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~ドバイ紀行~ みんなゲストでみんなキャスト 

ドバイは巨大なテーマパーク。これが初めてドバイを訪れた印象である。観光開発が進み、安心して滞在できるアラブの都市で、リゾートとして完成されている。「中東のインド」や「中東の香港」といった異名を持つが、どこを見ても、新しく作られた建物ばかりが並ぶ。市場やモスクはショッピングモール、渡し舟はアトラクション。美しい日の出や夕日さえもショーの一部に感じられた。

最初に訪れたのは歴史地区。ガイドブックには「アラブの歴史が最も感じられる」とあり、期待して出かけた。歴史的な建物は、砂漠の砂を固めたような、ベージュの立方体。昔ながらの家並みを再現して開発されたゾーンには、みやげ物屋や飲食店が入る。観光客でごった返し、歴史的情緒よりも商業施設の色が濃い。歴史地区とうたわれていたが、京都というよりは、日光江戸村。雰囲気だけなら、それなりに楽しめるエリアになっている。

歴史地区と市場のあるエリアは、入り江で分断されている。だが歩行者は、渡し舟を使えば数分で行き来できる。20人ほどしか乗れない小さな舟も、れっきとした公共交通の一つ。メトロやバスと同じように交通系ICカードをタッチして乗船する。乗船料は2ディルハム(約80円)。ウォーターフロントならではのアトラクションだ。

下船して訪れたのは、スークと呼ばれる市場である。アーケードのある商店街で、ゴールド・スークでは金製品、スパイス・スークでは香辛料というように、専門店が何十件も軒を連ねている。
「マダム!ニーハオ!コンニチワー!パシュミナ、タカクナイ!」
パシュミナのストールが10ディルハム(約400円)とあるが、しつこい客引きが怖かった。左右から矢継ぎ早に声を掛けられる。頼みもしないのに、ストールを肩にかけてくる。強引な客引きを振り払うようにして歩く。とても買い物どころではなく、お化け屋敷を通り抜けるように足早に通過した。

翌日は、120㎞離れたアブダビまで足を延ばした。目指すは2007年に完成した巨大モスク。エリザベス女王やローマ皇帝も訪れている。白い大理石の柱や床には、草花の文様がモザイクで描かれている。ステンドグラスは、青から透明に変化するグラデーション。礼拝堂に敷き詰められたペルシャ絨毯は世界一の大きさ。どこを切り取っても絵になり、目を見張る豪華さに圧倒されるばかりであった。しかし見学コースの終点はフードコート。結局は商業施設だったのだ。感動に浸る間もなく、現実に引き戻される。ほかにもこの国には、ルーブル美術館の別館や、世界一高いビルもある。いずれもオイルマネーによる産物、シンデレラ城のようなランドマークだと感じた。

滞在先の近くにはラグーンがあり、朝夕、散歩に訪れた。日の出前のビーチは静寂そのもの。対岸にある高層ビルの明かりが水面に映り、空は赤紫に染まっている。印象派の絵画のように美しい景色だった。この国ではイスラム教の戒律により飲酒は禁止されている。酔っ払いがおらず、きれいに整えられたビーチは居心地が良い。24時間営業のカフェでは、お茶を飲みながら語りあう人々がテーブルを囲んでいる。アスレチックエリアでは、筋肉自慢の男たちが、黙々とトレーニングに励んでいる。ここは平和そのもの、まさにテーマパークだった。

ドバイは元来、砂漠に作られた都市である。衛星写真には上空の砂嵐がはっきりと映る。空気中に漂う砂塵は、常に地表に降っているという。人が手を加えなければ、砂に埋もれてしまう街、砂上の楼閣なのだった。

彼らは必死になって砂を掃く。なぜならテーマパークを守る必要があるからだ。観光客はつかの間の夢を求めて、人口の9割を占める外国人労働者たちは、生きる糧を求めてやって来る。テーマパークでは、客をゲスト、従業員をキャストと呼ぶ。私の眼には、ドバイというテーマパークで、ゲストもキャストも一緒になって踊っているように見える。

「踊る阿呆に見る阿呆、おなじ阿呆なら踊らにゃ損損」。
これは阿波踊りのお囃子である。ふと、テーマパークはドバイだけではない、と思った。私たちは、地球という名のテーマパークに生きているのではないか。だとすれば、この世界に生きるものは、みんな等しく阿呆である。テーマパークはゲストとキャストの両方がいて成り立つ。人、動物、鳥、魚、昆虫。みんなゲストで、みんなキャスト。それなら、みんな仲良く楽しく踊ればよいではないか。それぞれが与えられた役割を楽しく演じていれば、戦争も自然破壊も起きることはない。役割を忘れ、傍若無人に欲を出し、我を張った結果が戦争や自然破壊を起こすのではないか。

一年の初めに訪れたドバイは、地球を俯瞰し、テーマパークの構成要員としていかに生きるべきか、己の役割と演じ方について考える機会を与えてくれた。悔いなく人生を終えるために、ある時はゲスト、またある時はキャストを演じ、同じ阿呆として、楽しく踊り続けようと思う。

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