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【連載小説】イザナミ 第一話

 果てしないエスカレーターを登りきると、ねずみ色のモノレールはすでに停車していた。発車時刻までまだ数分あるはずだ。振り返ると、登ってきたエスカレーターはあまりにも長く、まるで井戸を覗いているようだった。いやに涼しいモノレールに乗車すると、ホームとは逆側の窓からは灰色の雲と真っ青な海が見えた。海は、透き通った青や深い青というよりも、いかにも工場地帯に面した海の色だった。
 今日は、湾の埋め立て地にある倉庫にて袋詰めするアルバイトだった。分かっていることは、労働時間が八時間、うち休憩が一時間で日給7500円のバイトということだけで、具体的に何をどういった目的で袋詰めするのかは一切分からなかった。もし、コカインを密輸するために袋詰めする作業だったらどうしようかと思ったが、だとしたらもっと給料がいいはずだから違うだろうと思った。
 平日の昼間ということもあり、乗客はほとんどいなかった。乗客の多くが高齢者で、なにをするわけでもなく、ただじっと車窓や空を見つめていた。
モノレールが発車し、しばらくすると、車窓は一面の海からカラフルなコンテナ地帯へと変わった。レゴブロックのように積み上げられたコンテナは、そのシンプルな見た目からは予想できないが、20世紀最大の発明の一つと言われているそうだ。

 倉庫の最寄り駅で降車し改札を抜けると、広大な道路と無機質な工場が現われた。重たい空気の中同じ景色を15分ほど歩くと、記載されていた住所にたどり着いた。事務所と思われる建物のドアを開けると、中は小さなオフィスになっており、すぐに来客者が見えるよう配置されたデスクが二つ、そしておそらく来客者用の椅子がデスクに一つずつ並んでおり、そのうちの一つで眼鏡をかけた男がパソコンを操作していた。

「すみません、単発で来たものですが」
 男は顔だけこちらに向けた。
「お名前お伺いしてもよろしいですか」
「佐伯です。」
「佐伯さんですね、少々お待ちください。」
 男は手元にある資料を見た。
「ああ、佐伯さん。タイミーの方ですね。ではこちらに座っていただいて」
 男は立ち上がり、資料をデスクに置く。男は細身で、かなり若そうである。
 資料に個人情報を記載し、男に渡すと、簡単な仕事内容の説明を受けた。    簡単にいうと、会場にたくさんある籠から商品を一つずつ取り出し、袋に詰めていくという作業のようだ。それ以上説明を受けなかったことから、この単純な作業をおそらく8時間行うだけだろう。大丈夫だ、始まる前の今が一番辛い。始まってさえすれば、終わりは来る。

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