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[小説]心のきっぷ

主人公の広陽(高校一年生)は一人で18きっぷの旅をしていた。
18きっぷとは一日中、新幹線や有料特急等を除く全ての電車に乗り放題と言うものである。悪く言えば疲れるがよく言えば目的地を最安値で行けたりできる夢のある切符である。

 18きっぷで僕はとにかく旅に出たかった。一人で旅をするのが小さい夢だった。いつも、18きっぷで旅行するときは親と一緒だったからだ。
 東京を出て大阪や名古屋に泊まっても差し支えないと母親に言われたので傍若無人に振る舞おうかなとも思った。
 行く宛先も決まっておらずとにかく西の方へ線路を向けた。
  西に行くと言ってもひたすらに行くわけでは無かった。行き止まりも何度かあった。その度に駅員さんに聞いたりした。この時、最初から早く聞いとけよと思うかもしれないが僕は純粋に旅を楽しみたかったのでそこで降りたりした。
  まず降りたのは寄居駅である。この頃はまだ朝で僕の神経も少しのことで興奮するように出来ていたので観光地を行ってみることにした。城があるらしい。城下町が広がってると思って古い町並みを歩いて、こんな田舎だったらカブトムシなんか多いだろうなとか、恋愛のライバルがあまりいなそうだから発展しやすそうだとか、ここだったらキャンプしても面白そうかなと考えた。つまり僕からすると余程田舎だった。…城下町なのに。朝飯を食おうとも考えていたが店構えが小さいので店を発見できずに終わった。
  遠くに見覚えのあるライトが光っていた。これがセブンイレブンである。僕は感動した。セブンイレブンの救いに。どこでも変わらない味と安心感。僕はセブンイレブンで牛丼を食べてから鉢形城に向かった。
  見ると大自然と言う言葉がぴったりなほど自然に囲まれていた。僕はひたすら城を探した。坂を上がったり、何も無くて行き止まりで下ったり、誰かに付いていっても変な柵が美しく立ててあるだけだった。僕は疲れてマップを見た。そして、東屋を目指した。水も無しで歩いていたのだ。
  そのマップを見てもう一つ思ったのは城が何処にも無いことである。  右斜め上にはしっかりと鉢形城跡と書いてある。僕はパンフレットで鉢形城をチラ見しただけだったので全く分からなかった。僕が外国から観光してきた観光客だったら怒ってた。
 東屋から引き返して駅へ向かうことを決心した。カラスアゲハが雑草の周りで飛び回っていることだけが妙に僕の記憶を支配していた。それだけが収穫だったと思ったのかもしれない。逆にカラスというマイナスなイメージが支配していたのかもしれない。

  それからは何処の駅にも降りなかった。前回のあれから反省して直接名古屋へ向かった。浜松の駅で駆け足で乗り込んで椅子に座ったりと頑張った。
 僕と一緒にいつも同じ電車に乗る子に目が止まった。男の子で僕と同じくらいの年齢。髪の毛は比較的短く鼻が高い。
  湘南新宿ラインや特急でよく見る四人が向かい合って座れる席に僕とその子が座っていた。僕は思いきって喋ることにした。
「18きっぷですか」
「そでーす」と彼が言った。彼は少しだけ、日本語が苦手なのかも知れなかった。
「観光ですか」
「ぼくは、名古屋に家があるんです。だから、帰省です」と言葉をしっかりと繋いで喋ってきた。周りの大人たちがめんどくさそうに舌足らずの彼を見る。声が人一倍あったのだ。
  僕はこの大人たちが許せなかった。僕はもちろんこの子が癖の強い子だなと思って引こうとしてしまったが、18きっぷでしっかりと家に向かい、聞かれたことを懸命に返している彼を見て少々感動を覚えた。僕は自分の胸を告げた。
「あの、実は僕も名古屋辺りで観光したいんですが…」
「いいよー、いいよってどっちの意味なんだかなぁ」と言って鋭くうるさく笑った。僕は自分が迷惑そうな顔をしてしまったと気づいた。僕は自分を悔やんだ。なんて情けないんだと思った。しかし、彼はそんな事を一切気にしない様子で目を思い切り瞑ってギャハッハッハと笑うので愛想笑いが訳もなく溢れるのであった。
  そして、暫く話したりしているうちに何だか仲が良くなってきた。この仲のよさの半分以上は彼の手柄と言って良かった。彼の名前は興野俊介と言った。そして、僕が一番覚えてる会話がこれである。
「あーー、そー言えば名古屋駅に家族が迎えにくるんだよ」
「そうなんだ」(この時には敬語の使用を控えている)
「名古屋観光、どーする?」
「僕一人で行くよ」
「えーー、それじゃあダメだよ。ぼーくが安心できないよ」
「じゃあどうするの?」
「だーから、一回、ぼーくの車に乗ってーそーれから行けばーいいよね」
「家族は誰がいるの?」
「お姉ちゃんとパパとママと僕」
「そうなんだ」
この時、お姉ちゃんの存在を知ってしまった僕は少しドキリとした。この音は好奇心からくる音だった。どんなお姉ちゃんなんだろう。気になってしょうがない。
  そして、名古屋駅に着いた。名古屋駅は人が多く活発な印象を受けた。
  俊介が前で人の間を上手く通り、大きな声で改札に怒鳴るように叫んだ。改札の向こうに母親がいる。どうやら母親だけが迎えに来たらしい。僕は少し残念な気がした。お姉ちゃんが見れないことを少し悔しがった。途端に俊介と早く別れたい気持ちがした。しかし、こうなってしまった以上、僕も俊介の家族みたいなものである。
  母親は必死にお礼を言った。
「実は一人で心配だったんです。いつも他の駅で降りてパトカーに乗せられちゃうから。本当に大変だったでしょう」
「いや、大変じゃないですよ。俊介君もしっかりと名古屋で降りることは僕に言ってましたから」
「いや、そうじゃないんですよ。俊介は怒りを少しでも感じてしまうと人のことを殴ってしまうんですよ。特に初対面の人には怒りやすいですからね」
「少し、お願いがあるのですが名古屋の観光名所を少しだけでいいですから教えて下さい」
「あっ、そうね。何かのお礼をしなくちゃね」
「ねーー、ママー、僕、このお兄ちゃんと観光したい」
「ダメよ。あなた。今日は学童でゆっくりするはずでしょ。お兄ちゃんは一回、私の家に来て下さい」
そうして車が走り出した。
  車が止まったと思うと黒い柵の中に女の子が立っていた。そして、車を降りるとその女と目があった。その女は大学生くらいの人で金髪だった。ボリューム感のあるポニーテールで、名古屋のシャチホコみたいだなと思った。
  よく見ると瓜実顔であり整っている。名前は里美(仮名)と言った。里美は柵の内から母親に話しかけた。
「お母さん、この方、誰?」
「俊介を助けてくれた人だよ。名古屋観光をしたいって言うから、あっそうだ。里美、行ってらっしゃい」
「ちょっと待ってお母さん。それはいくらなんでも…」
「意気地無しは、嫁に行けないよ。俊介のために行ってらっしゃいよ」
「分かったわ。後でお駄賃ちょうだいね」と言って奥に消えていった。あの金髪が少し怖くなってきた。そして、僕も家に入った。
  家に入って最初に気づくのは元気がない金魚がいるくらいだった。そして、玄関で待っていると行くよと声をかけてきた。見ると里美が化粧もせずに出てきた。純粋に美しい。白いワイシャツのような服に黒いスカートという格好だった。
  そして、僕たちは歩きだした。会話をしようと必死になった。
「あの、里美さん」
「何ー?」
「自己紹介していいっすか?」
「構わないわよ」
「僕の名前は波見広陽、広陽って呼んでください」
「広陽くん、少しだけいい?」
「どうしたんですか?」
「私、広陽くんには悪いんだけど違う名前で呼ばせてもらっていい?昔、片思いだった人がいるの。その子の名前は陽幸くんって言うの。だから陽幸くんって呼ばせてもらっていい?」
「むしろ、そっちのほうがかっこいいです」と言うと里美は、寂しい顔で空を見ながら笑っていた。
  段々と懇意になってきた。そんな時には犬山城に着いていた。犬山城は外国人が多く複雑だった。里美と僕は近くのベンチに座った。そして、話がまた始まった。
「犬山城、綺麗でしょ?」
「綺麗です」
「私、実は弟以外の男の子と出掛けたこと初めてなの」
「えっ!そうには見えませんよ」
「ふふふ、見えないだけましね」
「里美さんは親切で面倒見も良いじゃないですか」
「そう、年齢が下の男に言われたってねぇ…」
この言葉に少し腹が立ってしまった。僕は、何も言わず黙って下を向いた。彼女は慌てた様子で言葉を繋げた。
「陽幸くん、私の何が悪いと思う」
「悪いとこなんて分からないですよ」
「嘘を付かないで。ないわけがないんだから」
「化粧…じゃないですか」
この言葉に大いに笑った。一分くらい笑ってたと言っても過言ではない。
「バカね、これでも化粧をしてる時はあるのよ。だけどそんなに化粧とか見映えとかってそんなに大事かしら?」 
「男なんてのは大体そこしか見ませんよ」
「そうは思わないわ」
「どうして?」
「私の周りの人は結婚とかしてるんだけど、結局顔じゃないのよ」
「何処なんですか?」
「結局ここなのよ」と言って僕の胸の辺りを触った。
  里美は女にとって度胸が大事と言ったのかもしれない。心(性格)が大事と言いたかったのかもしれない。しかし、次の言葉で大きく覆された。
「生きてることがモテることなのよ」
  この夜、僕は一泊する金を惜しんで名古屋から新幹線で帰った。

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