連載小説「49」第9話

【言ってはいけないこと】

先読みの通り、翌朝は澄み渡る青い空が広がった。昨夜気づいた仄暗い願いも、空を眺めていると薄らぐ気がした。天候をあてた俺にサカドがなんやかや言っているのを適当にあしらう。
そうだ。これでいい。このままミズカ村まで案内してもらって、さようならだ。

途中に立ち寄った村で、サカドがある店の前で立ち止まった。
「……あのお菓子。アラヤに土産で買って帰ったことがあるんだ」
視線の先にはカラフルなお菓子の箱。
「帰りに買って墓にでも供えてやろうかな」
穏やかな表情だ。墓の前で動けなくなっていた人物と同じとは思えないほど。サカドは少しずつ心の傷と向き合っている。
……だから俺のことで再び悲しませるようなことがあってはいけない。
思い詰めて険しい顔になっていたようだ。サカドに心配そうに声をかけられた。
これではダメだ。些細なことで感情を動かすな。今まで死んだも同然に生きてきただろ。あと少しくらいそのままで過ごせよ。

ああ。でも。何も感じずに生きるって、どうやっていたんだっけ?

無事ミズカ村に着き、サカドの助けもあって姉がお世話になった家族に会えた。
姉はどんな思いでこの人達に接してたのか。1人で話を聞くのが怖くなり、サカドに同行を求めてしまった。つくづく甘えている。
姉の話をする婦人はとても嬉しそうで。あの人形のようだった姉は、この家で感情を知ったのだろう。俺のこの旅と同じように。
でも姉の違う所は、心からこの人達の幸せを願ったことだ。自分の死がこの人達に影を落とさないように。「元気にしてるかな」と思い出してもらえることを、自分が生きた喜びとしたのだ。

婦人に見送られて家を後にする。
姉の死を隠していたことをサカドに聞かれた。なぜあの人達に会いたかったのかも。
初めはただの暇つぶしだった。でも今は姉の気持ちを知れて良かったと思う。
俺も姉のように生きよう。サカドの幸せを祈って。時々思い出してもらえたらそれでいい。死の悲しみに涙なんて、流してくれなくていい。

これからどうしようか。
宿の部屋でゆっくり過ごしていると、サカドに今後のことを聞かれた。
何も考えていなかったな。行きたい所と言われてもないし。答えに窮して黙ってしまう。
「なら、うちに来るか?」
予想外の提案だった。このまま翌日にさよならかと思っていたのに。
「行く」
考えるより先に返事をしていた。

「お前にもやるよ。店に付き合ってもらった礼」
弟の土産を買うからと立ち寄った店で、小さな箱を渡された。中にはカラフルな砂糖菓子。まさか自分まで貰えると思ってなかったので、一瞬頭がフリーズする。
次の瞬間、温かい気持ちがポツポツと湧いてきた。これが嬉しい、という気持ちなんだろうか。不思議な感覚だった。
「ありがとう」
感謝の言葉とは温かいものなんだな。初めて知った。

サカドの村の人達はみな優しい。
いきなり滞在することになった何者かもわからない俺に、優しく声をかけ、困ったら助けになるからと言ってくれる。
慣れない優しさに戸惑っているうちに、挨拶回りや買い出しが終わった。

サカドは墓参りに行くという。家にいろと言うのを無理矢理ついて行った。
弟の墓に菓子の箱を添えて、静かに涙を流す姿を離れた所から眺めていた。
ああ俺は、性懲りも無くこの涙を見たいと思ったのか。強引に同行した理由に勝手に納得した。

……本当に一緒に来て良かったのか?

墓参りだけじゃない。そもそも村に来たのが間違いじゃなかったのか。
まだ自分の中の仄暗い底に、消えない願望があるのを感じる。幸せを願う綺麗な想いになんて昇華できないものが。

それでも。
死を待つだけのこの時間を1人で過ごすなんて、もうできなかった。

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