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津堅島の家の名前#1 屋号を解体する|Studies

本論は屋号研究である。手続きとして、まず最初に屋号の言語構成の分類とその各要素についてみたあと、屋号とそれを用いる人々の思考様式との連関を論じたいと思う。


研究題材の説明

津堅は中頭郡勝連町(1990年当時)に属する島であり、世帯数240余りの字行政区である。百数十にも及ぶ屋号(ヤーンナー)――近年分家した家の多くには屋号は付けられていないため、世帯数よりは減少する――をここですべて列挙するわけにはいかないので、比較的大規模な二つの門中(簡単にいえば父系出自集合体のこと)に所属する家の屋号をもって代表とさせていただく。なお、列記の順序は門中の下位グループ単位になっている。離島した門中構成家及び絶家は対象外とした。記述にあたっては、音声記号ではなくカタカナを用いた。

以上に挙げた屋号を、分析上、語幹、接頭語、接尾語に分けて、それぞれの要素の特徴を抽出する。

語幹について

ミーグヮ門中の場合、語幹は「ミーグヮ」と「ミーヤー」が多い。この二語はそれぞれ漢字に直すと〈新屋小〉(すなわち「ミーグヮ」とは「ミーヤーグヮ」が短縮された形)と〈新屋〉になり、しかも〈小〉は後で触れるが、本釆は接尾語であるため、厳密には語幹は「ミーヤー」ということになる。そして、この門中構成家の姓は全て〈新屋〉である。

「エーグン」は、過去にミーグヮ門中から養子を取った他系の家――元来は士族系で、元の姓も〈親国〉であった――であり、その養子以降は血筋は改編されたが、ヤシキ筋はそのままの体裁を保っている例である。「ニーガミヤー」は他門中の家であるが、子どもがなく夫に先立たれた ミーグヮ門中の婦人が夫方の住居で戸主として生活しているため、現在はミーグヮ門中扱いになっている。語幹の「ニーガミ」は村の宗教的役職名に由来する。

一方、ペーバラ門中の方は「ペーバラ」あるいは「へーバラ」=南風原、「ルンチ」=殿内、 「タナバル」=棚原、「アカッチュ」=赤人が語幹をなす。ペーバラ門中は、島尻郡玉城村の冨里に起源を持つ南風原門中からの分かれだといわれるが、そうした説明とは別に、総本家が所在する地名も「ペーバラ(ンダカイ)」と称することから、屋敷の場所による命名とも考えられる。「ルンチ」というのは当家からヌル(村落の司祭者)を輩するのが村の規則となっており、ヌルの住居に対してルンチと通称されるためである。したがって、これも役職名からの援用といえるだろう。

「タナバル」は過去棚原家に他系養入したためで、「アカッチュ」は赤嶺家に婿養子に入ったことによる。こうした経緯から、またこの地域に特有な戦後の改姓ブームのために、べーバラ門中の姓は多様である。

接頭語について

接頭語としては、「メー」=前、「アガリ」=東、「イー」=上、ここにはないが「クシ」=後のように本家からの方角を表わすものがまずあげられる。少々説明を加えると、「メー」は南にあたり、 「イー」及び「クシ」は北にあたる。つまり西が欠けている。これは津堅の集落が、島の最高所であるクニムイウタキ一帯のゆるやかな東南斜面を中心にして発達したことに拠っている。集落の原形が西にあり、しかもその以西には宗教上の聖域が存在するために分家群の拡充が図れなかった。西側に分家した屋敷がないので、「イリ」=西という接頭語が成立しないというわけである(例外が一例ある)。

ほかにも「ホートゥガー」のように当家の所在する位置を示すもの、「イー」=高い場所のように地形になぞらえたもの、ここにはないが「ミー」=新のように系譜的時間を暗示するもの、「カマ」「マサ」「タルー」など分家当時の戸主の名前を掲げるものがある。

また、「タールンチ」の接頭語「ター」についてであるが、この屋号は本来なら「ターヌルルンチ」と称するべきものが、「ヌル」が省略されている語態である(注1)。「ター」というのは島に二人いるヌルを区別するための接頭語であり、「ルンチ」に直接かかる修飾語ではない。ちなみに「ター」の語源について述べるなら、先に触れた「タールンチ」が総本家となっているペーバラ門中の起源の家(ウフムートゥ)が、玉城村に広大な稲田を所有していたことに拠るらしい。

接尾語について

接尾語はその系譜的意味に止目すると大きく二分類が可能であろう。ひとつは系譜上の傍系を示唆するもので、もうひとつはそれとは逆に、本家筋としての正統性を強調するものである。

前者のうちもっとも通用されている語が「グヮ」あるいは「グヮー」=小である。屋号に限らずウチナーグチ(沖縄語)に広くみられる独特の言い回しであるが、この場合は「小さい」ことが系譜観念に投影されて、本家筋に対する分家筋の象徴表現となっている。よって、本来なら門中の総本家に「グヮ」がつくはずはないのであるが、津堅では現実は正反対の趣を呈している。上記のミーグヮ門中もそうであるが、「グヮ」を持つ総本家が多く存在するのである。

こうした事実は、かかる門中が本島のより大きな門中組織に、単に伝承としてであれ組み込まれていたり――言い換えれば、そうした大門中の下位集団であったり――、島内で門中の分節化が進んだ結果として派生した小門中であったりするために生じる現象である。しかし、島民はそうした矛盾を特に意に介していない。

前者に含まれる別の例が、「シブミーヤーマサト」である。「シブミーヤー」から分家した家であるが、既に名前を表わす「シブ」が接頭しているため、分家当事者である「マサト」の名を語尾にもってきている。こうした表現は比較的最近の傾向である。同様に最近の例として、分家当事者の出生順位を接頭語のさらに前にくっつけた「ジナンカマアサト」(次男カマ安里)のような所策もある。

後者の本家筋の正統性の唯一の例が、オオイシ(大石)門中の総本家たる「ウーシンニー」(大石根)にみられる「ニー」=根、あるいはその前の助詞も加えて「ンニー」=〜の根である。ニーは、門中の総本家やそれを中心とする本家筋の家々の屋号に付加されるが、一般的な用語ではない。ほとんどの場合は語幹だけで用済みである。おそらくは過去のある時点で、当家の系譜的中心性を明示しなければならない事態が発生して以来の形態なのだろう。

それ以外にも、これらの分類に含まれない接尾語に「ヤー」=家または屋がある。この語が「家」を意味する場合はせいぜい「〜の家」という意で、あってもなくてもよい(例:「ペーバラ」でも「ペーバラヤー」でもよい)。ところが、「屋」を意味する場合は職業や村落の役職によるもので、語幹とは切り難すことはできない(例:「トウフヤー」=豆腐屋)。

まとめ

以上の語の構成要素の分析により、屋号が持つ意味として次の三つが指摘できる。
①当家の立地する方角、位置、地形を表現する
②当家あるいはその戸主の系譜的位置を明らかにする
③当家あるいはその成員の職業、役職を表わす

<注釈>

  1. タールンチはペーバラ門中の総本家であるが、門中名と屋号が一致していない。屋号の名づけにあたって当家が輩出するヌルの役割が重視されたためだと思われる。

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