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これからのこと②

思えば5年前にこの土地に出会うまで、私は世界中を旅して暮らしていて、自由にやりたいことに没頭する人生を送っていた。畑があるから、子どもが生まれたからって、根っこが生えすぎて頑なになっているところがあるかもしれない。そもそも何の縁もゆかりもない五泉という土地を選んで飛ぶように移住したのだって、軽いエネルギーだった。五泉に来てから、世間という枠に自分を修めようと、小さくなっていたところが多分にあったかもしれない。

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自分を解いてみようと一晩考えた。信頼しているオーストラリア在住の星読みの友人にメッセージを送ってみたり。どの友人も答えは「これは確実に転機だから、一度出たほうがいいよ。」そういえば私の周りはそんな風に、日本にとどまらず、世界でたくましく暮らす人ばかりだった。自分がいかに頑なになっていたか見えてきて軽いショック。けれどすんなり納得がいって、自分の中の歪みを解消すべく、すぐにオンラインサロンに申し込んでくれていた皆さんにメッセージを送り、家の再建を諦めることを告げました。ひょっとしたら全国を回って、似たようなビジョンを持って一緒に家を建てたり、暮らしたりしてくれる仲間が見つかったら一緒にできるかもしれないけれど、今、こんな心細い感覚で、苦しい感覚で、新潟に建てるのはやっぱり違う。一度離れてみよう。

虫刺されと日焼けで顔が腫れながら、心はどんどん開かれていく。

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そう思ったら自由な感覚が戻ってきて、見え方が変わってきた。自分らしさみたいなのが戻ってきた。そんな中、雅人くんがやっと動いてくれて、 SNSで男の人に向けてヘルプのメッセージを出してくれ、男手がきてくれるようになりました。

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実はショベルカーで建物の全てを倒したとき、圧倒的に大きな木材の山を見て、私は泣いてしまいました。これを3人で全て運び出すなんて無理。誰も手伝いに来てなんてくれないんだから。3人しかいないんだから。「これは達成できない。」って。今思い出しても本当にすごい大きな不可能さの塊みたいな山だった。からだが震えた。でも私のその涙を見て雅人くんがやっと動いてくれたのでした。

そこからがすごかった。来てくれる人は少ないんだけれど、来てくれる人が神。解体のプロとか、農家のプロとか、それぞれのプロさを生かして、目の前の景色をどんどん変えてくれる。3人じゃないというだけで涙が溢れてきちゃって。(3人といっても男二人と、非力な私一人だから。笑)嬉しくて嬉しくて。ありがたくて。「できるかもしれない!できるー!!」絶望した次の日に私は雄叫びをあげました。笑 私は相当にシンプルで単純。働く男はかっこいい。

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そのあとは魂が吸い寄せられるように、韓国で一回あったきりのガマくんが登場。何でだろう?って思っていたけれど、彼が旅立つときには理由がはっきりわかっていた。魂の浄化と新しい創造。それを求めるがまくんの魂が、ここを選んでやってきた。富山の「こきりこ節」という大地への祈りを捧げる歌を先祖から引き継ぐガマ君が、あの土地に魂からの歌と踊りを捧げてくれて私たちの魂を揺さぶっていった。

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そうだ、歌い踊ること。魂を揺さぶること。調和を表現、体現し続けること。

私たちはそのために生まれてきたのだった。

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多分、みんながそのことを思い出した瞬間だったと思う。大地と繋がった歌と踊りは私たちに思い出させてくれた。私たちが動物として、自然の一部として生きる生き物であること。火事からなんとなく感じていた不自然さや、世間から切り離された感覚、溢れてくる疑問。声にならない声。声に出せないことの恐ろしさ。伝えられない想い。悲しみの本当の原因を発見させてくれた。世間から無視されているような、見て見ぬ振りをされてるような感覚。圧倒的な心細さ。その感覚を生んでいる社会というシステム。洗脳が解けたみたいに、私は素直に悲しみの原因を受け入れた。

私たちは不自然なシステムを採用している社会のためではなく、私たちの魂を輝かせるために生まれてきている。「やらなければならない」「社会の役に立たなければならない」の幻想。プロパガンダによる集団幻想。私も含め、多くの人が架空現実の中に生きている。ここに気づかなければ、愛と思いやり、調和を体現することの優先順位を忘れてしまう。学校に行くこと、会社に行くこと、仕事をすること。それがまるで最も優先させるべきことのように思いこんでしまう。日本にだけいると、それが異常であることにすら気づかずに一生を終えてしまうことだってあるかもしれない。私が海外に暮らすようになって気が付き、日本に暮らすことを避けるようになった理由をはっと思い出した。

もう一度、生きることの意味を捉え直して、生き直そう。

本当にまっさらに生き直そう。

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景色がまっさらになっていくにつれ、未来の話をできるようになった。「あんなことをやりたいね」「こんなことをやりたいね!!」私たち一人一人が言葉にするのは、今まで見たことのないような新しいことばかりだった。見たこともないものを作りに生まれてきた。まだ無いものを作りに生まれてきた。作れと言われたものや、需要があるものを作ることが求められる社会の中ではなく、新しいものを作って、この世界をアップデートするために生まれてきた。世界で遊びながら、この世界を調和に溢れたものに戻していくために生まれてきた。

調和、調和、調和。

大調和。


それこそが私の表現したい、体現したい世界

ショックなほどに、心身を超えて大調和の中にいた。

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9日目、撤去が終わった。体はヘトヘトで動けないくらいだったし、すごい眠気でもう脱力状態だったけど、心は満たされていた。

まだまだ色々やることはあるし、疲れは続くし、混乱したり、悩んだりすることもあるだろう。悲しいことだってまだまだあるだろう。

だけど、今、ここにいることだけは祝福したい。共に乗り越え、笑い、魂の仲間と深いところで繋がれたことを祝福したい。

手放すこと、受け入れること、ひとつ広がれたことを祝福したい。

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