Bohemian for☆

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ある国にとてもまじめな王様がいました。
王様には守るべきものがたくさんありました。
家族、領土、財産、その国の宗教、道徳、倫理、国益、国交。
王様は毎日毎日、国のことを考えて思い悩んでいました。
きびしい規則を設けたり、立派な建物をたくさん作ったりしましたが、
国の人々はさほど幸せでないように見えました。


王様には美しい妃がいました。

しかし、王様は愛を知りませんでした。


王様には3人の賢い王子がいました。

しかし、王様は愛を知りませんでした。

ある夜、王様がいつものように
一人で国の未来について思いをめぐらしていると
ワイングラスが並べてある棚の一番下の扉から、一人の奇妙な人間が姿を現しました.


そしてその人間はこう言いました。


「その心臓を見てごらん。」

王様は言われたとおり、自分の心臓に手を当てました。
そしてその扉を開いてみました。

するとそこには色の無い花に囲まれた心臓がありました。


その心臓を見たとき、王様は急に寂しくなりました。


すっからかんのハート。

王様は泣きました。

王様の初めての涙。

小さな赤ん坊は涙を流さずに鳴くものですが、
王様は赤ん坊のときに泣いて以来、初めて涙を流して泣いたのです。

王様は子供のようにオイオイと泣き
目の前のちっぽけな人間に助けを求めました。

塩水であふれる王様の目があまりに美しく、穢れなく見えたので
ちっぽけな人間はしばらく王様に見惚れて
にっこりとした後、
小さな鍵を渡しました。


そしてその手をとって
王様の部屋の、美しく描かれた壁の模様を指でなぞりながら部屋の隅へ行き
小さな扉の前で止まり、
王様に自分の手でその扉を開けるように促しました。

王様は真剣な顔をして、
ちっぽけな人間にもらったその鍵を鍵穴に差し
ゆっくりとまわしました。

音もなく扉が開きます。

王様がのぞきこむと
その向こうにちっぽけな人間の姿が見えました。

その人間の名前はフォー。
フォーはとても柔らかな巻き毛をしていて
真っ黒い目をしていて、

肌の色は
白と黒と黄色が混ざったような柔らかな色をしていて、
ほっぺがピンク色で、少しとがった耳をしています。
そして、どんなパーティに呼ばれてもいいようにしっかりとした襟のついた
夏の海のような色のドレスを着ていて、
そのドレスには世界中のあらゆる花が移りこんでいます。

そしてそのドレスからのぞく脚はとても力強く、柔らかな筋肉を持っています。

きれいなまっしろいすべすべの骨を、
真っ赤なみずみずしい筋肉が走っていて、
その筋肉を、やわらかく甘い蜜を含んだ肉で美しく包んでいるのです。

おなかの上のふっくらとした柔らかい肉の中にはバラの花が入っていて、
彼女が女性だということ、母になる人間だと言うことを示していますし、

その少し上にある乳房の中にはマーガレットが入っていて、
彼女が妻になる人間だと言うことを教えてくれます。

二の腕から少し下がる肉の中には海が入っていて、
彼女が世界中を流れるように旅する少女であるということを静かに知らしめています。


フォーはとても忙しそうです。

フォーはいつもパーティーを開いているのです。
それは誕生日パーティー。

毎日が誰かの誕生日だから。

フォーは生まれたばかりの命を抱えて、パーティーを開きます。

水の生き物。
土の生き物。
空の生き物。
そして人間。

すべてはみな土に還ります。
朝が来て夜がきます。
虹がかかります。
風が吹きます。
波が立ちます。
山ができます。
人が死にます。
雲が流れます。

フォーがダンスを踊ると世界が動きます。

ダンスで世界が動くのです。

フォーは愛情を持って、楽しんで暮らしています。
ただ楽しく暮らしています。

それはワルツです。
リズム。
ワルツ。

ただのおかしな生活。リズム。ちんちくりんな生活。

だけど世界はすべて、彼女の息と振動でできているのです。

(誰も気がつかないけれど。)


彼女はそれに気がついていて、

だけれども、平気な顔をしてちっぽけなことを繰り返すのです。


泣くことも笑うことも容赦なく、さらりとする。

それがフォーのやり方なのです。

そして誰も気がついていないけれど、
フォーは世界のすべてを愛しています。

ただひたすらに愛しているのです。
 
毎日、ただただ世界のことを想い、
スープに移りこんだ景色に涙を落とすこともあります。

本当に、フォーはただただ愛しているのです。

「愛していて」「ただそこにいる」から、

彼女の「息」と「振動」が世界をつくるのです。


皆さんには、そのことを信じてほしいのです。
ただ知って、信じてほしい。

フォーを褒めてとは言いません。
フォーはただそこにいるだけだから。

あるとき、フォーは世界を美しいと思えなくなりました。
だってその頃の世界はあまりに灰色でバランスがとれていなかったから。

フォーは愛のあまり、
毎日、身体の中の塩分を吐いていて、
スープも飲めない状態でした。

大好きな白いゆりの花を眺めていて、
その花びらをフォーの真っ赤な血で赤く染めてしまうこともあったくらい、
フォーは毎日悲しくて、「ドンゾコ」な気持ちでした。

そこでフォーは儀式をすることにしました。

きれいなガラスの入れ物に
「人間」と「それにまつわるおろかな関わり」を入れて、
月の光に2晩当てた涙を、2リットルほど注いで洗うのです。
そして、それを凍らせるのです。
凍らして、そこに留めてしまう。
そしてそれを入れ物ごと飲み込んで、フォーの中でとどめてあげるのです。

それをすると世界のバランスは少し良くなりました。

泣く人が33人くらい減ったのです。

フォーの中には飲み込んだ冷たいものがどっしりと入っていたけれど、
フォーは嬉しくなるのです。

フォーもにっこり笑えるのです。


フォーはしゃべることができません。

フォーはフォーとしてしゃべることができないのです。
歌を歌うことはできるけど、しゃべることはできないのです。

どうしてもしゃべりたいときはクマのぬいぐるみを使います。

クマのぬいぐるみが彼女のかわりにしゃべるのです。

どうして彼女はしゃべれないのでしょうか??
それは彼女が「世界」だから。

彼女はなんのためにいるのでしょうか??
それは世界を動かすためです。

犠牲ではありません。


たとえばそのために
どこかの国の少しおろかな王様のために
掃除をすることだってあります。

彼女は自分より愚かな王様の召使にすらなるのです。

人間は何のために生まれるのでしょう?

王様は王様になるためにうまれたのでしょうか??
お姫様はお妃様になるためにうまれたのでしょうか??
メイドはメイドになるためにうまれたのでしょうか??

偉ぶったり、へこへこするためにうまれてきたのでしょうか?

そうではありません。


フォーはそんなことすべて知っているのです。

だけど、その愚かな王様が、
フォーにメイドになれと望むのであればそうなるのです。
そして最善を尽くします。
愚かな王様が満足するまで。
やがて王様は気がつくのです。
自分が愚かであって、メイドのおかげで何かを学んだということに。

気づいた頃にフォーはいなくなるのですが・・・。

愚かな者は自分が一番優れていると信じています。
フォーはそんなこともわかりきっているのです。


年を重ねた木のように賢いフォー。

あらゆる意味での優しさを兼ね備えたフォー。

やわらかさを友とする強さを身につけたフォー。

月の持つ、流れるような静けさと、太陽の持つ、芯のある明るさをもったフォー。

海の広さとおおらかさと、風の速さをもったフォー。

雲のかたちなき形と、虹の彩をもったフォー。

植物のひんやりとした瑞々しさと、動物のあたたかな血液をもったフォー。

軽い鼾と、甘い吐息をもったフォー。


そう、僕はフォーが好きなのです。

僕はフォーを愛しているのです。

物語はいつも、隠れたところで少しだけ狂い始めます。

そう、これは物語だったのに。

僕は存在しない語り手でしかなかったのに。
いつのまにか僕は感情を持ち、現れてしまった。

なぜ現れたのか??
それはフォーを愛したから。フォーを愛してしまったから。

だから僕は現れたのです。
僕には身体がありません。
身体はまだありません。
いや、永遠に身体を持つことはないでしょう。

ただ、僕の愛は間違いなくあるのです。
フォーを愛するこのこころは。


フォーは歩きます。
また歩くのです。いつも歩いている。
たまに自転車に乗ったりもするけれど、
たいていはギターを担いで歩いています。

彼女は世界に住んでいるから、
いつでも「ここ」や「そこ」にいるのです。
どこにも行かなくても、どこにでもいられるのだけど、
それでもたまに歩くのです。
移動するのです。
いえ、いつも移動しているのです。
彼女が「いる」ことは「移動している」ことと等しいのです。

僕はそれを見ているのがすきなのです。

目で見ているのでしょうか?
いえ、僕には目がありません。

そしてそれを見て笑っているのです。

口で笑っているのでしょうか?
いえ、僕には口がありません。


僕には身体がなくて、愛しか無いから。

だから僕は「愛」として、フォーを見て、
「愛」として笑う。

「愛」として彼女を抱きしめる。

そして気づいてしまうのです。


彼女は存在していないことに。

フォーはいないのです。

フォーは人形劇の人形使いのようなものです。
その物語を動かしているのだけど、その物語には登場しないのです。


だって彼女は「物語」そのものなのだから。
そして彼女は「世界」そのものなんだから。

僕がそれに気づいた頃、
物語冒頭にでてきたまじめな王様はやっと愛に気がつくのです。

自分の中に「愛」がなかったことについて。
王様は「愛」を知らなかったから、自分の中にそれが無いことにも気がつかなかったのです。

だけど王様は今、それを知りました。

動くフォーを見て。

そして王様は動くフォーに恋をします。

最初は小さな恋でした。
そしてそれはすぐに愛になりました。
フォーから惜しみなく流れる、
目に見えるほどの愛に
王様のハートは変えられたのです。

その途端に、王様は「世界を良くしよう」と強く思いました。
そしていきいきと、その身体をつかって国を動かし始めました。

王様はその「義務」と「権利」を持っているのです。
王様は生まれて初めて、
「国を良くする義務と権利」をもっていることを嬉しく思いました。

国は良くなりました。

飢えている人はいなくなり、
動物達は野山を駆け回り、
子供達はいつも笑っていました。
国中に花が咲き、人々は野菜や穀物を育てて暮らしました。

そしてそれは広がっていき、
隣の国も、そのまた隣の国もこれに倣いました。

王様は何度か死んで、何度か生まれました。
世界を良くするためだけに、何度も何度も
いろいろな国の王様として生まれました。


そしていつしか、世界全部が本当に幸せになったのです。


世界は今、本当に美しく、
どんなに高いところも、低いところも、
見えるところも見えないところも、
隅から隅まで、すべてが光に溢れていました。

そうなるまでには長い年月がかかっていました。
ざっと200年の時が流れていたのです。
200年目のある満月の夜、王様はふと胸に手を当てました。

それは国のためにたくさん仕事をして、ほっとした気持ちでバルコニーに立ち、
月を眺めていた時でした。
その、黄色くて白くてまんまるな月が、
フォーの黒い巻き毛の中に一本まぎれて生えていた
明るい色の髪の毛を思い出させたからです。


それは確か、フォーの小さな右耳のちょうど上あたりに生えていた髪の毛でした。

王様はふと自分の胸に手をやりました。

胸には扉がありました。
鍵はかかっていませんでした。

王様はそわそわした気持ちで胸の扉を開けました。

そこには色とりどりの瑞々しい花が、一つの束を作っていました。

王様の心臓はいつの間にか花でいっぱいになっていたのです。
王様は目を瞑り、そっと、優しい涙を流しました。

王様の身体には、今、
温かい血と水が塩気を帯びて
生物を湛えた小川ようにとくとくと流れています。

誰のためにそうなったのかと、王様は思いをめぐらせました。


いったい誰のために?


「フォーのためだ!!」

王様は子供のように美しい声で叫びました。
「愛するフォーのために、私は世界を良くしようとしたのだ。」

そして、
フォーの横顔を、髪の毛を、服の色を、脚の形を、気配を、
ありありと思い出し、
愛しいフォーをその腕で抱きしめたいと思いました。

あのちょこまか動く、ひたむきなフォー。
柔らかい筋肉をしたフォー。
くるくるとした巻き毛を揺らすフォー。

そのフォーの身体を手にとって、
髪をなで、唇を重ね、たくさんのハグを送り、
その筋肉を緩めてあげたいと。
そして、自分の胸の扉に手を伸ばした途端に気づいてしまったのです。


「フォーはいない」と。


フォーはいないのです。


「フォーなんていない」。


「フォーは世界そのもの」なのです。

王様が愛したのは「世界」で、
すべてを教えてくれたのは「世界のひたむきさ」だったのです。

「ありがとう。」


王様はそう言って、
白く霞んだ世界を最後にしっかりと見やりました。

そして死んでいきました。

そして、世界の真ん中に入っていったのです。

そして王様は世界になったのです。


もう、生まれ変わることも無く。

フォーはまた現れます。

小さな国や、小さな家族、そして小さな身体の
それぞれの王様の前に。

そして鍵を渡すのです。

そして、
ちんちくりんでひたむきな自分の姿を見せていくのです。

そして僕は、
僕はフォーの中に入ります。

フォーを愛しているから。

だけど、僕はもともといないから、


「いない」まま、世界の真ん中へ入っていくのです。


https://www.youtube.com/watch?v=3viY4P7q3no&feature=player_embedded#


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