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[短編]園世#7 青空と飴水

ムクドリの鳥居さんは、雨降る中、一つの重大なことに悩んでいた。

誰かに公言したら、私は皆からの笑いものになるだろう。

ムクドリは、寝床を求めて

都心の上空などを、大量の数で飛び回る鳥だ。

都会の上に現れるそれは

まるでこの世の天災を告げるかのようにも思えてしまう。

その気味の悪さから、泣きわめく子供たちもたくさんいる。

ある都心の店ではあまりにもムクドリたちがうるさかったので

「グリルチキン」と称して我らムクドリの鳥を出したという噂があった。


鳥居は神社の門を通って本殿まで来ていた。

「鳥居が鳥居くぐってんじゃねえよ」

そこにいたのは、ムクドリの中の番長である本郷さんだった。

本郷さんは女性なのだが、言葉は男性チックだった。

「本郷さん、明日の緊急会議をするって聞いたんですが、何をなさるのか教えてくれませんか」

「まあ、そんな焦るなよ。まずはお前がここに来た理由を聞くのが先じゃねえのか」

「特にって、理由はないんですけど。まあ、今日は雨だし、虫たちも動きが鈍くなるんで、捕まえやすくなるかなと、、、」

本郷さんは「ふうん」と言うとくちばしで羽と体の間から

ミミズを三匹出してきた。

「お前にやるよ。俺だってたまには部下に報酬くらいあげないとな」

番長の本郷さんは、みんなで行動するときや、敵と戦うときは

自分から率先して、みんなを牽引するという強さがあるのだが

何もすることがない日の本郷さんはまるで別人だった。

「鳥居、お前だけには俺がここに来た理由を言えるよ。お前は皆の話を聞ける奴だもんな」

なるほど。自分の意見をあまり言わない(言えない)相手には、そういう風に見られているんだと思った

「俺、こういう風に男ぶってるけどさ、本当は怖いんだ」

鳥居は本郷さんの目を見ていた。

「俺の部下たちってさ、なんでも俺の言うことを信じてくれるんだよ。でも、それは俺の作戦が運よく成功してきたってだけであって、本来番長にふさわしいやつってたくさんいるんだよ」

「運ではないと思いますよ」

鳥居はそれしか言えなった。しかし、本郷さんは下を向いて笑っていた。

「なんだろう。最近、なんだかんだ女性的な考え方を持つようになっちゃったっていうかさ。若いころは他の鳥の領空に、強行突破策なんてことを平気でやってのけたんだよ。
だけど、最近は敢えて争うことを避けたり、相手に対してお金とかを送ったりして、土地をもらうことも増えたんだ。情けないよな」

「時代が変わったんじゃないですか」

「私の?」

鳥居は首を振った。本郷さんは笑っていた。

しかし、鳥居は本郷さんが「私」と言ったことに対して何か本郷さんが過去とのGAPが見え始めていることを悟っていた。

「なあ、今日は一緒に過ごそうよ」

本郷さんは鳥居に、ついて来いと合図を送った。


鳥居と本郷さんが来たのは向かい側がかすんで見えるほどの大きな湖だった。

「悩んだときはよくここに来るんだよ。こうやって、水面に自分の顔を写して笑ってみるんだ。そうすると、まだ俺笑えるんだって思えるんだ」

鳥居も同じようにやってみた。

「なあ、鳥居。お前が本当に気まぐれで神社に来たなら申し訳ないんだけどさ、本当は何か悩みがあるんじゃないのか」

さすが番長だなと思った。鳥居の心は完全に見抜かれている。

「はい、実は空を飛ぶことが出来ないんです」

本郷さんは特段驚かなかった。

「それは、どうして」

「鳥って着地が上手くいかなかったりしたら、それは大きなけがになるじゃないですか。僕、それが不安なんです。鳥たちって、皆、当たり前のように毎日空飛んで、暮らしている。ただ、飛ぶのって、いのちがけなことだと思うんですよ」

本郷さんは鳥居の肩に羽根をかぶせた。

「よく言ったよ、ありがとう、鳥居。雨の日に神社にくるやつなんて、俺と一緒で、悩みがある生きものばかりさ」

風が横から吹き、湖にうねりを作る。鳥居はそれを眺めていた。

「鳥居、不安ってのは防衛本能なんだよ。「このままじゃいけない」とか「このままいったら疲れちゃう」とかそんなことを心が察知して教えてくれているんだ。だから、お前が悩んでしまうのはお前のせいじゃない。生き物としての本能だからさ。あまり悩まないでくれよ」

鳥居の目には涙がにじみだし、湖にできたうねりはさらに大きくなっている。

「でもな、鳥居。俺はお前を見捨てないよ。決して、お前が何か心に障害があるからってさ、お前のことを嫌いになるわけない。俺はお前らの番長だからな」

鳥居と本郷さんは湖のほとりで共に飛ぶ練習をした。

鳥居は飛ぼうとするたびに、前述の恐怖心が360°から襲い掛かってくる心持だ。

「大丈夫だ、鳥居。俺がついてるから」

鳥居は、何回も飛ぶ練習をした。

本郷さん以外にも、他の鳥たちも一緒に応援してくれていた。

結局、完全に飛べるようにはならなかったが

本郷さんと一緒なら、なぜだか飛べるようになった。


ある晴れた雲一つない青空の日。

本郷さんが、番長を引退した。

誰もが驚いたが

鳥居にとっては理解できるような気もしていた。

そして、新番長は桑田さんとなった。

桑田さん、最初の仕事は

このムクドリたちの住みかを一斉に移動させることだった。

そう、ムクドリの大移動が始まるのだ。

しかし、鳥居は大移動なんか特に嫌で

羽根が当たったらどうするんだという恐怖で

飛べるかわからなかった。

本郷さんは群れを外れてあの湖沿いで一人暮らすつもりだろうか。

鳥居は、出発する前にたまらなくなって走った。


気が付くと、あの湖沿いにいた。

本郷さんはあの湖に顔を写していた。

「本郷さん、僕はあなたと一緒じゃないと飛べないのです!」

本郷さんは、涙で目を腫らしていた。

「ごめんな。お前らの番長でいられなくて」

周囲には本郷さんを偲んでいた人たちがたくさん集まっていた。

「これからはここで過ごすのですか」

「そうするつもりさ。生まれてくる子供たちもいるし」

「結婚されていたんですね」

「そう。だから俺は、この子たちの番長として生きていく。それなら、俺は自信をもって出来そうだ」

本郷さんはお腹をさすりながら微笑んだ。

出発時間は迫ってきていた。鳥居は決断する時間が迫っていた。

「おい、鳥居。お前は、あの青空に向かって飛び立て。

あの青空に向かってだったら体を預けてもいいって覚悟を持つんだ。

お前はまだ若い。

あの青空の中には沢山の出会いと別れが待っているから

死ぬことや、傷つくことを恐れるな!

お前は飛べるんだ。

それはまぎれもない事実なんだ。

俺と一緒に飛べたじゃないか。

大丈夫。お前の心には俺がついてるよ

俺はお前の心の中の番長であり続けるから」

本郷さんは、鳥居の肩を叩いた。

鳥居は本郷さんを一瞥すると青空へと飛び立った。

青空はどんどん近づき、湖はどんどん小さくなっていった。

鳥居の心の中にはもちろん、不安があった。

しかし、それよりも大きな存在であった”番長”が心を支えてくれていた。

気がつくともう一段階、高度を上げていた。




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