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ニッチなクリエイティブ作品を売る方法【検証編】

以前、ニッチなクリエイティブコンテンツを売るにはどうすればいいんだろうということについて考えてみました。


この時の考え方に沿って、実際に行われているコンテンツの販売活動についてその意図や効果を考えてみたいと思います。

簡単な要約をすると、

消費者がある作品を知って試し、良かったと思うまでに必要な諸々の労力を試聴コストと言い、このコストを削減することによって作品を手に取ってもらいやすくできる。既存の手法である即売会やIP活用、ブランド戦略は実は試聴コストを削減するのに効果的であるという側面から分析しつつ、ニッチなクリエイティブ作品にも応用可能か検討した。

です。

では本編をどうぞ!

まずはおさらいから

まずは前回の記事のおさらいから。

前回は、ニッチなコンテンツをどうすれば上手にそれを必要とする人に届けられ、そこに市場を生むことができるのかというマーケットデザインの観点から、クリエイティブコンテンツ産業の課題と解決策を論じました。

コンテンツ市場にはニッチな作品の需要と供給の結びつきを阻害する2つの巨大な障壁が存在しています。ひとつは、消費者の真の需要は先に予想できるものではなく、消費者が作品を試してみた後から生じるため、供給者側は需要を的確に把握できず、一か八かで作品を作る賭けになってしまうという障壁です。そしてもうひとつは、そのため、消費者が真の需要を満たすには全てのクリエイティブ作品を試してみる必要があり、途方もない労力を要し、普段疲弊しているというものです。前回はこの労力のことを総じて消費者の試聴コストと呼びました。

消費者の試聴コストについて詳しくは前回の議論をご覧ください。

この消費者の試聴コストを削減することによってニッチなコンテンツの需要と供給を結びつけ、失われた市場を確立することが、ニッチなコンテンツを売るために解決しなければならない究極の課題です。その方法論としてレコメンドが有力視され、その発展が期待されるという結論で前回の議論を締めくくりました。

試聴コストの削減とは

前回は、ヒット作がこの試聴コストの効率的な削減を実現しているということに言及しました。大衆が見た作品はまず認知されやすいですし、他者との話題を求めて見るインセンティブも増加します。認知があって、さらには試聴するインセンティブまである作品の試聴コストは、限りなく0に近くなるまで削減されていると言えるでしょう。

ヒット作はこのように試聴コストの削減に成功していますが、ニッチな作品はこうも行きません。認知も購入するインセンティブもないからです。コンテンツ自ら動くことによって効率的に発見され、試してみたいと思わせなければ、手に取られることはないのです。

今回はさまざまな実際のニッチコンテンツの販促活動の効果について、作品の試聴コストをどうすれば削減できるのかという観点から分析していきたいと思います。

事例1:まとめて売る(即売会)

トップ画で拝借した画像のように、クリエイティブコンテンツの最大の裾野は、コミケに集まるような同人コンテンツです。1番のニッチが集まっている場所と言っても過言ではないでしょう。

コミケや他の即売会では様々なジャンルのニッチな作品が供給されています。見方を変えてみれば、こうした即売会はまさにニッチに市場を生んでいると言えます。

インターネットがなかった過去の時代、こうした同人コンテンツは即売会やSF大会のようなお祭りやイベントで頒布するしかありませんでした。ニッチな作品には認知がないからです。すなわち、はじめ試聴コストは他の作品と同様無限大に大きい状態にあることを意味します。

しかし、即売会では多数のサークルが集まって店頭を構え、作品を陳列することによって認知を与えるという広告が行えます。また、即売会に来る人々はある程度の期待をもって掘り出し物を探しに集まりますので、もともと買う気のある人が集まります。

そのため即売会では、買いたいというインセンティブが先行し、あとから認知が得られるという様式で試聴コストの削減が実現されていると考えることが出来ます。

また、もともと認知のある特定の作品を目的に即売会に参加した人も、その作品を取得した後、ついでに他の作品も物色し、偶然欲しくなってしまう点でも試聴コストが削減されています。人間の財布の紐が最も緩むタイミングは、何かを購入した直後だそうです。

さらには、買いたい作品が一度に揃っている利便性も見過ごせません。ジャンルでまとまって即売会を実施することによって、その人が事前にサークルチェックをする範囲が限定され、試聴コストが低減します。

自分の欲しいものは無いかなと、コミケのカタログを隅から隅までチェックするのは途方もなく疲れますし、ましてや世界中のサークルから自分が欲しいものを見つけることなど到底出来ないでしょう。しかし即売会のように同一ジャンルが一箇所に集まってくれるおかげで調べる範囲が限定され、試聴コストが随分と削減されます。

こうした販売の集合に、消費者の試聴コストを削減する効果があるのがわかると思います。

あとは、副次的な効果だとは思われますが、即売会やイベントのお祭りとしてのワクワク感も財布の紐を溶かす重要な要素の一つだと思います。お祭りの屋台などで割高でも買ってしまうそれと同じ原理な気がします。

即売会のような、集めて並べることによって試聴コストを削減する方法というのは何も珍しい特殊な手法ではなく、クリエイティブコンテンツ以外でのコモディティでも普通に使用されている手法です。

スーパーマーケットもそうですし、イオンやららぽーと、アウトレット等のショッピングモール、商店街だって集約されているのは同じ原理で、全ては試聴コストを削減するためです。

インターネットの普及後は、ECサイト等のプラットフォームが同じ原理で試聴コストを削減しています。ある1つのジャンルの商品が1つのプラットフォームに集まり、商品の陳列という広告を行うことによって認知を与え、試聴コストを削減します。

また、セールという手法も試聴コストを削減するのに役立ちます。例えば有象無象のコンテンツを扱うAmazonやPC向けゲーム配信プラットフォームのSteamではタイムセールを実施しています。こうしたプラットフォームはコンテンツ量が膨大すぎて、陳列による広告効果は得られにくくなっています。そのため、一定の期間にセールとして注目してもらいたい作品を厳選し、消費者の試聴コストを削減し、新たな認知を得ようとしています。

事例2:IP戦略(版権ビジネスとは)

富野由悠季が苦悩を承知でガンダムの続編ばかりを作り続けたり、庵野秀明が再び鬱になりながらもエヴァンゲリオンの新作を始めたりなど、ヒット作の続編が制作されることが多いのは事実です。それは言うまでもなく、売れた作品の続編に対するファンの期待はビジネス上無視できないほど高まるからです。

どうして、ヒット作の続編へのファンの期待が高まるのでしょうか。まず、消費者はその作品を試聴し、内容を確かめた上で面白いと感じ、真の需要が満たされてファンとなりました。つまり、その作品のファンはその作品に対する需要を抱いていることが確定しています。(その作品の続編への需要は確定していません。)

その作品の続編であるということは、ファンが需要を抱いている作品とある一定の共通点をもつコンテンツであることを意味します。例えば、同じクリエイターが作ったコンテンツであったり、ストーリーが連続していたり、世界観が共通していたり、同じキャラクターが登場したりする作品です。実際にファンが望む続編とはファンが気に入った要素が引き継がれている作品です。

ファンが気にいるポイントは十人十色ですので全ての要素が引き継がれるということはなく、いくつかの要素のみが引き継がれ、他の部分は新たな要素として考え出され、新規性を帯びることによって続編が創作されます。

したがって、続編にはファンが好む要素が含まれている可能性が他の有象無象の作品と比較して高くなります。すなわち、ファンが好む要素が続編には含まれていると十分に期待することができます。だからこそ、ある作品のファンはその作品の続編への期待を高めるのです。

そのため、ファンは続編に対しサーチの網を常に張っており、作品を供給しさえすれば、必ずファンは試聴します。試聴してみなければ、続編にファンが好む要素が含まれているか自身で確認することができないためです。

この事実を言い換えれば、ヒット作の続編とはヒット作の要素によって試聴コストが削減された作品と言うことができるでしょう。レコメンドのように、ヒット作の続編にファンの需要を満たす要素が含まれている可能性が高いということはファンにとって自明となっているからです。

このように、ヒット作の続編は、ヒット作同様圧倒的に試聴コストを抑えることができます。すなわち、ヒット作の続編は他の作品より消費者にとって手に取りやすい作品となるのです。

ヒット作との一定の共通項があれば続編として試聴コストの削減が可能となるという原則を活かし、先述の続編の例に挙げたように、キャラクタービジネスや版権ビジネスも同じ文脈で分析できます。具体例を見ていきましょう。

例えばキャラクタービジネスです。キャラクターについては、ファンが好む各作品で共通する要素そのものがキャラクターとなっており、ファンのキャラクターへの愛からさまざまな作品の試聴コストを下げることに役立っています。同じキャラクターであれば、そのキャラクターのファンは、例えコラボした作品がファンにとってそれまで全く興味のないものであったとしても、認知し、購入するインセンティブが与えられているという点で尋常でない試聴コストの削減が実現されています。キャラクターが、あるコンテンツを発見する手がかりとなっているのです。

キャラクターだけでなく、作品の世界観やストーリーの連続性なども、同様にコンテンツを発見する広告塔として機能し、試聴コストの大幅な削減に寄与しています。こうした一連の連続性を、版権と呼んだり、もしくはIP(Intellectual Property,知的財産)と呼んだりします。IPを含むコンテンツは、IPが持つ認知力と購買促進効果を利用し、試聴コストをカットすることによってファンに対する非常に強い訴求力を持ちます。

前回の議論でニッチなクリエイティブコンテンツを扱った際、このIPを利用したコンテンツの波及効果については議論せず、基本的にはレコメンドを中心にその方法論を議論したことは覚えていらっしゃいますでしょうか。それもそのはず、このIPという試聴コストの削減方法は最初にヒット作を必要とするため、ニッチな作品には応用できないのです。

しかし、クリエイティブコンテンツという枠組み内での販促活動という同じ文脈上で、IP戦略もレコメンドも、試聴コストの削減方法という横断的な理解ができれば、新たな販促活動の発想の助けになるのではないでしょうか。

ところで、日本の主要なエンタメ企業のバンダイナムコグループは、グループ総出をあげてこのIP軸戦略を打ち出す中期戦略を掲げていました。ドラゴンボールやナルトなどの集英社ジャンプ関連の外部IPや、傘下のサンライズ作品であるガンダムやバンダイ系統からのホビーや映像作品などの内部IPを、グループ内のさまざまなカンパニーでゲーム化や映像化、ホビー化などのマネタイズを行うといった一大IP王国を形成している実情を踏まえた適切な経営方針であり、今後追求すべき最も適切な目標でもあると思います。起伏の激しいエンタメ企業として安定した経営を実現するためには、IPの強力な訴求力を利用し、常に試聴コストが大幅に削減されたコンテンツを供給するのが最も効率的だからです。

しかし、これは過去のヒット作から生じたIPの波及力に全信頼を寄せているということに他なりません。近年なかなかヒットしないと言われているエンタメ業界で今後、現在のIPの使用期限後に頼るべきIPをいかに今作り出していくのか、また試聴コストを削減する他の方法をいかに開発するか、の双方を両輪立てて考えていかなければならないという経営上の課題が、こうした試聴コストの観点から見えてきます。

事例3:ブランド戦略

ブランド戦略も試聴コストを削減する効果があります。ブランドとは元来、工房や製作所の品質に対する信頼から醸成される価値観でした。その工房の製品は常に消費者が好む要素を継続して含んでいると消費者に期待されているということです。デザインや機能性、コスパや与えてくれるステータスなど、消費者が期待する要素はさまざまで、ブランドと消費者とのコミュニケーションから一定の要素が確立されていきます。

あるブランドがその支持者の好む要素を含む要素を含む製品を継続して供給している場合、支持者はそのブランドの出す製品が自身の需要を満たす可能性が高いと期待してブランドの新作を継続してチェックするようになります。すなわち、支持者にとって、ブランドの製品やサービスの試聴コストを削減していると考えることができます。

ブランドの定義はさまざまですが、ここでいうブランドとは、少なくとも一定の要素を継続的に提供する指向性を持ち、クオリティコントロールを行なっている事業者によるクリエイティブ作品群である、と言うことができるのではないでしょうか。

例えば、ゲームブランドとして有名なVisual Artskeyは家族や友情をテーマに感動的な作品を継続的に提供するブランドとしてブランドイメージが確立されています。一方フジテレビの深夜アニメ放送枠ノイタミナは、大人向けのハイセンスなアニメを数年にわたって継続的に放送しており、ノイタミナで放送されたアニメというブランドイメージを確立することに成功しています。これはアニメ放送枠では珍しくクオリティコントロールが徹底され、多数の視聴者が次回作を期待できる状況が生み出されたからです。

上述した例のようにクリエイティブコンテンツでも、ブランド戦略が試聴コスト削減に有効であるということがわかったと思います。

また、ブランドはIPとは異なり、最初のヒット作を必要としません。作品を介した消費者との長期的なコミュニケーションによってブランドイメージが醸成されていくからです。その点で、IP戦略と比較するとブランド戦略はニッチなクリエイティブ作品への応用が期待できます。例えば、あるニッチな音楽ジャンル専門のYouTubeチャンネルが継続的にそのジャンルの楽曲を提供していけば、そのチャンネルのブランドイメージは次第に確立されていき、そのジャンルを欲する消費者はそのチャンネルのブランドの下に集まってくるようになるでしょう。そのチャンネルをチャンネル登録しておけば、自分が好きになる可能性の高い次の作品が投稿された瞬間に通知を得られるようになるからです。

 ブランドの継続的なハンドリングは試聴コストの観点から考えてどのように行えばいいのでしょうか。ブランドはIPと同様、消費者の好む要素を継続的に提供するからこそ、試聴コストを削減できるという価値があります。しかし、消費者が好む要素は時間の流れとともに変質していくため、ブランドはどのような要素を残存させ、またどのような要素を新規に取り込んでいくのかを時流に合わせて取捨選択していかなければなりません。それはときに、支持者となる消費者の離脱をも伴います。

支持者の離脱を伴った場合、支持者にとってはブランドの裏切りと捉えられてしまう危険性があります。期待していた要素が引き継がれなくなってしまった際に支持者が感じる感覚です。これは当然のことだと思われるかもしれませんが、ブランディングの担当者はどの要素がどのくらいの割合の顧客にとって好まれているのかを適切に把握していなければ、このような意図しない裏切りを行ってしまいます。例えば、ブランドの名前そのものに価値を感じるようになってしまったブランドや、商品の品質にかかわらず、持っているだけで消費者にとって価値となるブランドの、大胆なブランドイメージの転換は時に新時代の到来と称され絶大な支持を持って歓迎されますが、一方で、繊細な品質に立脚したブランドイメージを確立しているブランドは、少しの品質の悪化でさえ顧客離れを引き起こしかねません。

前者のブランドイメージはマスの需要を抱えなければ成り立たない、ヒット作と同じ構造をしています。品質に一定の保証はあるものの、多くの顧客を抱えているためブランドに抱くイメージが均等分散化(有名無実化)しており、ブランドイメージの大胆な転換をも顧客が許容してしまうのです。また、前回のヒット作の議論でお話した通り、みんなが持っているものを持ちたいというある種のネットワーク効果のような働きがあるため、転換したイメージもすぐにそのブランドイメージとして確立される素地を有しているのです。よって消費者のブランドに対する試聴コストは変わらず、低いままになるという点でヒット作と同じであると考えられます。

しかし、ニッチなブランドではブランドイメージ転換時の試聴コスト削減効果の継続は期待できません。ニッチなブランドの場合、支持者が好むポイントもまたニッチなため、ブランドの一貫性を担保する要素も、これを好む支持者のバリエーションも少ないからです。

したがってニッチなブランドの場合はブランド内での微調整の継続を基本とし、大胆にその様態を変化させる必要がある際(例えば多数の支持者が好む要素が意図せず大幅に変化してしまっていることに気づいた場合)は、新たなブランドを姉妹ブランドとして本ブランドとの関係性をもたせ続けながら派生させ、ポートフォリオを組む方が効率的だと考えます。これにより、ブランドによる試聴コスト削減効果を持続させつつ、ブランドイメージの転換(増加)を行うことができるのではないでしょうか。

最後に

このように、消費者の試聴コストという観点でさまざまな販促活動を横断的に理解することができました。クリエイティブ作品という特質性によって生じる試聴コストをきちんと理解すれば、エンタメ企業の経営を、博打ではない安定した持続可能なものに近づけることができますし、ニッチなクリエイティブ作品を売ることにも活用できそうなことがわかりました。もし、新たな考え方やご批判ございましたらコメントいただけると幸いです。また、本稿の元となっている前回の議論もご興味ありましたらご覧ください。

ご読了ありがとうございました。

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