論91.発声と健康法(14277字)

〇体力とメンタル
 
私自身は、若いときには、かなり無茶をしてきたと思います。
徹夜続きで、食生活も睡眠も不規則、栄養や運動など考えたこともありませんでした。
それでも、やる気だけで、駆け続けられたのは、若さだったのでしょう。
あまり支障を感じることは、ありませんでした。
2か月に一度は海外に行って、毎月、全国を回ることをノルマに課して、40代半ばまで続けました。
 
20代の最後に、午前中に4時間の授業を受け持った専門学校の春休みに初めてのぎっくり腰になりました。なぜか直感的に、継続の無理を感じて、知人に代わってもらうことにしました。
それと、40代のとき、事務室で、気を失い倒れたときがありました。脳神経科に行ったのですが原因はわかりません。ハワイに行ってゆっくりしろと休養を告げられました。で、そこから、ややペースダウン、守りということを考え始めました。
 
守りということを考えてから、どうも以前のように調子が出なくなりました。それも年齢のせいかなと思っていました。
思えば、学生時代、歌、声のこと以外には、大してハードな運動もせず、心身のことも、あまり考えてこなかったからです。
海外で毎日10キロ歩くと、3日目あたりに疲労感がくるようになり、飛行機に2日、続けて乗るとこたえるようになってきたのです。
 
ちょうどその頃から、研究所にも高齢の人や、身体の不具合のあるような人も訪れるようになりました。そのこともあり、心身に関心を持つようになりました。若い人の体力のなさも、気になり始めました。
 
2000年から5年、身体に対して学び直し、2005年から今度は、特に若い人たちに対しての問題として上がってきたメンタル、精神的なことについて学び直しました。
まさか、そういったことが中高年に差し掛かってきた自分の将来にも役立つとは、思っていなかったのですが、リンクしていったのです。
 
〇攻めの姿勢
 
今回、述べることは、守りに入るということは、あまりよいことでない、常に攻めを、一つ上にと意識した方がよい、ということです。
これは、健康に関しては、誰かに頼るのではなく、自分自身で考え、行動していくという指針になります。健康以外に関しても同じだと思いますが、前向きに捉え、行動するということです。
 
もう一つは、広く深くさまざまな事柄から学ぶということです。専門家から学ぶのは、当然ですが、そこでも鵜呑みにせず、さまざま情報を新しく常時、入れていくことが大切です。
 
この点において、日本の場合は、欧米などを真似することが多く、本やいろんな番組でも、欧米のデータを、それも結構、古いものを持ち出して、説明するような人たちが、たくさんいます。動物実験のデータよりは、ましだと思いますが、欧米人と日本人では違うところがたくさんあります。
そういうデータを持ってくる人には、なぜ自分たちで調べないのかという疑問をいつも感じます。
 
健康ですから、医学的なエビデンスが元になりますが、医者のいっていることにも、かなりのバラツキ、矛盾やとんでもないこともあります。また、医者は食事や健康の専門家とは限りません。
かつての常識、今や古い非常識ということもあります。
日本人の生活や習性として、これまでに身に付いたものに合わせたようなものが、いろいろと流行ってしまうわけです。これは受け手の問題でもあります。
 
確かに、専門家にしかわからないこともあれば、専門家だからこそ対処できることもあります。怪我や病気の治療に関しては、医者が専門家ではあります。ただ、彼らも、本当のことでいえば、経験してきた狭い部分に関しての専門家に過ぎないわけです。
 
人間や動物の身体には、共通のこともあれば、個々に違うこともあります。生活環境や生きてきた経験というのは、個々に違います。
 
私も自分なりの専門分野を持っていますから、そこにおいて、いろんな人がさまざまなことをいっており、それがどの程度エビデンスに基づくものか、あるいは直感や経験に基づいていることかは、それなりに区別できます。
 
それを当てはめて考えてみると、他の専門家の信頼性やいい加減さ、ごまかしもわかってきます。総じて、医学というのは、健康に対しては、ある一面的な見方しかしていないことがわかります。
何回か触れてきましたが、悪いところがあって、それを取り除いたらよいということと、これまでにないものを身に付けていくということは、全く違うわけです。
 
〇健康と芸 喉のトラブル
 
声については、発声でも歌でも、健康であることが前提です。
が、健康ということの定義はなかなか難しいものです。たとえ病気や怪我であっても、それなりにカバーして、解消や解決することができるからです。
ハードなスポーツ競技では、絶対に不可能な状態でも、芸術や芸能の分野では可能なことも多いのです。
そういった面では、実際に現場に入ると、いろいろと考えさせられることが多いわけです。
 
舞台の本番の前に、声を荒らしてしまった人に、耳鼻咽喉科の医者であれば、「声を出さないように」というアドバイスが正論となります。
しかし、現場では、そうすると出演の機会も逸して信用も失ってしまいかねません。なによりもまわりに迷惑をかけてしまいます。大きな怪我や大病でもない限り、それなりの対処ができることこそが、求められる能力です。
 
もう1つ例をあげると、ポリープの手術の後、「どのぐらい声を出さない方がいいのか」などということについても、医者とは、見解がわかれます。
絶対に安全ということを考えるのであれば、何週間かは休む方がよいのは確かです。
しかし、そのことによって、先ほどの問題もあるし、たとえ舞台に出なくても体力や発声の機能が衰えてしまいます。
 
ここには、大きな個人差があります。
喉についてだけではなく、その人が日頃どのように声を使っているかとか、自分自身の歌唱法での負担とか、全てを総合して考えなくてはなりません。
つまり、一般論で答える医者との見解とは、反することが多くなります。
 
〇活用する
 
健康法と共通するということであれば、ヴォイストレーニングについても、自分のことは自分で判断しなくてはならないということです。
ただし、それがとても難しいので、いろんな人からいろんなアドバイスをもらい、自分なりにも勉強して、自分の判断力を高めていくしかありません。24時間自分の心身と付き合っているのは、自分だけです。
 
トレーニングということであれば、将来的にあなたが、どういう声でどのようにそれを使うのかということについて、最初からはイメージしがたいこともあります。
トレーナーが、適切なアドバイスを与えてくれるのであれば、そうしたイメージをうまく利用して、自分の経験値を増やしていくことが望ましいと思われます。
 
もちろん、直感的な能力で、結果的にうまくいった人も多いでしょう。むしろ役者や歌手には、そのようなタイプの方が多いわけです。
そこを考えると、学校に行って、専門的に発声を勉強したからといって、それは一部分であり、手段にすぎません。
そこですべて得られるというような考えでは、新しい世界をクリエイティブに広げることは難しいでしょう。勤勉ゆえ、能力や資質を、邪魔することもあるでしょう。そういう考えや性格の人たちが、芸能の世界ではあまり向いていないこともあるわけです。
 
ですから、アドバイスも自分で気づいたことも、自分を知るための、そして自分の人生を歩むための、ヒントとしていくつもりで活用するとよいでしょう。
私が繰り返し述べてきたことは、マイナスをゼロにするのではなく、常にプラスにする方向にするまで動くということです。一歩でも前に、先に踏み込んでおくことです。
 
〇マイナスにしない
 
ヴォイストレーニングにおいても、医者や声のアドバイスをする人のいうことを真に受けて、自分の喉はそういうものだから、声がよくない、うまくなれない、プロになれない、などと思い込んでしまう人もいます。人に頼って、人の言葉で思い込む、それがマイナスに働く、もし、そうであれば、そういう自分の考え方や判断の仕方にこそ問題があるということを指摘しておきます。
 
そういうアドバイスは、あなたのために、よかれと思って、守る方向で親切にやさしく授けられます。そのために、あなたが、依存して自立できないともいえます。
これまでなかったような大きな世界に飛びだせない、そうした創造的な才能を発揮できない方に行きがちなのです。
 
そういうアドバイスを受け入れたり、そういう人を信用するということは、あなた自身が、そういう考え方や性格であるためで、それはそれで仕方がありません。
学歴や仕事を選ぶように、あなたの環境や育ち方が、そういう判断をしてきて、ここに至っているわけです。
根本的なところを変えるのは、なかなか難しいことです。
大きな覚悟と勇気、きっかけがいるのです。
 
〇うまく利用する
 
同じことが、健康について、健康法について、当てはまります。
健康とは、元気でいられるということです。それは、医者や専門家のいうことを守ることではありません。病気にならないとか怪我をしないとかいうことでもありません。
 
むしろ、元気でいられるということは、元気であることを邪魔すること、元気になれないことを避けることです。場合によっては、専門家の意見をあまり信じすぎたり、それに左右されすぎたりしないという対処にもなります。
 
もちろん、病気やケガに、医療の専門家が有能であり、その専門家の治療に従うことによってしか解決できないこともあります。ですから、そういったことは分けて考えなくてはなりません。
 
怪我については、その手当てについては、医者に任せられる分野です。
心身のうちの、身体よりは心に関すること、精神的なことメンタル的なことに関しては、心療内科や精神科が専門となっていますが、そこは素直に受け入れにくいところです。かなりグレーな部分があります。
むやみに頼りすぎず、うまく利用できる範囲内に留めておくという判断も持っておく方がよいと思います。
 
〇声楽で基礎
 
発声に対しては、特に共鳴ということを重視することで、私はその専門家として声楽家たちと研究所を運営してきました。ただし、それがあらゆる問題に対する正解かというと、そういうわけではありません。
しかし、自分の正解を見つけるために、声楽という国際的にも歴史的にも、ある程度の判断と基準を確立してきた分野を、たたき台として利用するのは悪いことではありません。
 
少なくとも、ポップス歌手や役者の発声などということになれば、個別に異なって、あいまい過ぎるからです。
自分一人でも、いろんな声が出せるわけです。ですから、最初の2、3年は、なんとでもなりそうですが、その後に、どのようにプロセスを踏んでいったらよいのかということがはっきりしないでしょう。
ですから、声楽は、1つの型、踏み台として考えておくと、有効だと思います。
そういうことでは、研究所もここのレッスンも、当初から、踏み台であると公言してきました。遠くに飛べるような踏み台であることを目指してきたのです。
 
〇常識を疑う
 
健康に関しては、たとえば、ですが、年寄りに対して、「肉を控えなさい」「コレステロールを下げなさい」「血圧を下げなさい」などというのが、医者のアドバイスです。今の日本人の健康の常識でもあります。
 
ただ、そうしたものも欧米から伝わっているものが多いのです。彼らは、日本人とは体質も食生活が違います。
日本はすでに長寿社会になっています。そしてガンが、死因のトップです。
欧米人が長寿の多い日本人の食生活を見直しているのに、欧米人のデータを元にするのは、おかしなことでしょう。
 
結果としてみると、日本では、肉を食べて、小太りな人、欧米ほど肥満ではないコレステロールが高めでメタボの人の方が、長生きをしています。
 
それに対して欧米人は、肉をよく食べるので、心疾患が病のトップです。ですから、コレステロールを下げ、血糖値と血圧を下げ、体重を落としてお酒を我慢することが求められるのです。
これは心筋梗塞や脳血管障害の予防になります。太りすぎの人がとても多いからです。
そこは日本とは大きく異なります。
そういったことこそがエビデンスなのです。
 
ただ、日本人は保守的で、特に戦後は、命をとにかく大切に、死なないことを最優先としてきました。逆にいうと、どのような形でも生きていればよい、命を永らえたらよいという死生観に偏っています。
医者を信じ、その医者の根拠とする検査データの数値にこだわります。健康診断を受け、その数値データに一喜一憂をするわけです。
そのデータを見ることによって、身体の調子がよくなったり、悪くなったりするような逆の作用が起きているとさえいってもよいでしょう。
検査データを気にして、我慢することでストレスになって、データはよくなっても、ストレスになり、健康を阻害していることもあるのではないでしょうか。
 
〇コロナ禍の教訓
 
コロナの政策を見ても、世界中でもっとも保守的な政策をとり、感染者も死者も、欧米より少なかったわけです。でも、アジアの国でも被害は少なかったわけですから、体質によって違いがあったというようにも思えます。
 
その分、高齢者は、3年間、外にも出ず、人とも合わず、会話もせず、発声機能も足腰の機能も衰えました。認知機能も落ちているわけです。つまり、要介護者が大幅に増えているわけです。
要介護になっても、命が伸びたからいいという考え方もあり、それ自体は否定しませんが。
 
若い人でも、いや、むしろ若い人の方が影響が大きいかもしれません。外に出ず、日光を浴びずにいたからです。セロトニンが減ると、うつ病になったりします。
心の健康から考えると、不安な気分や人生を楽しんでいないことが続いていると、将来的によいことではありません。
 
日本の場合は、ガンで死ぬ人が1番多いのです。コレステロールにしても免疫細胞の材料ですから、あまり低くすると、免疫機能が落ちてしまうわけです。いわゆるNK細胞、ナチュラルキラー細胞の働きのことです。
これはメンタルの影響を強く受けます。ガンも、一種の生活習慣病だからです。
 
〇ヴォイストレーニングでの健康管理
 
声を出すことや笑うことによっても免疫が上がるのですから、ヴォイストレーニングは、とてもよい健康法になるのです。
 
健康ということは、マイナスをなくすのでなく、今よりもプラスにすることです。少なくとも心構えとして、そのように考えておくことです。
 
日本の場合は、国民皆保険があるので、どんな病気でも、お金が大してかかりません。ちょっとしたことでも、安いから病院に行きます。データをとって、薬で数値を正常化させようとします。これは、保険の対象です。
 
しかし、元気になるようなトレーニングや健康づくりには、保険がつきません。こちらのほうにお金を使った方がよいのに、です。より節約でき、効果も出て、なによりも皆が幸せです。
それには、栄養のバランスを考え、運動をして身体を維持する、いや、鍛えていくと思っておいた方がよいでしょう。
医者が食事の本などを書くと大ヒットしますが、先述したように、医者は、栄養学の専門家ではありません。
 
〇プラスを重ねる
 
この辺は、私がヴォイストレーニングでも長く提唱してきたことです。調整という守りをして、マイナスをゼロにすることばかりに、とらわれないことです。
長い人生ですから、年に何回かは、不調なときがあります。どんなに気をつけていても、人間ですから、病気になったり怪我をしたり、心身の状態が悪くなることもあるわけです。
 
そのときには、これまでのようにゼロに戻せず、マイナスのままになります。続けていくとゼロという地点が、どんどん下がっていくわけです。
だからこそ、いつもプラスにすることを心がけて行動しておくことです。どんなときでも少しでもプラスに、前向きに、重ねるということです。
予期せぬことが起きたときには、何もできず、マイナスが重なるからです。
結局、いつもプラスにしようとしていても、ゼロをキープする、つまり現状維持で精一杯というふうに考えてもよいのではないでしょうか。
 
つまり、稼げるときに稼いで貯金しておかないと、いざという出費があったときに赤字になって、バランスシートが崩れるということです。昔の日本人は、そう考えて貯蓄に励みました。今は生活保護などもあるので、宵越しの金は持たないような金銭感覚になっています。
確かに明日のことより今日のことを考えなくてはいけない厳しい状況でもあるのでしょう。
 
日本、いや、世界で貧困と飢えがあたりまえだった長い歴史から見ると、どうなんでしょう。まわりの人や情報などに動かされて、無理に無駄に出費しているところも多いように思えます。これだけ天災の多い日本で、災害時などに水も備蓄していなかったという家が多いのには驚きます。
 
〇余力をもつ 貯声
 
話を戻して、貯蓄に励む、それを体力、筋力で考えても、わかると思います。貯筋という言葉が広がりましたね。
私はヴォイストレーニングについても、そういう考え方です。少しでも向上させる、少しでも強くする、鍛えると考えておくほうがよいといっています。貯声です。
 
昔のようにとか、現状維持できればということであれば、やはり少しずつマイナスとなっていくからです。
こうした考えというのは、考えですから、よりよいほうに考えればよいだけです。その考え方によって、行動が変わっていき、自分の信心も能力も変わっていくのです。
 
調子のよいときには、できるだけ最高レベルのところまで行うようにします。
調子がよくないときは最低限のことで、何とか今の状態をキープします。悪い循環に陥らないようにするのです。そうすれば、上にいかないわけがないのです。
 
ただし、多くの人は、その逆をやっているのです。
それを促しているのは、案外と優しくて親身なトレーナーです。そういう人は、本当にマイナスのとき、どうしようもなく弱ったときには、支えになってくれるし、いなくてはならない存在かもしれません。
しかし、元気を取り戻したり、自分なりに動けるようになったときには、それに甘えず、振り切って、もっと厳しいことに挑戦していかなくてはならないと思うのです。
 
〇心の支配力
 
私がヴォイストレーニングで、読者などで自主的に行っている人たち、研究所にいらした人たちに強くアドバイスしていたのは、
「マイナスをゼロに戻すことでなく、プラスを重ねること」
です。
マイナスでもゼロでも、そういったものはイメージなのですから、どんどんプラスの状態にするようにすることです。
 
医療の分野なら、マイナスをゼロにする、不調を普通の状態にするので完結です。治すのが目的ですから、回復までが仕事です。
医者は、身体のマイナスをゼロにする専門家であり、プラスにすることについては素人ともいえます。
ですから、健康についてアドバイスすることも、どれもこれもやらないほうがいいみたいな禁止事項になるわけです。
 
しかし、世の中には、タバコや酒を死ぬまで、人の何倍も楽しんで、長生きする人もいるわけです。だから誰でもそうしてもよいということにはなりませんが、その人なりの信心や考え方、生き方があれば、一般論や常識に囚われない方がよいということです。
 
酒が思う存分、飲めるなら早く死んでもいいと思うなら、飲めばよいでしょう、それを心から楽しみ、気にしなければ、早く死ぬとは限りません。案外と長生きするものでしょう。飲めないことで気が滅入ったり、ストレスを抱えている人の方が、不健康になりやすいと思います。
 
人間の心は、そこまで身体を支配しているのです。
心には、それだけの力があるのです。
 
わかりやすい例では、どこかが痛いとか気分が悪くても、とても嬉しいことがあったり、何かに熱中すると、そういったものを忘れるわけです。
何もやることがなく気分的に滅入っているときには、痛みが増します。
脳内での痛み止めは、マリファナの数倍強いといわれています。
そうした心身の機能がきちんと働くように整えることこそ、真の健康法なのでしょう。
 
〇エビデンスより自分を知る
 
エビデンスや科学的なことにとらわれるようになったせいか、歌がうまく歌えない、声が出にくいなどということで、医者に行く人が増えたようです。
本当に、その世界を切り開いていったり、世の中を作っていった人は、歌手や役者でも、ついこないだまで、喉が潰れても病院などにはいかなかったわけです。
 
それがよいこととは思いませんし、日ごろからそういったところを利用して、自分の喉のことを知っておくというのは、勉強だと思います。
ただし、医者は、治すことができても、高めることができるような専門家ではないのです。
よくないところを探すのが、専門家です。欠点をあげつらって、それを1つずつ防いでいこうとするからです。
 
それに対して私の考えるアーティストは、そんな欠点とか不出来なところは、あまり見向きもしません。むしろ自分の伸ばせるところ、よいところだけをよりプラスにしていく方向に努力し集中します。
マイナスを全部ゼロにしたところで何の成果もでません。そういったところは自分よりもうまくできるような人たちが、たくさんいることも知っているからです。
 
つまり、自分の個性を生かし、見抜き、それを伸ばしていくということと、いろんな悪いところを直して普通の人の普通の健康状態の数値データにしていくということは、方向が真逆なのです。
 
しかし、そういう専門家のところに行くと、まず、マイナスをゼロにしないとプラスにならないといわれます。
私の経験からしてみると、アーティストというのは、マイナスにマイナスが掛け合わさってプラスにしていったような人たちです。数値やデータの欠点があるくらいで、出ていけないのであれば、結局は出ていけないのです。
 
「数値が高いから危険ですので、薬を飲みましょう」といわれて、薬を飲んだところで、元気になるのではありません。数値が改善するだけです。
それで痛みや怪我が治るのであれば、それはそれでいいでしょう。でも、なんのプラスでもありません。
 
自分のことを知るということはとても難しいことです。心身については特にそうです。歳をとるにつれても変わっていくからです。
厳密には、毎日、いえ、時間ごとに変わるのです。基準となるものはありません。
 
〇高齢化と食事
 
歳をとっていくと、身体の機能が低下するのはあたりまえです。肝臓や腎臓など代謝機能が低下し、薬を飲んでも効き目は遅くなります。効果が後になって出たり、副作用が出たりすることもあります。
胃腸の動きも若いときほどではなく、体内の水分量も減ります。その分、計画的に水を飲まなくてはならなくなります。個人差もとても大きくなっていくわけです。
 
高血糖を予防して低血糖にすると、高齢者なら動脈硬化で血管の壁が厚いので、血液の通り道が狭く、脳にブドウ糖が届きにくくなり、意識障害が起きることもあるのです。ですから、過度の食事制限などは、愚かなだけでなく危険なことです。
 
野菜を食べるというアドバイスも、欧米では、肉を食べるので、太っており、心疾患になる人が多いからです。これは、どちらかというと欧米人に効果のある健康対策です。
 
現在では、肉を食べると動脈の壁にコレステロールが溜まって、動脈硬化となって血圧が上がり、心筋梗塞になるリスクが高くなるという論は、否定されています。
メタボリックシンドロームに関しても、今のエビデンスでは、BMIが25を超えた人の方が長生きする傾向が表れています。35を超えると太りすぎとなります。
 
肉に関しては、タンパク質をとるようになったため、昔は塩の摂りすぎで脳卒中などが多かった地方などでは、その数は減りました。セロトニンや男性ホルモンも増え、鬱になりにくくなっているので、自殺も減っているようです。
 
コレステロールは男性ホルモンであるテストステロンの材料ですから、男女どちらの身体にも必要です。元気になる材料となるので、肉を食べるのを抑えるのは、よいことではありません。
 
〇免疫力をつける
 
健康であるために最も必要なのは、免疫力です。それをよくすることと、同時に悪い状態にならないようにすることが必要です。
それに対しては、充分な睡眠とバランスのとれた食事が大事です。
 
私は、この年になってようやく規則正しい生活、つまり、朝に起きるということを実践し始めました。
ストレスについては、自分なりによくわからないところで溜まったりしていますから、あまり物事について気にしないようにすることにしました。
これは性格からもくるので、いかんともしがたいことがあります。
 
何が何でも自分で行うことを、以前ほどやらなくなっていったことが大きいと思います。
その分、まわりに任せられるということですから、悪いことではないと思います。自分が動けなくなってこそ、まわりのことが見え、まわりに頼り、まわりがうまく動き、結果もよくなることもあるわけです。
 
研究所では、言語聴覚士や理学療法士ほか、心身の専門家と提携をしています。
 
手術を受けるときにも、病理士が入ると、病気の部分の組織や細胞を採取して顕微鏡で調べて、どういう性質なのかを判断してくれます。がんなどの手術のときには、重宝してよいでしょう。
腰痛や膝痛もですが、がんの手術でも、できるだけ身体にメスを入れない方がよいのは、わかるでしょう。
以前は、うさんくさかった免疫療法についても、最近は効果が証明されているものが出てきています。
毎年のように、状況は変わっていきますので、新しい情報を手に入れておいた方がよいでしょう。ノーベル賞をとった本庶佑さんのオプジーボなども、もう他人事ではないのです。
 
〇呼吸とメンタル
 
発声に関しては、呼吸を使うわけですから、空気の悪いところは避けなくてはなりません。喫煙する人がこんなに減ったのに、肺がんが増えているのは、空気に問題があるといえます。PM2.5や排気ガスなど、大気汚染には、気をつけましょう。
 
研究所の窓ガラスの外側は、1年で結構、黒く汚れます。それだけのものが、都心では、飛散しているのでしょう。
それでも公害が取り沙汰されていた高度成長期の日本からすると、ずいぶん水も空気もきれいになったのではないでしょうか。排ガス規制は、故石原都知事が残した功績の1つです。
 
腰痛について勉強していると、不安という感情が、とても影響することを知りました。
対策にまで結びつけないで、単に怖いとか嫌だという感情でも、状態を悪くしているのです。
これは、個人の心身に直接、関わっていることなので、わかりやすい例だと思います。
 
おかげで、いろんなところの専門家を知ることもできました。こうした機会でないと知らないことを教えてもらい、勉強になりました。
どんなに本やネットで知識を得るよりも、自分の心身に起きたことをもとに、足で回り、身をもって体験するのが、生きた勉強となります。
 
〇コロナ禍の被害
 
コロナ禍を振りかえって考えると、自粛要請解除、新型コロナが5類へ移行されたのが、2023年の5月8日です。しかし、2021年の暮れから、オミクロン株となり、感染力こそ強いものの致死率は下がっているわけです。
 
感染力の人数については、私も着目し、用心するように呼びかけていました。しかし、致死率からみて、自粛生活が丸々2年も必要だったのかといわれたら、今さらながら、疑問です。
 
高齢者が外食しなくなり、食べなくもなり、栄養状態も悪くなったのではないかと思います。足腰が衰え、認知症状も進んでいたと思えます。
 
それは、日頃、研究所を利用されている方々を見ても感じました。リモートワークなどになり、歩くことや運動が減ったために、なにより声を出すことが減ったために、呼吸が浅くなりました。
発声障害も多くなるし、声もうまく出しにくくなったりもするわけです。カラオケに週に何回か通っていた人が、3年間も行かないと、歌ったときに喉の不調を感じるのも当然でしょう。
以前のレベルに戻るまでには、何週間もかかるでしょう。
 
〇リカバリー
 
私の経験では、呼吸が歌唱に必要なところまでに戻るのにも、2ヶ月くらいはかかる計算です。
ちなみに、長く休んだときには、私は2ヶ月、呼吸だけの鍛錬に当てます。呼吸が戻ってきたら、しぜんと声を出したくなります。
そしたら、声を出し始めます。そのうち、しぜんと狭い声域で声を出していたものが、1オクターブ上とか、裏声にも移りやすくなってきます。そこから、その練習を加えます。
 
一度身体に叩き込んだことは、身体が教えてくれるわけです。
ですから、基礎は2年、その上で10年ぐらい徹底して身体に教え込んでおくとよいのです。
 
それにしても、コロナ禍は、会話をしない、声を出してはいけないということで、ヴォイストレーニングやアーティスト関連の業界に大きな影響をもたらしました。
コロナ禍の影響は、ライブハウスなど、場を提供していたところに、最も大きい被害を与えたと思います。いろんな相談を受けて、いろんな対策を私なりにとってきました。
 
それとともにzoomなどを使えるようになったことで、レッスンの形も変わりました。遠方からも受けられるようになったのは、大きなことです。それまではSkypeでしたが、zoomでかなりの問題が改善されました。気軽に海外の人たちがレッスンに参加できるようになりました。
 
東京に来たときにスタジオでトレーナーから直接レッスンを受け、その後は、自分の国や留学先などから継続して受けられるわけです。私たちトレーナーも、ズームのメリット、デメリット、両方に慣れて、うまく使いこなせるようになりました。
 
〇確率でとらない
 
エビデンスとは、結局は、現場での確率で考えるためのものです。なんらかの選択をするときに、それを元にせざるを得ないのかもしれません。
 
たとえば、あるエビデンスで、100人のうち1割の人に被害があり、1人の人は死ぬと出ている場合に、自分ならそれを選ぶのかです。
それを選ばずに100人ともが少々、悪くなる方を選ぶのもよいとします。
となると、日本人の場合は、きっとリスクの大きいのを避け、後者を選ぶでしょう。
それで後者の場合に、データに出てこないところで10人ぐらいが死んでいても、因果関係がないということにして、0人とします。1人が死ぬより、0人の方がよいのは決まっているのです。しかし、データに上がらないところでもっと死んでいるのであれば、大きな判断ミスになります。
何といっても、こういう例が、日本の場合はとても多いということを念頭に置いておくとよいと思います。安全を考えて、安心を考えて、結果的に、悪い選択をしているということです。
 
〇ダイエットと食事
 
私は、1割ぐらい体重を減らすと、理想の体重になります。しかし、その体重では、ややダイエットということになります。私の感覚では、そのときには、肉や油分の多いものを食べると、体調を損ねることが多いのです。すると野菜中心になり、健康なようですが、活力が出ないわけです。
ということは、その推薦される理想的なセレクトは、私にとっては、よくないということです。健康上はともかく、気力ではマイナスだからです。
 
健康に対して、学んでいて、よくわかったのは、マイナスにすること、足りないようにすることは、余っているよりもよくないということです。
よほど悪いものでない限り、体内に入れても、身体が排泄するわけです。足らなければ大変なことになりますが、特別なもの以外は、余っていても排泄されます。となれば、歳をとったら、あまりダイエットなどと考えない方がよいのです。
 
そのとき、私は、甘いものが食べられなくなりました。甘いものを食べると気持ちが悪くなるわけです。これはダイエットの効果でもあります。
さらに痩せていこうとしたら痩せられるわけですが、その分、人と気軽に付き合いにくくなります。飲みに行っても、何も手をつけないのであれば、コミュニケーションもうまくいきません。メンタル的には、マイナスです。
もちろん、食べ過ぎはよくありませんし、歳をとったら、若いときのような暴飲暴食はやめた方がよいのはいうまでもありません。
 
〇フレイル予防
 
日本老年医学会と東京都医師会は「歳をとったら、メタボ対策はやめて、フレイル予防に切り替えましょう」とホームページにあります。
フレイルとは、加齢に伴う虚弱状態です。健康から要介護へ行く途中の状態です。
実際には、ちょっと痩せ、走ると息切れ、前より疲れやすい、出かけるのも億劫というようなことが、きっかけになるようです。
 
身体の虚弱、心と認知の虚弱、社会性の虚弱という3つの要素が、フレイルです。
そのままでは、筋肉が衰えるサルコペニアに結びついていきます。
肉、魚、卵、乳製品といったタンパク質を摂ることです。筋肉の材料を身体に取り入れるのです。
 
できるだけ歩いて、家でもスクワットなどの運動をしましょう。
肉には、セロトニンの原料となるアミノ酸、トリプトファン、セロトニンを脳に運ぶために必要なコレステロールがあります。コレステロール値の増加を必要以上に恐れないようにしましょう。
 
身体にとって脂肪も必要です。摂らなければ、身体が脂肪を作り出します。脂肪を抜いていくと、身体は炭水化物を脂肪に変えて、これが内臓脂肪の原因となるといわれています。
オメガ6系とオメガ3系の不飽和脂肪酸などは、体内で合成できないために、食物から摂らなければなりません。
 
特に、年配になってから摂りたい栄養素としては、亜鉛、セレン、クロム、マンガンなどがあります。この辺は、栄養学を学んでみるとよいでしょう。
 
ボケ防止、認知症の予防等には、カラオケや合唱など、声を出してみるとよいといわれています。そして笑うことです。
自分なりに幸せ感を感じるということが、なによりの健康法になるわけです。
 
身体を鍛える人が多くなりました。ジムやプールなどに行き、ヨーガやピラティスなどをしているのに、声を出すことが、そこに伴っていないのはもったいないことだと思っています。
 
〇精神神経免疫と鬱
 
私が今、興味を持っているのは、精神神経免疫学です。心の状態によって免疫機能が変わり、身体の状態も変わるという相関関係です。
体調が悪いときに、気分が落ち込み、鬱状態になるのは、誰もが経験していると思います。
心身は、一体のようにリンクしているわけです。幸せ感がなくなり、人生に希望がなくなると、鬱になったり病気になったりするわけです。免疫力が下がると、当然のことです。
 
認知症は、本人はよいのですが、老人性うつは辛いものです。セロトニンが効くともいわれています。食欲や睡眠でも、わかります。
認知症との違いは、認知症が何年もかかって少しずつ悪くなっているのに対し、老人性うつは、1、2ヶ月内で間に、いろんなことが急に変わってしまうのです。本人に自覚症状があるともいわれています。
真面目で、できる人ほど、完璧主義であり、それが見出せなくなると、鬱になりやすいといわれています。他人に対して厳しいという傾向もあります。
適当な人の方が、鬱にかかりにくいわけです。
 
お笑いは、免疫力、鬱の予防、前頭葉の老化を予防するといわれています。笑いに親しみましょう。

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