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連載小説「49」第8話

【願い】

旅は順調だった。
予定通りについた次の村の宿で、休んでいる時のことだった。

あ、雨が来る。

儀式が近づくとヤドは先のことが時々見えるようになる。これがそれだな。
明日の予定を丁寧に説明するサカドを見ながら、また予定が1日ズレるなと申し訳ない気持ちになった。

「すごい音だな」
雨が降ることはわかっていても、実際に目の当たりにするとやはり迫力があるな。
サカドはやはり申し訳なさそうな顔をしている。お前のせいではないのに。
宿の主人の所へ行くサカドを見送り、明日には止む雨に視線を戻した。きっとサカドの弟を連れ去った雨は、比べ物にならないくらい激しかったのだろうな。

「カードゲーム借りてきたからやろうぜ」
部屋に戻ってきたサカドの手には見慣れない箱。見るのも初めての小さな紙の束に反応できないでいたら
「あれ?カードゲーム嫌いか?」
「いや、なんだそれは?」
「え?知らないのか?」
珍しい生き物でも見るような目で見られた。どうやらこの紙を使って勝ったり負けたりを競うものらしい。
サカドは丁寧にルールを説明してくれた。兄だからなのか元々そうなのか、面倒見がいい。やってみると楽しくて、悔しがったり喜んだりするのは気持ちよかった。

カードゲームに飽きて各々本を読んでいると、サカドがうつらうつらしているのが目に入った。ベッドに腰掛けた状態で器用なことだ。
本を読むのも飽きてきたしお茶でも淹れるか。湯をもらいに部屋をでた。

戻ってくるとサカドがベッドの横で蹲ってるのが見えた。震えている。顔も真っ青だ。
慌てて駆け寄ると、なんとか絞り出したという声でどこへ行っていたのか聞かれた。
「え?ああ。冷えてきたからお湯をもらいに行ってた。温かいお茶でもいれようと思って。戻ってきたらお前が苦しそうに蹲ってるから心配した。どこか苦しいのか?」
自分が酷く動揺してるのがわかる。
「寒いのか?もう一枚毛布を借りてこようか」
そう言って部屋を出ようとしたら
「行かないでくれ!」
あまりに必死な声に動きが止まる。
「あ……1人にしないでくれ。起きたらお前がいなくて、雨の音がしてて、アヤラのことを思い出したんだ。お前までいなくなってしまったのかと」
震える手が服を掴んできた。大雨の映像が頭をよぎる。あの時もお前はこんな風に震えていたんだろうか。

「もう大丈夫だ」
しばらくすると落ち着いたのか服を掴んでいた手が離された。
離れていった体温を少し寂しく思いながら、黙ってしまったサカドの隣に座る。
「アラヤが死んだ日。今まで経験したことがないくらいの大雨で。川近くに住んでる人たちの避難を手伝ってたんだ……」
映像だけで知っているあの日の記憶。本人から聞くとそれは急に現実味を帯びて、語る口から目を離せなくなった。
「なんで俺はアラヤを連れてったんだろう。家で待ってろって言えば良かったんだ。そしたらアラヤは死ななかった……」
ポタリ。瞳から雫が落ちた。涙だ。
見たい見たいと願っていたものが次から次へと溢れてくる。

ああ、やっぱり綺麗だな。

悲壮感も後悔も。全てを吐き出しながら流される涙。死者への純粋な想いだけでできているそれは、とても美しかった。

「やっと涙がみれた」

本音が溢れた。
「弟を思い出して悲しい顔も幸せそうな顔もするのに、涙だけが出てこないなと思ってたんだ」
「俺なら、死んだら泣いて欲しい。色々思い出して色んな顔するのも嬉しいけど、ひたすら悲しんで泣いてほしい。そしたら俺は生きてたんだなと思えるから」
俺の死はみなに喜ばれこそすれ、悲しまれることはないだろう。墓すらなく。役目を終えれば何も残らない命だ。
「……泣いたら死んでも報われるのか?」
少しイラだった声が返ってきた。
「報われる?死んでるのに?それはない。ただ自分を想ってそれほど悲しんでくれる人がいるなら、生きたことに価値があったと思えるだけだ」
死ぬのがイヤだとか、なぜ自分だけ死ななければならないのかなんて思いはいまさら湧かない。ただただ自分の運命に対して乾いた気持ちがあるだけだ。

それでも。あんな純粋な涙を流してもらえるなら。俺は生きてたんだと感じれる気がする。

そこまで考えて、それは自分の特殊な環境ゆえだと気づく。
「あくまで俺の考えだが」
なんとも言えない顔で言葉が返ってくる。
「普通は泣いていても故人は喜ばない。前を向け。とか言うんじゃないのか?」
「そうなのか?俺はそうは思わない。悲しんで泣いてくれれば泣いてくれるほどいい」
サカドはすっかり呆れ顔になっていた。
ああ、せっかくの涙が止まってしまった。
惜しいなという言葉が頭に浮かんだときに、俺はなぜサカドと旅に出ることに執着したのかを突然理解した。

おそらく、自分が死んだらあの涙を流して欲しいのだ。ただただ死者への想いだけで流される、あの涙を。

自分が恐ろしくなった。傷つき後悔し、悲嘆にくれる人間にさらに涙を流せと願っているのだ。
ダメだ。隠さないと。この願いは叶えてはいけない。こんな優しい人にこれ以上の苦しみを与えてはいけない。
必死になっていつもの無表情を作る。
「心配をかけたな。昼メシにでもしようか。晴れたらまたたくさん歩かないといけない。しっかり体力をつけないとな」
取り繕った顔で大きく頷く。うまく誤魔化せただろうか。背中を冷や汗が流れた。

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