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【連載小説】イザナミ 第四話

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 誠は叫びながらこっちに走ってくる。ガタイのいい誠がこちらに向かって全力で走ってくる様は未だに恐ろしい。サバンナで、ライオンが油断しているシマウマを狩る姿が思い浮かぶ。僕は思わず利き足の右足で誠の脇腹を蹴ろうとする。誠の蹴りが僕の太ももに入る。鈍い痛みを感じ、地面に倒れる。誠はどこだ、どうなっている。見上げると、誠も苦悶の表情をしている。お互いゆっくりと立ち上がる。誠が無傷の右足に体重をかけながらこっちに向かってくる。誠は僕の胸元めがけて突進してくる。僕は誠の背中を、太鼓を叩くように殴るが、あまり効いてなさそうだ。誠に抱えられ、道路に投げ飛ばされる。ひんやりとしたコンクリートの感触を頬で感じる。視界がぐるぐる回転していて、自分がまだ回転しているのかどうかよくわからない。途端に喉の奥から熱いものがこみあげてくる。さっき食べたものを勢いよく嘔吐する。乾いたグレーが、なんとも形容しがたい茶色に侵食されていく。誠はじっとこちらを見つめている。表情が判然としない。

 水を飲んで口をゆすいだ後、再び誠の方に走ってタックルする。頭がズキズキと痛む。もう疲れ切っているのか、誠に先ほどまでの勢いはない。足をかけて誠の体勢を崩す。誠は苦しそうな顔をしている。見慣れたはずの顔が歪んでいる様にはなぜか色気を感じた。そこで僕たちは喧嘩をやめ、僕はパンダ、誠はキリンの遊具に座った。

 「おまえ、加減知らねえのかよ。」
 誠はマルボロ・ゴールドに火をつけながら言った。僕も真似してパーラメントに火をつける。パンダは暗闇を、キリンはゲロの方を向いている。

 「ごめんごめん、あんなヒットするって思わなかった。」
 「背中くそ痛え。てか、おまえゲロ吐きすぎだろ。絶対2,3日は残ってるよ。」
 「せっかく食べたのに全部出ちゃったよ。まあでもすっきりした。」
 「そういう問題じゃねえよ、汚え。」

 誠は歳が二個上の先輩で、二か月前に引っ越しの単発バイトをしたときに仲良くなった。その日は春雨というには強すぎる大雨の日で、引っ越し業者にとってピークである四月に初めて肉体労働をした僕は、肉体的にも精神的にも疲弊していた。引っ越し業者はトラック一台につき三人で行動するのだが、誠は僕と同じチームのうちの一人だった。誠は僕と違って引っ越しのアルバイト歴が長かったらしく、力も経験もない僕のことを常に気にかけてくれた。その日のアルバイトが終わった後、雨で冷え切った二人で飲んだ缶ビールのはじけるような旨さは未だに忘れられない。苦労を一緒に乗り越えた僕らはその日で絆を深め、それ以降も定期的に飲みにいく仲となっていた。

 「じゃあ、そろそろ行くか」
 誠がキリンの遊具を降り、公園の出口の方へ歩き始める。
 「しょんべんだけ行くわ。」
 僕がそう言うと、誠は「おう。」とだけ言い、新しいタバコに火をつけた。

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