見出し画像

コーヒー牛乳とチョコレート 第十話

 僕たちは再び食堂に戻り、漫研の羽里先輩から渡された次の謎の封筒を開封することにした。お昼時も終わり、食堂に生徒の姿はまばらだけど、見覚えのある顔が一人。

「二人揃っていると思ったら、一体何事だよ?」
「ちょっと謎解きをすることになって。よかったら楠見くんも一緒にどう?」

 休憩所としてたまたま食堂に居合わせていた楠見くんは、挨拶するなり、突然テーブルで謎の封筒を開け始めた僕らに困惑気味だ。状況の説明は開封しながらしていくことにしよう。

「おいおいおい。何だそれは?」
「これでもかというぐらい、数字数字数字だね」
「うん。難易度のギアが一段階上がった気がするよ」

 新たな謎を前にして、三者三様に目を丸くする。

『1260、1395、1435、1530、1827、2187、6880、102510、104260、105210、105264、105750……etc。

 これらの数字に共通した人物の元を訪ねよ』

 問題にはそう書かれていた。

「二人は密命を帯びて暗号解読でもしてるのか?」

 あながち間違ってないよ。楠見くん。

「これには色々と事情があってね」

 楠見くんへの説明は彼と同級生の胡桃に任せて、僕は早速この数列の解読へと取り掛かった。専門家レベルの難解な数列ならお手上げだけど、これまでの問題の傾向から、銅先輩もそんな殺生は真似はしないだろう。

 問題に書かれている範囲では、最小の数が1260。最大の数が105750となっているけど、エトセトラがついているということは、紙に収まりきらないから割愛しただけで、さらにこの上。そもそも際限が無い可能性も高そうだ。

 先ずは四桁の比較的小さい数字から考えていこうか。実は1260と1395という数字に関しては記憶の片隅に、何か面白い数だったという印象が残っている。スマホで検索すれば直ぐに出てくるかもしれないけど、それはあくまでも最終手段なので、出来れば自分の力で正解に辿り着きたい。

「うーん。何かの語呂合わせとか?」
「日付や西暦にしては数字が大きすぎるしな」

 胡桃と、状況を把握した楠見くんも一緒になって考えてくれているけど、いまいちしっくりくるアイデアは出てこない。

「黎人はどう?」
「……1260と1395については、何か面白い法則がある数字だって、昔何かの本で読んだことがあるような気がする。以降の数字にもたぶん、共通の法則が当てはまるんだろうけど、肝心のその法則が思い出せない」
「面白い法則なんだ?」
「そう。特段難しいわけではなくて、凄く感心した覚えがあるんだけど……うーん」

 そこまで出かかっているのに出てこない。この手の感覚は何度味わってもムズムズする。

「あれ? この封筒って」
「どうしたの胡桃」

 僕がひたすら数列と睨めっこする中、隣の胡桃は空っぽの封筒を手に取り、封のシールを凝視していた。

「この封のシール。一通目の時と違くない?」
「言われてみれば確かに」

 学食で開封したシールは真っ赤な無地だった。だけど今回のシールは白いシールの上に黒いペンで、「×」とバツ印が書き込まれていた。封筒に使われるのは「〆」であって「×」ではないし、そもそもシールの上からペンで書くというのも妙な話だ。間違っている上に手が込んでいる。一通目との相違も含め、あの銅先輩が意味もなくこんな真似をするだろうか?

「ねえ黎人。もしかしてこれ、銅先輩からのヒントなんじゃない? パッと見はバツ印だけど、問題文には数字がたくさん並んでるし、例えば掛け算の記号とか」
「掛け算……そうだ! 掛け算だ!」

 銅先輩が忍ばせていたヒントと、胡桃のアシストが棺の扉をこじ開けてくれた。これらの数字は掛け算と組み合わせることで、その特別な性質を表す。奴を日の元に晒してやろうじゃないか。

「数字の共通点が分かったよ。これらの数字は全てヴァンパイア数だ」
「ヴァンパイア数? 聞き慣れない言葉だけど」
「ヴァンパイアって吸血鬼の?」

 胡桃と楠見くんが二人同時に首を傾げた。無理もない。ヴァンパイア数は数学の授業で習う種類のものではないし、どちらかといえば知る人ぞ知る、雑学としての側面が強い。

「ヴァンパイア数というのは、元の数字を二等分し、並べ替えて掛け算をすると、元の数字が蘇る数のことを言うんだ。口頭で説明しても分かりにくいと思うから、手元に注目」

 せっかくなので問題の裏面の白紙を活用させてもらおう。ペンは常に持ち歩いている。

「例題として最も小さい数である1260について考えてみよう。この数字を二等分し、並び替えて掛け算をするとどうなるか」

 区切って、1、2、6、0と順番に書いていく。二人は黒板のチョークの動きを目で追う生徒のように見入っていた。

「今回の場合はこの組み合わせが正解となる」

 僕は紙に1260を並べ替えて作った「21×60=1260」を書いた。二人は驚いた様子でスマホを取り出す。電卓機能を使っているのだろう。スマホと紙とを見比べて、感心した様子で何度も頷いていた。

「他も同様だ。例えば1395だと、15×93で1395として蘇るし、問題文で一番大きい数の105750も、150×705の組み合わせで105750として蘇る。ヴァンパイア数は理論上、無限に存在するらしいから、ある程度の数を並べたら、以降をエトセトラとしたんだろうね」
「こんな数字があるなんて不思議だね」
「バラバラになっても何度でも蘇る数字か。こいつは確かにヴァンパイアだ」

 拙い説明にも関わらず、二人は感心した様子で温かい拍手を僕に届けてくれた。何だか面映ゆいな。それにしてもヴァンパイア数とは、銅先輩もトリッキーな問題を用意してくれたものだ。ヴァンパイア数なんて知らない人は絶対に知らない数字だ。二つ目の謎で早速、挑戦者を振るいにかけてきた。

「しかし、数字の共通点がヴァンパイア数だとして、肝心のスタンプラリーとやらの場所はどこなんだ? 問題文の通りだと、ヴァンパイアの元を訪ねないといけないんだろう?」
「大丈夫。目的地の見当ならすでについているよ」
「私も分かった。たぶん、あそこだよね」

 楠見くんはまだ疑問みたいだけど、謎解きでずっとフロアマップを確認していた僕と胡桃はすでに検討をつけていた。今年二年生が開催しているあれは確か、和風ではなく西洋風のものだったはずだ。

 二年A組の教室を丸ごと使用した洋風お化け屋敷「ホラーハウス」。机や椅子を排した教室は思いのほか広く、カーテンを閉め切った薄暗い教室内を衝立で仕切り、迷路を形成することで、非日常的な空間を演出している。

 細部の作り込みもかなりのもので、作り物の蜘蛛の巣は質感がやけにリアルだし、西洋風の人形はもう単純に存在感が怖い。また、限られた空間に演者を何人も配置出来ない事情や、狼男など演者で再現が難しい怪物を登場させるために、各所にゴーストや狼男をイラストで表現して配置している。作者の絵のタッチがなせる技か、これがなかなかに不気味だ。安全性に配慮して当然電池式だけど、薄暗い蝋燭の明かりも良い味出している。

 とはいえ、あくまでもこれは文化祭の催し物に過ぎない。確かに昔の僕は怖がりだったけど、流石に高校生になってまで――。

「うわああああああああああ!」

 突然、首筋に風が吹いてきて、思わず飛び退いた。駆動音と人の気配がしたので、スタッフが手持ちの扇風機で風を送っているのだと直ぐに気付いたけど、いきなりは誰だってビックリするに決まって……。

「わー。気持ちいい風」

 隣の胡桃は文字通り涼しい顔で、恐怖演出を冷房器具ぐらいに受け止めている。確かに今日は十月にしては暑い日だけども、不意打ちを気持ちいい風の一言で済ませる胡桃は肝が据わりすぎだ。

「うおっ! びっくりした」
「わー。しゃれこうべ」

 突然頭上から頭蓋骨が降って来る演出で、再び頭の中が真っ白になる。胡桃に至ってはしゃれこうべ等と、通好みな表現を使う余裕っぷりだ。

「黎人。あんまりうるさいとホラーハウスに迷惑だよ?」
「いやいや、むしろホラーハウスのお客さんとしては僕の反応の方が百点じゃない? 胡桃は完全に博物館感覚だし」

 迷惑なのは百も承知だけど、脊髄反射なのでこればかりは仕方がない。胡桃は胡桃で、演出を冷静に分析する、ある意味で面倒なお客さんになっているし、仕掛けてくる側としては反応の良いお客さんと淡泊なお客さん、どちらが良いのだろうか?

「ふははははははははは! 貴様らの血を寄越せ!」
「ぎゃああああああ!」

 突然出現した何かの仮装をした演者に再び絶叫。咄嗟に胡桃の影に隠れてしまう。

「情けない声出さないの。愛しのヴァンパイアさんだよ」

 あっ、そうか。彼がヴァンパイアか。色白なメイクとか、長い二本の牙とか、襟を立てたマントとか、確かにそれっぽい。

「……アッ……エッ……ト」

 あれ? 度重なる絶叫で喉が枯れてる? 上手く質問出来ない。

「もう。叫び過ぎて黎人がゾンビみたいになってるじゃん。すみません。ヴァンパイア数の謎を解いて来たんですが、血の代わりにスタンプを押してもらえますか?」

 やだ、かっこいい! 胡桃が堂々とヴァンパイアに質問してくれた。

「まさか本当にやってくるとは。俺のところまでやってきたのは君達が初めてだ。ドーナツから頼まれてはいたけど、誰も来なくて。俺の出番はないかなと思ってたよ」

 ヴァンパイアが演技を止めて素の学生に戻っている。演技中はドスをきかせてたけど、地声は意外と高めなんですね。

「はい。先に新しい問題を渡しとくね。えっとスタンプスタンプと」

 胡桃に問題用紙を手渡すと、ヴァンパイア先輩は目隠しの黒い布を捲って、後ろの待機場所で鞄からスタンプを探し出した。前述の通り、自分の出番はなさそうだと思って完全に油断していたのだろう。しかし、スタンプを求めた僕らにも責任のはあるのだけど、ヴァンパイアが薄らと光が差し込む中で、背中を向けて鞄をゴソゴソしている姿は何ともシュールだ。

「あったあった。君らにスタンプを進呈しよう」

 暗がりだから押し慣れていないからか、あるいはその両方か。スタンプはしっかり二枠目には収まったけど、力加減の問題で滲んでしまっている。

「念のため聞きますけど、これって血じゃないですよね?」
「どうだろうね? ご想像にお任せするよ」

 もちろん僕だって冗談で聞いているけど、ヴァンパイア役として先輩の回答は完璧と言えるだろう。二年A組のホラーハウスが盛況なのも頷けるというものだ。


 第十一話 

 第一話


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?