【連載小説】イザナミ 第五話

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公園のトイレに入ると、洋式のトイレがあった。もちろんいい匂いはしないが、清潔で驚く。日本に産まれてよかった。便器に座ると、壁に落書きがされてある。
 「オメコダイヤル 090-○○○○-○○○○」
と書かれていた。便所の落書きなんて未だにあったのか、と感心する。珍しさから、一応写真を撮っておいた。
 トイレから出ると、誠はもうタバコを吸い終わっていた。筋トレも趣味で行っているらしく、後ろから見てもいい身体付きなのが分かる。
 「行くぞ。」
 吐いたゲロは水を多く含んでいたからか、排水溝の方へ流れていっていた。
 
 初めて誠と殴り合いの喧嘩をしたのは出会って3回目くらいの飲み会の帰りで、その時もこの公園で行った。きっかけは僕で、喧嘩をやってみたかった僕が誠を誘ったのだ。その日の朝僕は歩いて単発バイト先に向かっていた。遅刻しそうだったので急いで歩いていると、コインパーキングの方から若い女の金切り声が聞こえた。気になって覗いてみると、金のメッシュが入ったいかにも不良の男が馬乗りになって、ミニスカートに白のダウンを着た女の顔面を殴打していた。傍に別のひ弱そうな男がいたことから、ひ弱な男とミニスカの女が浮気していたところを不良男が現行犯で捕まえた、といったところだろう。僕はその光景を見た時、面白さや恐怖よりも先に美しさを感じ、見入ってしまった。感情の爆発を纏った肉体のぶつかり合いは、僕を激しく誘惑した。そうして、一回でいいから殴り合いの喧嘩をしてみたいと思っていたのだった。
 最初に喧嘩の提案をしたときは、あからさまに誠は引いていた。そりゃそうだ。出会って間もないヒョロガリがいきなり喧嘩をしたいと言ってきたら誰でも不審に思うだろう。だが僕の情熱的な説得に折れて誠はしぶしぶ了承してくれた。公園で対峙した僕らは二人とも喧嘩の経験がなかったから、喧嘩をどう始めたらいいのかわからなかった。別に僕は誠のことが嫌いでなかったし、むしろもっと仲良くなりたいから喧嘩をしたかったのであって、いきなり殴りに行くことはためらわれた。ましてや誠は二歳年上で、僕が高校一年生だった時誠は高校三年生だったのだ。当時自分の何倍も大人に見えた二歳年上を殴れるわけがない。けれども、誘ったのは僕だ。行動には責任が伴う。その責任を全うすることは僕の矜持だ。
 思い切って誠の方に飛び込んでいくと、まるで大きな岩のように誠はびくともしなかった。

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