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レオン・レーダーマン/クリストファー・ヒル『量子物理学の発見 ヒッグス粒子の先までの物語』【基礎教養部】

https://www.j-lectures.org/physics/beyond_the_god_particle/

書評は上のサイトを参照.

この本を読んだきっかけ

私は大学で物理学を専攻しており,専門は素粒子物理学である.大学での素粒子物理学に関するゼミの中でレーダーマンの話が出てきたときに,そのゼミの担当の先生が,レーダーマンが書いた一般書はなかなか面白いとおっしゃっていたので本書を読んでみることにした.実際,この本は今までに読んだ中で一番と言っていいほど面白く(私が素粒子物理学に興味があるということもあると思うが),あっという間に読み切ってしまった.書評にも書いた通り,特に専門知識は要求されていないので,特に,素粒子物理学に興味があるもののまだそれを理解できるレベルまで勉強が進んでいないと思っている学部1,2年生にお勧めする.この本を読むことで良い刺激が得られるだろう.もちろん物理学を全く学んだことない人でも素粒子物理学に少しでも興味があるなら読んでみてほしい.内容は簡単ではないので時間はかかるかもしれないが,豊富な注で本文を補いながら読むと必ず理解できるように書かれている.

この本の特徴

  • 本書のタイトルには「量子物理学の発見」と書かれているが,粒子と波動の二重性,不確定性原理といった、多くの人が想像するような量子力学について解説したものではない.原書のタイトルは『Beyond the God Particle』であり,「God Particle」はヒッグス粒子を意味することからも想像できる通り,この本はヒッグス粒子にフォーカスしつつ素粒子物理学のこれまでの歩みとその展望を述べたものとなっている.

  • 本文にはたくさんの注がつけられているが,それらの注にはWikipediaのページがたくさん紹介されている.私たちは小学生・中学生のころからWikipediaはあまり信頼できない情報が載っていることが多いため参考文献としてWikipediaのページを選ばない方がよいと教えられてきたのでこのことは衝撃的である.確かに,Wikipediaのページには信憑性があまりない情報が書かれていることがあるが,科学に関しては信頼性のある情報が書かれていることが多いと思う.

  • 書評にも書いたが,著者のレーダーマンは実験物理学者であり,本書の中で何回も実験の重要性を訴えている.現在の素粒子の実験は莫大なお金がかかることが多いが,そのことに対する世間の考え方と物理学者の考え方の食い違いについても実験物理学者ならではの切り口から述べられており,なかなか面白い.

素粒子物理学について

いつもの書評なら,本に書かれていることをいくつかピックアップしてそれについての感想等を述べているが,今回はそれはせず,私の専門でもある素粒子物理学について簡単に解説することにする.

素粒子標準理論

素粒子標準理論に出てくる素粒子たち

素粒子標準理論とは,1970年代に体系化された素粒子物理学の基本的な枠組みのことである.その標準理論には,上の図のような17種類の素粒子が登場する.物質粒子は6種類のクォークと6種類のレプトンがあり,力を媒介する粒子であるゲージ粒子は光子(電磁気力を媒介),グルーオン(強い力を媒介),ZボソンおよびWボソン(弱い力を媒介)の4種類がある.それらに本書のテーマでもあるヒッグス粒子を加えて合計17種類である.

素粒子間に働く相互作用には電磁気力,強い力,弱い力,重力の4種類があると考えられており,それぞれの力を媒介する素粒子が存在する(重力はまだ量子化されていないので重力を媒介する素粒子は標準理論には登場しない).「素粒子が力を媒介する」ということは初めて聞くとわけがわからないと思うが,素粒子の世界では,例えば2つの電子が近づいた時,これらの2つの電子が光子を交換することで電磁気力を伝え合い2つの電子が離れていくということが起こっているのである.

素粒子標準理論を超えて

ただ,素粒子標準理論に満足している物理学者は誰一人いない.実際,重力はまだ量子化されていないし,なぜ標準理論に登場する粒子が3世代になっているか,なぜヒッグス粒子自身が質量をもつのかといったことは分かっていない.また,この宇宙は反物質よりも物質の方が圧倒的に多いが,それがなぜなのか標準理論では説明できないし,この宇宙に存在することがわかっているダークマターを構成する粒子が何であるかも分かっていない.まだまだ分からないことだらけなのである.

そのようなまだわからないことを解決するべく,理論と実験の両面から物理学者たちは研究を続けている.例えば,素粒子が弦からできているとする超弦理論というものが研究されているが,超弦理論は重力を含む力を統一的に記述する理論となっている.一方,実験側からはニュートリノ振動という現象を観測することで反物質よりも物質の方が圧倒的に多い理由を探ろうとしていたり,ダークマターを探索する実験が行われていたりする.

この世界を構成する物質の最小単位を探る人類の旅はまだ途中であり,いつかそれが分かるときが来ることを夢見て今もなお一歩一歩進み続けている.

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