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連載小説「49」第6話

【空の器】

この星の寿命はとっくに尽きている
天災が大地を蝕みいずれ死の星になる
それに抗う愚かな人間達が作り出した
それが俺だ

親の顔は知らない。
死にゆく星の延命のために。10年に一度捧げられる子供。そう言われて育てられた。
豪華な檻のような部屋に閉じ込められ、人との関わりも最低限で生きてきた。

ヤドと言われるその役目は、前の子供が次の子供に能力を引き継ぐ。姉とはそのために数度会った。
俺と同じ空っぽな、人形のような人だった。世界から隔離され死ぬために育てられるのだ。余計な感情など持たれても困るだろう。
だが最後に会った時、まるで別人のような姉がそこにいた。

死ぬ前の49日間、村から出て旅をするという決まりがある。どこに行ってもいいし、路銀も好きなだけ用意される。星の加護があるから天災人災あらゆることとも無縁だ。

旅から戻った姉を見た時、人間がそこにいる、と感じた。

能力を引き継ぎながら話してくれたのは、外の世界で世話になった家族のこと。その人達のためなら死んでもいいと思えたこと。その人達の中で生き続けたいという願い。
星のために死ぬことにいいも悪いも何もない俺には、彼女の気持ちは理解できなかった。自らを捧げるための儀式にむかう姉の表情だけがやたら記憶に残ったが、それがどんな気持ちを表しているのかはやはりわからなかった。

ヤドは能力を引き継ぐと外の世界を覗き見れるようになる。ただしできるのは見ることと聞くことだけ。触覚や嗅覚を伴わない感覚では、世界は透明な布の向こうにあるだけだった。
空っぽなまま10年が過ぎていく。
最近天災が増えてきた。次のヤドが必要になるだろう。俺の番がまわってきたのだ。
そのことに何の感慨もなく、いつも通り外の世界を覗いていた時のことだ。大雨の中で男が泣き叫んでいるのが見えた。川に飛び込もうとして、必死に止められている。アラヤ?人の名前だろうか。誰かが流されたのだろうか。
普段なら気にもせず他の場所を覗きに行くのに、妙に気になって目を離せなくなってしまった。
男は離れた小屋まで避難させられた。そのまま、まるで魂を抜かれたかのように動かなくなった。
その後もたびたび男の様子を見に行った。墓の前で動けなくなっている姿。ひたすら仕事をしている姿。家で急に蹲って動かなくなる姿。でも涙はあの日以来流していないことに気づいて「もう一回見たいな」と呟いていた。

旅に出る日がきた。
特に行きたい所もないのでどうしたものかと考え、姉がいた村に行くことにした。
道は能力で見て知っているしすぐ着くだろうと思っていたら、渡るはずの橋が無くなっていた。大雨で流されたらしい。あらゆる場所を見ることができても、そこで起きていることがどういうことに繋がるのかは全く想像できていない。体験とはこういうことかと妙に納得した。
別にどうしても行きたいわけではないしと悩んでいたら男性に話しかけられた。ミズカ村へ行きたいと話していると、また別の人がやってきた。

その姿を見て驚いた。

大雨の中で泣き叫んでいたあの男だった。
遠い世界の出来事のように眺めていた人間が目の前にいる。問いかけられてなんとか返事をしたが、心臓の音がうるさかった。
やっと落ち着いてくると、どうやらその男に俺を送らせようという話になっていた。
ミズカ村へ行くのは諦めてたくせに、その男と一緒にいられるとなると必死で旅へ同行させようとする自分がいた。

この執着心はどこからくるのだろう?自分は何をしたいのだろう?
わからないまま、明日からの約束を交わしてその男と別れた。

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