花火(こんな夢をみた)

夜勤明けに寝ていると、ふと異様な不安を感じて目を覚ました。何だかわけも無く怖い。起き抜けの頭でその不安の正体を探ろうとするが、上手く頭が働かない。
時間を確認しようして、本棚の上の時計が無くなっている事に気づいた。確かにあそこにあったはずなのだが、何処に行ったのだろう?
カーテンから漏れた茜色の光の寂しさを見るに、きっと今は18時を越えた辺りだろう。夕暮れの明かりが薄暗い部屋をぼうっと照らし、カバーの無い本達が散乱する本棚に不気味な陰影を作っている。
僕は今日も夜から仕事であった事を思い出し、再び眠ろうとするのだが、一度醒めた目はしっかりと見開いて閉じる気配が無い。身体はぐったりと疲れているのに、頭の奥にある眠気が何かに引っかかっていて出てこない。
静寂の中、部屋の天井を眺めていると眠気は何時の間にかなくなってしまった。代わりにどんどん不安が大きくなり、身の置き場が無いような気分になる。横に目をやると、今にも途切れそうな夕暮れの明かりの中で、床の埃がぼんやりと光っていた。
ただただ過ぎていく時間の中で、目を瞑って必死に眠ろうとしていると、鈍い衝撃音が聞こえた。それは壁を金属で叩くような鈍く重い音で、心臓に響いた。しかも、一定の間隔で連続して聞こえてくる事から、偶発的な物でないようだ。
僕は最初その音を聞いた時に、隣の住人が鉄アレイで壁を殴っている姿を思い浮かべたが、その音のリズムは狂人が出鱈目に奏でるにしてはあまりに規則正しいものだった。
その正体が気になって、僕は布団から這い出して、その音を探し出した。寝ている時は床の下から聞こえてきていると思い込んでいたが、身体を起こしてみれば、どうやらそれは玄関の向こうから聞こえてくるようだった。
サンダルを履いて玄関から外へ出ると、突如人々の群れにぶつかった。何時の間にかアパートの前の通りは人で溢れていた。一体何事だろう?この辺りは普段、人通りが少ないはずなのだが。
突然、目の前にある田んぼの向こう側で一筋の光が上がった。
光は夜空の真ん中より頭一つ分上の場所まで昇った所で、夜空を叩くような大きな音を立てた。すると光が破裂し、その中から幾つもの夥しい光の雫が円状に広がった。それらは流れるようにして夜の闇に消えて行った。
近隣の住民と全く交流を取らない僕は、ここに住んで2年目になるというのに、今日が花火大会であると言う事を全く知らなかった。自分のアパートの前の田んぼが、絶好の花火スポットであると言う事も。
その後も次々に光は上がり、轟きとともに夜空に幾つもの絢爛たる火花が咲いた。それは咲いた途端に散っていくが、見るものに悲しみの余韻を与える暇もなく次の光が上がっては、幾つもの火花を散らしてまた消えていく。それは前触れも無く突然出会う光景としてはあまりに美しすぎて、僕は生れて初めて花火と言うものを見ているような気がした。
僕は思いもがけない幸運に人々の熱狂の中でしばし呆然としてたが、暫くするとその望むべくもないような美しさの中にある異物を見つけた。
通りに、白いゴミ袋が2つ並んでいたのだ。僕がいる位置からは、ちょうど花火の下に見えた。花火が上がるたびに、その薄汚い白さが火花に照らされて、青っぽい不自然な光を放つ。
今まで全く気にも留めてなかったのに、一度気になると不愉快でしょうがなかった。
明らかにその2つは景観を損ねていた。しかし、不自然におかれたそのゴミ袋を誰も片付けようとしていない。それどころか、ごった返す人の群れはその2つを避けて輪を作っているのだ。そんな所にゴミを捨てた人間は論外だが、僕はそれよりゴミを放置して平気で花火を観賞する人々に腹が立った。
恐らく誰も彼も「きっと誰かがやるだろう」と思っているのだろう。そこには良い大人が大勢いるというのに情けない話である。僕は集団のこう言った身勝手な心理が大嫌いである。こう言う人々の怠惰が町を汚くするのだ。こう言った人間に限って日本の未来や 政治を語ったりするのだから、全く救いがたい。
さっさと片付けようとそのゴミ袋に近づいて、妙な事に気づいた。ゴミ袋がもぞもぞと僅かに動いている。頭からは何かが生えていて、それが右に左に揺れている。
それは寄り添い合う二人の若いカップルであった。白いTシャツと背中を丸める姿がちょうどゴミ袋のように見えたのだ。僕はさっきまでの不安を思い出した。何故だかわからないが、彼らこそが不安の正体であると確信した。
突然二人のカップルがこちらを振り返った。
二人はハッキリと僕を見た。その顔は青ざめていたが、表情は良く分からなかった。驚いているようにも恐怖しているようにも見えた。男は若く、黄色く染めた髪は火花に照らされて鈍く光っていた。女は男より若くなく、けばけばしい化粧と無表情に見えるその表情の対比が非常にグロテスクだった。
彼らの顔を見て、僕は自分の奥底にあるものを暴かれ抉られているような不快な気持ちになり、足早にその場を去った。アパートの部屋のドアを閉める瞬間、一度だけ振り返った。 彼らはじっとこちらを目で追っていた。
布団に潜り込もうとして、僕はある事を思い出した。
そうだ、あれは3日前に僕が殺したカップルだ。
急にドサッと物音がして、玄関の方を振り返ると、白いごみ袋が2つ並んでいた。

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