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連載小説「49」第12話 完結

【さようなら】

ナズが村を去って1ヶ月が経った。
別れ際はあっさりしたもので、村の入り口まで送ると「じゃあな」と言って去っていった。

あれから地震も大雨も起きていない。

でもナズが死んだなんて実感が湧かなくて、泣くどころか悲しむことすらできずにいた。

それはよく晴れた日だった。
久々の休日に客間の掃除をしていると、ベッドの下に小さな箱を見つけた。
見覚えのあるその箱は、弟の土産のついでにナズにあげたものだった。
なぜこんなものが?と開けてみると、中から淡い緑色の石が出てきた。

「暑い……」
朝から茹だるような暑さが続いた日、グッタリと机につっぷしながらナズが呻いた。
「ほんとに暑いな。山菜でも採りに行くか。ちょっとはマシだろ」
「山に行けば涼しいのか?」
グルンと首だけ回してナズがこっちを見る。ちょっと怖い。
「そりゃ涼しいだろ。なんだ?お前山に行ったことないのか?」
「ない」
変な首の角度のままナズが答える。痛くないのか、それ?
「そうか〜。なら今から行くか」
ウキウキと用意をしだす俺を、何がそんなに楽しいのかという目が眺めていた。

「涼しい……」
思いっきり空気を吸い込みながらナズがつぶやいた。
「気持ちいいだろ。暑い日は山菜採りがてら、弟とよく山にきてたんだ」
マムシやら色々気をつけないといけないけどなと笑うと、ナズは不思議そうな顔でまわりを見ていた。
「そうか。夏の山は涼しいのか。危険な生き物がいるのか。俺は、本当に何も知らなかったんだな」

思い出にふける。
本当は川に連れてってやりたかったんだが、どうしてもあの日以来川には近づけなくて。
川遊びも楽しいんだぞと、昔拾った石を見せたんだった。
あまりにも珍しそうに嬉しそうに見るもんだから、そのままあげたんだったな。こんなとこにしまってたのか。
ああ、ナズは本当に何も知らなかったんだな。涼しいとか、危険だとか、体験というものがごっそり抜け落ちていた。それはきっと、ずっと外の世界に出るとこなく生きてきた結果だったんだ。

途端にナズの死が現実味を帯びてくる。
閉じ込められ、役目から逃げることを許されなかったアイツは、最期に何を思ったのだろう。
たった49日間。外の世界はお前の目にどう映った?木々の青さ。夕焼け。土の匂い。守りたいと思えるほどの美しさを感じられただろうか。
目頭が熱くなる。自然と涙が溢れてくる。
ほら。お前の望んだ涙だ。今俺は、動けなくなるほど悲しんで苦しんでいるぞ。
死を受け入れながらも、自分が生きた時間への肯定を必死に求めていたナズ。その叫びが、悲痛が、心を絡め取って息ができない。

まるで呪いみたいだ。

今は無い姿を求めて上げた顔に、一筋の光が差し込んだ。
窓の外にはどこまでも澄み渡る青い空。

「……ああ、綺麗な空だな」

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