に居なければ、それは護衛とは言えない」

 冷たく言い放された事実に身体がピクンとしてしまう。私の護衛が無能なんだと。私は主として言葉を失う。

「大方、大慌てで探し回っているのだろ。探してこい」

 その子はひとりの護衛に言い付ける。その言葉にほっとした私は肩の力が抜ける。緊張が解けたのか、すると

「ぐっぐーう」

 と、私の腹の虫が鳴る。其奴はそれを面白そうに年相応な顔で笑う。

「ワハハ、現金なものよのう、其方の腹の虫は」 

 私は、自分の無神経な胃袋の音が、恥ずかしく顔を赤らめ、また言い訳めいた言葉が口から出る。

「だって、今日はキャラバンが来てバザールが展かれるって聞いたから、朝早く、朝ご飯も摂らずに、こっそり城を出たんだんだもん。お腹空くのは当たり前でしょ? すぐに、着いたらすぐに、ご飯にするはずだったんだもん。ここの食べ物の方が城より断然美味しいから」

 そんな感じに口を尖らせ不貞腐れていると、また『あはは』と声が聴こえる。ふと、その子が顔を上げる。見えた顔が、笑顔が可愛い。胸がキュンとなる。私は末っ子なので、年下を見ると特にそう思ってしまうんだ。

 その子は、なら此方で待つ事にしよう。と、年に不釣り合いな優美な動作で、私の手を取りエスコートをしてくれる。二人で屋台広場へ向かう。スルッと隣に来たその子の侍従が馬の手綱を引き受けてくれた。一連の流れる様な動作と、助けられた安心感から、疑問も警戒心もどかへ飛んで行ってしまった。
 広場には、テーブルと簡単な木箱でできた椅子を置いた屋台街ができていた。

 屋台では、彼方は肉を串に刺して焼いていたし、此方はクレープの様なモノにローストした肉を乗せ巻いたモノを売っていたりしている。エジプト、ペルシャからのドライフルーツを売る店もある。

 空いたテーブルに私を座らせ、その子は護衛に私の側にいる様申し付け、侍従ととも屋台に向かった。何種類かの料理を買い、幾つかの皿にのせ、それを侍従に持たせ戻ってきた。

「深層の令嬢の口に合うかわからんがのう」
 そう言い、その料理をナイフで食べやすい様に切り分けてくれる。今まで買った事も見た事もない料理がテーブルに並んだ。こんなに選ぶモノが違うのかと、私の頭は関心しているが、もうお腹もぺこぺこと私の胃袋は言うし、その食べた事のない料理に、味に、私の舌が、早く味わせろという様に、口の中が唾液でいっぱいになる。なので、私は、腰に下げている自分の皿とフォークを、急いで取り出して、遠慮なく頂くことにする。

「深層の令嬢って、私の事? そんな事を思ってはいない癖に。どうせ噂の通りのカスティーリャのじゃじゃ馬姫とかなんでしょう? 分かっているわ。コレ美味しそう。貰うね」
 フンと鼻をならし、照れ隠しに悪態をつきながら、切れ分けられた肉を勝手に、自分の皿に取った。

「令嬢としてはどうかと思う作法だが、オレは嫌いじゃない。しかし、其方は此方に対する警戒心とかはないのか?」

 私の皿を指差す。だってお腹空いているんだもん。そんな、給仕されるまで待ってられない。警戒心? 何それ。ここはお城じゃないし、目の前で料理を切ってくれたし、さっき人攫いから助けてくれたんだから、私を殺す理由もない筈。そう思いながら、肉を一口、二口、パクとかぶりつく。

 すると、香辛料の香りが口にブワーっと広がる。この肉は食べたことのないほど身が柔らかい。少し獣臭いがそれが野趣となっている。次は、葉っぱで包まれている肉に手を伸ばすと

「待て、それはその葉は剥がして、こうやって食べるのじゃ」

 そんな事を言い、フォークとナイフで器用に葉を剥がしてくれる。そして脇にあるペーストをつけて、

「豆を蒸して潰したモノだ。コレをつけて食べると味が一段と良くなるのじゃ」

 そう言い、そのペーストをぺたっと付けて渡してくれる。それはクミンの香のするペーストで肉につけると、本当に風味が断然違う。肉が軽くなると言えば良いのかなあ。

「カスティーリャの姫は食いしん坊。バザールにお忍びでやってきては、買い食いをしている。ただ、姫さんが食べたモノは絶対に美味しいと。噂は本当だなあ。店の屋台の売上を左右するとかもあった。まあ、その上、その姫はイスラームの食べ物をよく知らないという、他者が知らない実事をオレは知る事もできた、これは暁光と言えよう。オレは姫君が買い食いなどあり得ないと思っていたが、やはりちゃんとこの目で見ないと、分からないものよなあ」

 そう言い、片目を瞑り、ケラケラと笑う。

 やっぱり、この可愛い顔をしたこの男の子は、喋り方も仕草も何もかもがおじいちゃんみたいだ。その幼い姿と話し方、言葉のギャップがおかしい。その上、食事をし緊張が解けてきたからか、笑いが溢れる。 
 次々に、取り分けられた料理を受けとり、

「ふふふ、貴方は変な喋り方をするのね。モグ。どうして、そんな年寄りみたいな話し方するの? ねえ、お名前は? あら、これ美味しい。パクっ、何処からきたの? 」
 そう先程の偽物侍従とこの男の子の会話はアラビア語だったので、私は半分もわからなかったから、勧められたお肉を食べながら訊ねた。

「そんな、口にモノ入れて喋るでない。伯爵令嬢としてどうなのだ」

 作法をとやかく言われたことより、自国を、カスティーリャの事を国ではなく、隣国の伯爵領と言われた事に腹が立つ。

「お言葉ですが、カスティーリャは伯爵領でなく、もうちゃんと、西から独立して自治権を持っております。一つの国となってもう二十年は経っておりますのよ」

 フォークに刺さっていた肉を口に放り込み、肉のなくなったフォークを、相手に対してぶんぶんと振り回しながら憤ってしまった。だって、ウチがまだ自治権だけの伯爵領だと言うんだもん。仕方ないよ、私が心を込めて一生懸命に色々と、やっているのに。怒りが溢れてくる。
「危ないなあ、そんなモノ振り回しながら喋るではない。そう、独立国だと言っているのは、カスティーリャだけだと」

 嗤いながらその子は言う。私は撫然と、
「そんな事はありません。ちゃんと独立しています。それに西隣の国の宰相はフェリシア姉様だし、私の甥っ子が王です。東隣は、母の生まれた国ですから、両国とも縁戚関係もあり関係も良好ですよ」

 ウチが、カスティーリャがまだ独立していないとか言われて憤り、感情が爆発して、今度は、怒りとも哀しさともつかない感情が出てきた。それを誤魔化す為に、語彙を強めにそう言ってしまう。

「ふーん、近隣諸国との関係も友好となあ。面白い事吐かす」

 その子は揶揄う様に、牽制してきた。

 思わず興奮してしまい、少し涙が浮かぶ。それを誤魔化す様に、コップを取り出し、水筒から水を入れようとしたら、その子は、手でそれを止め、侍従に目配せした。
「少し待て、そんなつもりはなかったのに、其方を怒らせてしまったらしい。外国語は難しいのう。詫びに、美味しい、搾りたてのオレンジジュースを持ってこよう。オレンジジュースと言っても、赤いがなあ」 

「何? 赤いオレンジジュース? ココにはそんなモノあるの?」

「ああ、ある。知らぬのか? 甘く美味いうまい

 そんな風に、色の違うオレンジの話で、ウチの国の話は、そこで終わった。


 そして、侍従が透明な壺に入れた赤いオレンジジュースを持って来た。その赤い色に驚いたが、オレンジジュースよりも気になるが、この器の方。玻璃ガラスでできた壺だった。

 それに玻璃ガラスは臭いがつかない、だから、香水の瓶にしたりするのだ。この壺は香水の瓶とは違い、厚く中身が見えるのが良い。香水の瓶よりは丈夫そうだ。なら牛の乳とかにピッタリだ。

 今は陶器のツボだから、悪くなった時に気がつかない事が多い、だから。

「この玻璃ガラスの壺って、こっちにはいっぱいあるの?」

「其方の興味はこっちか〜、これは玻璃ガラス瓶と言う」

 ふふふと笑いながら答えてくれる。

「ああ、ある。もっと薄いのも、香水を入れる様なモノもなあ」

「香水瓶は知っているわ。私が欲しいのは日常に使う便利なモノなの。商人や農民が使えるくらいの価格帯のモノ。玻璃なら匂いがつかないから、陶器より軽く丈夫そうだからと思ったの。それに見た目が良いわ」

 その子は目を細めて考えるようにした後、
「玻璃を造るには高温の窯が必要だぞ。それをカスティーリャで作れるとは思えんだが。こちらで沢山買い付けるのか?」
「うんん、この間、硬質タイルを作る工房ができたの。こちらのモザイクの外壁を見てね。だからカスティーリャでつくるわ。高温の窯はあるるのだから。後は材料が何か分かれば、教えてくれなくてもできそう」

 近くにあるモザイク模様のタイルを指刺し、話しを続ける。

「欲しくなったのそれタイルだから、ちょっと職人をカスティーリャに連れてきたところなのよ。そこでまず、職人が言った様な窯を作らせたわ。そこなら多分可能ね。白くするのに生地に動物の骨を細く砕いて粉にして使い焼く時は高温にするとか言っていたから。まあ、やってみないと新しいコトは、色々と分からないんだけど」

 そう、教えてくれなくても、どうにかするような事を応えれば、ガハハっと、年相応の幼い顔で笑い。

「さすが、カスティーリャの欲張り姫だなあ。欲しいモノには用意周到に手を回し、すかさず手に入れる。噂以上だなあ、フラウ・ブラン・デ・カスティーリャ」

 その子は、そんな風にちょっと揶揄うように、私の通り名を口にした。そして、山程ある私の噂話の事を仄めかれた。

 私は噂で語られるフラウ・ブラン・デ・カスティーリャが嫌いなんだ。だってそれは現物と違い見目麗しい美少女だから。

 人は噂に翻弄される。人は自分で判断する前に、噂の方を信じる。目の前にいる私に対して、私は私なのに、噂の私の姿を信じて、
「其方は何を勘違いしているのか、フラウ・ブラン・デ・カスティーリャは、姫さまなのだからか、野を駆け回る其方である訳ないだろ」

「少し似ているからと、虚偽を言うではない。姫が護衛も付けず外出するはずないだろ」 
 などなど。私は私のやりたい事をやっていたので、馬に乗り野を駆け巡り、土地を豊かにしてきたんだ。それなのに…。

 そんな感じに噂の自分に、いっぱい傷つけられた私は少し自嘲を身につけ、他者を信用しない様に、線を引いたこっち側で生きている。

 この子もそんな人なんだ。勝手にそう思いこんでいた。

 すると、

「本当に其方は面白い、噂以上だ 」

 そんな事を溢し、嗤いながら、

「ふふふ、聞きたいか? オレの聞いたカスティーリャの姫さまの話しを」

 そう言い、その幼い顔が悪巧みを考えてるようになり、こちらを笑いながら見る。そして此方の返答を待たず口を開き、語り始めた。

「フラウ・ブラン・デ・カスティーリャは、自由奔放で我儘だとなあ。だが、今の会話から、ちゃんとその我儘には、自国のこれからを思っての行動があるとわかった。その上、其方のその自由奔放は、少しオレには羨ましい」 
 突然、今までの尊大な態度は何だったと思うほど、年相応のあどけない表情にかわり、此方を優しく羨望を持って見つめてきた。その羨望の眼差しに疑問が浮かぶ。そして、独り言の様に言い出した。
「ああ、身分身分だからなあ。其方みたいな自由は自分にはない。オレは、この年になるまで城の外、コルドバの外へ出た事はなかった。それが日常なので不満もなかったなあ。今は勉学の為、国の情勢を知る為、トレドに学者達とおる。そこで、世界を知った。その広さもなあ。そして、自分の不自由さにも気がついてしまった。まあ仕方ない王族なのだからと、諦めたのじゃ、その時、聞いたのさ、其方の噂を。自由に生きている隣の国の姫さんの事をなあ。トレドの学者達ではフラウ・ブラン・デ・カスティーリャの噂で持ちきりだった頃だからなあ。そんなに奔放な姫さまなら、会って見たいと思っていたのだ、其方本人に。そして聞いてみたかった。その自由を得て、何を諦めたのかと」

 その子の眉が下がる。

 そして、その子は、自分の知っているフラウ・ブラン・デ・カスティーリャを語る。まあ仕方ない、噂話だから。でも、私を憧れていると言われたその子に、噂の自分を語られるのは、居心地が悪かった。

 だって、その子の語るフラウ・ブラン・デ・カスティーリャは、嫋やかな白い肌だし。髪の毛は金髪で、軽快に馬に乗り、メセタの台地を駆け巡る翠眼の美少女とかだった。そう現実の私とは明らかに別人。噂の私と同じなのは瞳の色だけだし、私はお世辞でも美少女ではない。噂の白い肌も金髪も私は持っていない。この大地を焼けつく様な太陽の元、馬に乗り駆け巡っているので、顔はそばかすだらけだし、髪の毛は栗毛色だ。

 他には、下々に何かあれば、直ぐにやって来て民草を貴族平民の区別なく、助けるという心優しき姫さまというのがあった。

 これは、まあ事実だけども、下々を助けたのは、偶然だったし、私の邪な下心もあったから。

 そんな感じに、次々と語られる噂を精査していけば面白かった。でも、世間はそんな感じに取っているのかと分かった。噂って本人の耳には入らないからね。次々に語られる私の噂に耳を傾ける。そしてそれにチャチャを入れていく。

『新しいモノを見つけると、すかさず職人を集め作り始める職人頭。そして、それを諸国に高く売りつけ儲ける悪辣な商人』

 うん、これはそうだねと納得する。現に、今話した様に、タイルの職人をカスティーリャに連れて来ているから。そして、ウチの小麦粉、オリーブ油は諸外国で高品質で安価と有名だし、きっちりと外貨を稼いでるから。まだ出るの? という感じで、更に出てきたのは、 

『お忍びでバザールで買い食いする食いしん坊』

 今、現状そうだから頷く。美味しくイスラームの料理堪能しています。

 で次が、

『人心掌握力が抜群にあり、欲しい、必要と思える人物を大人顔負けの色香で誑し込み、連れていく美少女』

 ふふふ、これは笑える。

 すると彼は

「この噂話は、トレドの学者を自国に取り入れた事からよなあ。コチラの学者達では有名になっている。噂では将来が有望な若者を、弟子を、そのあどけない言葉と裏腹の色香を使い、誑し込んで連れて行ったとなあ、騒いでる老師までおる」

 そこまで聞いて、思わず、

「うははぁ、何それ」

 と大声で恥も外聞もなく笑ってしまった。

 しかし、言われた事が、少しだけ心に沈む。何故なのか分からないが。だから、卑屈になって、笑いが止まらない。

「ふふふ、やっている事には嘘はないわね。でもその人物像は、私ではないわね。私は人を誑かす程、美人じゃないわ。陽の光の元、外を駆け巡っておりますから、こんなに肌色もこんがりしております。髪も金髪ではございません。ふふふ」

 と笑って栗毛色の髪とソバカスだらけの顔を見せれば。その子は、

「例え、その言われている姿が、真実と見目形が違おうとしたとしても、其方の、今、オレに見せた、その微笑みで心から頼まれたり、先ほどの様に、玻璃の瓶を見た時のように、目新しいモノを見つけ、目をキラキラさせて夢中で語る、其方を目の当たりにすれば、それが、新しい場所で己の力で作れた時、其方が次にどんな表情で、此方を見て喜こんでくれるかなど容易く想像できる。だからこそ、此方のその微笑みを我に向けてと思うんだろう。だから否など言えんと思うが。不可能なことでも、是と答えてしまうだろう。男とはそんな者だ」

 私はそんなに人に他者に無理難題など強いてない。だから反論する。

「そんな事ありません。私がら強請ってねだって作ったモノなど、父王にお願いした、北の港町、波止場街くらいですよ。そもそも、その噂のトレドの学者達やタイル職人は、あの人達が此方に、我が国に来たいと、私と仕事したと言ってきたので、色々と根回しして、城にいて貰うのも窮屈だと思い、カスティーリャの、直轄地の一部、父王から私に下賜された農園がある荘園の市民権を与えただけです。それに、その学者達は私が外に出ると一緒に、野山を駆け回る事もありますし、平民と一緒に新しい事をモノを探し仕事したりと、そんなに境遇がいい訳ではないんですよ」

 そう、この子の話に反論してみたら、驚き目を丸くする。

「其方、外を駆け回ると言うのか、バカな。何故、そんなに自由にいられるのだ? 姫なら城の中でも好きには出来んだろ」

「ふふふ、私がやってきた事でカスティーリャは潤ってきてますから。それにより多少の我儘が言えますし、少しの自由も手に入りました」 さっき迄と違い、その子の会話が面白くなってきた。多分、私の真の姿を見ても噂と違う姿を目にしても、全然気にせず、それでもと、色々な話に喰いついて聞いてくれるから、質問してくれるから、何故と。

 私がやっている事を羨望の眼差しで見てくれた。ちゃんと私のやっている事の中身を、噂だけでなく、理解して質問をしてくれるから。年に不釣り合いな冷静な物言い。そんな理由からだろ。こんな弟がいたら面白いと思うぐらいだ。

 そんな事を思っていたら、徐に、其奴が、
「女の其方が、国を潤す。何を寝言を言っているのか。女が国の梶を取るなどと、国を傾けかねない。賢い女など国には必要ない!」
 なんて失礼な事を口にする、だから、私は反論する。

「知ってますか?  女は政略の為、他国に嫁ぐ事の方が多いんです。特に王族である私は、東西どちらかの国へ、多分次回は東側の国へと話が出てくるくらい。

 その理由は、キリスト教のガレシアの統一との願いがあるからです。また、西の国には姉達が嫁いでいるので多分…。ならその時、例え、東の国でなくても、嫁ぐ時、政略結婚だと嘆くよりは、その嫁ぎ先で生きる道を、術を、持っていた方が賢明ですよね。なら、ちゃんと自分の頭で考える力を持っていた方が、より良い選択ができますし、それが失敗しても、その咎は自分だと、他者に指示され動けは、他者を非難する事になります。私の人生は私のものです。また、子の教育の為にも、私は自分の子が王になる事を望みますから、その時、子にかける教育も方針も人任せにせずすみます。そして、王の母親なら、取り入る貴族に対応する為にも、賢くあるべきです」

 そうきっぱりと言い放すと、其奴はニヤリと口角を上げる。

「其方は、自ら王になる気はないのか?」
 首を傾げ訊ねられた。

 私が自ら王になる。今までそんな事を考えた事もなかった。ウチには上に兄がいるから。兄が王を継ぐと思っているから。私が自国を継ぐ事などは、あり得ないことと、ずっと思っていたから。そんな私の驚きに気がつかない様に、その子は独り言の様に口を開く。

「それにしても、其方の夫候補に我が国が入ってない事をこれほど残念に思った事はないのう。そうだ、名を言ってなかったのう。オレはこの国の皇子でアヴドゥルと言う」
 私は、驚き声も上げられなかった。皇子なんだ、この子は。まあ私は王女だけど。規模も権力も違う、ウチのカスティーリャとは。大国なんだよね、アヴドゥルの国は。 そして一連のことに納得がいった。

 しかし、そのアヴドゥルは、何事もない様に、その赤いオレンジジュースを飲む様にコップに注いでくれた。私は自分の中に次々と出てきた驚きを誤魔化す様に

「貴方は、皇子様だったのね。だから、この地のしもべなんて口にするんだ」

「うん? 其方アラビア語が分かるのか?」
「ええ、先程も言った様に、女は他国に嫁ぐこともありますからね。語学は色々と学ばされているんですよ。それに此方にくる機会は、他の娘達より多いからアラビア語は個人的に必須です。ただアラビア語は難しく、中々上達しません。件の学者にもご教授願ってますが、先程会話も半分くらいしか分かりませんでした」

「ふふふ、中々抜け目ない姫さまだなあ。手の内は全て見せる事はしないと。其方、カスティーリャだと狭くないか? ワシの妃にならないか?」

 そんな事をアヴドゥルが口にする。今まで、黙って側にいた侍従が、

「殿下! 軽々しくその様なことを口になさる事はなりません。殿下の御身は陛下ひとりの為にありませんから」

 嗜める様に声を荒げた。
 アヴドゥルは、目を険しくし、

「コルドバのスブフに言いいつければいいだろ。それもとイブン・アビー・アーミルにか?」

 そんな自嘲とも取れる会話が耳に入る。この会話が、アラビア語が、分からないふりをして、真っ赤で甘いオレンジジュースを、美味しく飲んでいると、そこへ幼馴染達が、息急き切ってやってきた。

「クラウディア様、よくご無事で」

 そうヒメノが声をかけてくる。

 すると、アヴドゥルが声を荒げて、

「何吐かす、人攫いに攫われる所だった。あのまま拐かされたら、其方ソチの後悔など先にたたん。この姫の護衛なら、姫の事はよく知っておるのだろう。目を離せばどうなるかなど」

 私の護衛を叱責する。幼いあどけない顔しているのに、大人顔負けの叱責をする。絶対王者の貫禄がある。だからか腹が立つどころか、何故か平伏してしまいそうになる。威厳があるんだ。本当にアヴドゥルは不思議な子だ。

 すると、エマヌエルが膝を折り、

「主の危ない所をお助けいただき、心よりのお礼を申し上げます」 

 すると、いつも偉そうなヒメノまで、同じ姿勢になり礼を述べてる。

「もう良い、姫が迷子になったお陰で、逆に噂の姫と出会うことも、話をする事もできたからのう。面白い話を聞けたのじゃから、うん」
 アヴドゥルが笑う顔が、とても可愛く見える。やっぱり、態度はアレだけで、中身はまだ子供なんだと。

 その顔を見て、彼の言っていた、私の事、新しい物を見つけてワクワクした顔で…という事は、こんな事を指しているのかと、気がついた。だが、私の頭の中に甦った新しい事という言葉で、思い出した。

「それでは、玻璃の作り方はいつ教えてもらえるの?」

 と訊ねた。

 アヴドゥルは目を大きく見開き、

「中々、其方は抜け目ないのう。そうさなあ、教え渋るつもりはないが、技術を教えるのに、此方の利がないが」

 私は、はたっと思い出す。そういえば、以前、ひとりの商人に言われたんだ。

「姫さんだからオレは動いたんだ、こちらに利がなくても、姫さんから王族への貴族への伝手ができるからなあ。商人はちゃんと利を返してくれるから動くんだ。それを心に刻んでおけ。これはツケにしておく」

 そう若い店主は言い、直ぐに動いてくれた。

 そうだよね。今回はコチラにない技術だもん。善意タダでとはいかないよね。

 だから、私は少し考えて、

「利ですか? そうですね。私がアヴドゥル様にもたらすモノなど、カスティーリャにはありませんね。此方の国の方が栄えてますし、色な、我が国にないモノも多いですから。なら、お手紙を書きましょう。カスティーリャ語で。私のやってる事、新しく始めた事などお知らせします。私の極秘秘密トップシークレットなら価値もあるかと。それにアヴドゥル様のカスティーリャ語は少し旧いし、おじいちゃん見たいですから」

 アヴドゥルはフンと鼻を鳴らして

「カスティーリャ語? 此方では外に出る機会が増えたので、上手く話せる様になるのも時間の問題じゃのう。この話し方は、オレの師が年寄りでなあ、そのせいじゃ。其方の事を知れるのは心惹かれるなあ。まあまだたりんが」

 意地悪そうに嗤う。ただその笑顔は年相応で
態度の方はやはりポーズなんだろう。本当は無邪気だと思った。

 しかし、私は提案を却下され、他に何かあるのかと思案してもすぐには何も浮かばなかった。

 すると、アヴドゥルの方から
「其方、言語は色々と習っていると言うたな? それならラテン語はできるか? できればラテン語で其方のその極秘秘密とやらを手紙に書いてくれ。それで、此方の利としようぞ。此方としては其方が何を始めたのかは興味があるし、縁は繋がっていた方が良いからのう。それを利としよう」

 私は、ニコリと微笑んだ。

「分かりました。それなら、私は、ラテン語で手紙を書きましょう。アヴドゥル様がアラビア語で書いた手紙を私が翻訳してラテン語で返します。慣れて来たら反対にしましょう。そうすれば、お互いの利になりましょう。お手紙お待ちしてます」

「よい、なら技術者が決まれば手紙を出そう。それまで待っておれ」

「はい、お手紙お待ちしてます。もしいただけないようなら、其方に乗り込む所存ですから」

 私が微笑むと、
「其方ならコルドバの王宮まで来そうだなあ。ちゃんと連絡する。安心せい」

 そして、食事のお礼を述べ別れた。

 私は、城に無事に戻れたが、こってりと幼馴染と城出を手筈した兄様に

「もうしばらく、城から出る事は罷りならん」

 そう、申しつけられた。

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