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【連載小説】イザナミ 第二話

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 会場に移動すると、そこは小さな体育館のようになっていて、たくさんの籠と、ビニール紐で結ばれた袋の束が散乱していた。空調は壊れているのか、あまり外と気温が変わらなかった。会場には、社員と思われる中年の男性以外に何人かいたが、誰も話の合いそうな人はいなかった。作業が始まっても、誰も私語をせず、黙々と作業しており、その様子は傍から見ると19世紀のアフリカの奴隷のようだろうなと思った。

 17時になると、社員が終了を知らせた。奴隷たちは作業をやめ、事務所へと向かった。相変わらず太陽は見えていなかったが、気温は朝より少し下がったようだった。事務所には、今朝いた眼鏡の男はおらず、代わりに中年で小太りの、優しそうな女性がいた。小太りの女性から給料の入った封筒を受け取ると、その場で解散となった。二度と会うこともないだろう眼鏡男と小太りの女性とタイミ―さんの顔は、もうはっきり思い出せない。

 一番乗り継ぎのいいルートで家に帰ると、ニュースがつけっぱなしになっているソファで携帯をいじっている母がいた。ニュースレポーターは淡々と、二年近く続いている戦争について読み上げていた。
 「おかえり。早かったわね。」
 「朝からだったからね。」
 「そう。よかったわね。」
 それ以上特に会話することなく、母の横を通って2階の自室へと向かった。長時間の労働で疲れていた僕はいつのまにか眠ってしまっていた。

 皿やグラスを洗う音で目を覚ます。携帯の液晶は20時半を示していた。2,3時間ほど眠ってしまったようだ。着ていたスチャダラパーのTシャツには汗が染みこんで気持ち悪い。

 一階に降りると、案の定母親が洗い物をしていた。リビングの机には潰れたビールの缶が転がっている。
 「やっと起きてきたわね。」
 あまり機嫌は良くなさそうである。
 「てかあんた今日、夕飯いるの?それなら先言ってくれないと。何もない    わよ。」
 仕方がない、普段外で食事を済ませておくことの多い僕が、前もって僕の分の夕飯も作ってくれることを母にお願いしておくべきだったのだ。
 「適当にコンビニで済ませるよ。」

 玄関を開けると、ぬるい風が吹き込んできた。仕事帰りと思われるサラリーマンは、半袖半パンにサンダル姿の僕をチラリとだけ見たが、足取りは変わらなかった。愛する家族のもとへ急いでいるのだろうか。

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