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【エッセイ】スパ セイロンを使ってみたら、自分の間違ったストイックさに気づいた話

「SPA CEYLON(スパ セイロン)」とはスリランカの有名なスキンケアブランドである。

世界三大医学の一つ、“アーユルヴェーダ”の知識を基につくられた製品はスリランカはもちろんのこと、世界23か国で人気を博しているそうだ。


“アーユルヴェーダ”が受けられる施設で、専門医師の診断に基づく食事療法やオイルマッサージを数日間から数週間受けると、日常生活で乱れた体質が、本来自分が生まれ持った体質に戻り性格さえ変わってしまうこともあるのだという。自分以外の誰かになりたい私は、この話を知ってときめいた。そうして誤った動機で“アーユルヴェーダ”に興味を持ち、あらゆる情報を集めていた。

そのときに、日本人女性がスリランカで“アーユルヴェーダ”を受ける様子を紹介しているYouTube動画を観たことがある。そこでは「スパ セイロン」の製品を嬉々として購入している様子も映されていて、日本人にも人気なのだなあとぼんやりと思ったものだった。


 思った数時間後にはもう忘れていた。


 私は美容に関しても「身体の内側から綺麗にならなければ意味がない」と、持ち前の妙なストイックさを発揮し、肌の表面に高価なクリームを塗りつけるよりも、肌にいい食材を食べ、表情筋を鍛えることに価値を感じる人間であった。好きな言葉は「体質改善」。

さすがは自分以外の誰かになるために必死に生きてきた女。根底から覆すことばかり考える。

人生は修行。よりよい人間になることも、美しい自分になることも、生半可な覚悟では達成することなど不可能なのだ。楽な道など存在しない。

私にとって高価なクリームを使って綺麗になろうとすることは邪道であり、「私は絶対に屈しないぞ」という高尚な心持ちで生きてきた。


 あれから2、3年が経過した。


 夫が「SPA CEYLON」のジェルマスクとやらを買ってきた。
夫は、金に物を言わすタイプだったのである。私はそんな夫を、「そんなものを塗ったってどうせ大して変わらない」と冷やかした。


 しかし、我が家の美容担当は間違いなく夫であり、彼の肌にかける情熱は並大抵のものではなかった。どれだけ疲れて帰ってきても、洗顔+美白パック二種類(各7分)+仕上げのクリームを欠かさない。
私はこれまで夫が何かに夢中になっている姿を見たことがない。好きだというドラマでさえ、半分以上早送りして見るような男なのだ。それなのにこの情熱は、いったい夫のどこから湧き上がってくるのだろうか。

見ているこちらに「私が変わりに眠ってあげたい」と意味不明なことを思わせるほど、ヨレヨレになりながら顔にパックのクリームを塗りつけている夫は、ただただストイックであった。


夫の情熱に胸を打たれ、私は己の過ちを認め反省した。

邪道なのは高いクリームを塗る夫ではなく、野菜も表情筋のトレーニングも三日と続かず、砂糖とグルテンがたっぷり入ったおやつを毎日むさぼるこの私のほうなのだ。高い志は、行動を伴って初めて意味を成す。
私は、「この紋所が目に入らぬか!」と印籠を突き付けられた悪代官のごとく「ははぁ~」と脳内で夫にひれ伏した。


 さて、肝心の効果はというと、夫の肌が日ごとにつやつやしていくのが美容に無頓着な私にもはっきりとわかった。
私は急に羨ましくなった。しかし、「こんなの効くわけがない」と冷やかした手前、恥ずかしくて使いたいと言えない。人の情熱に水を差すようなことを言うから罰が当たったのだ。


 洗面所に立つ夫をチラチラと見つめる日々を送っていたある日、「使いたかったら自由に使っていいからね」と夫が言った。夫がしゅるしゅると大きくなり、後光が差す巨大な大仏に見えた。慌てて我が家の大仏を拝もうと体制を整えて、もう一度夫の顔を見たところ、パックで真っ白になったパンダのような顔が目に入り、馬鹿らしくなってやめた。


 初めて使った「SPA CEYLON」のジェル マスクは、とても高級感のある香りがした。目を閉じれば、自分は今南国のリゾート地で花がささっているオシャレな飲み物を飲みながらパラソルの下で寝転がり、ゆったりと流れる時間を満喫しているマダムになったような錯覚に陥る。「スリランカで“アーユルヴェーダ”を受けたい」という密かな夢が、輝きを増した。

私の肌には劇的な変化はまだ見られていないけれど、調子がいいような気もする。思い込みのなせる技かもしれないが、そもそも夫は数種類のクリームを組み合わせているのだから、夫と同じ結果は期待すまい。


 訳も分からず使っていたが、ふと気になって「SPA CEYLON」のHPで、使っているジェルマスクの詳細を調べてみたら、夫の使い方と違うことが書かれている。ジェルをつけて7~8時間置くようにと言われたそれは、説明欄によれば5分置くだけでいいらしい。「肌に残らないよう、十分にすすいでください」という注意書きまで見つけてしまった。5分でいいものを7~8時間ものあいだ肌に乗せ続けた場合、肌はこのジェルを一体どう受け止めるのだろうか。私は不安になった。

夫は店員から説明されたと言っている。いくら私が疑り深いとは言え、無闇に夫を疑うのも気が引ける。日々正しさを追い求める完璧主義の私は、どちらを信じればよいのか決め兼ね、そっとスマホを置いた。


 



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