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コーヒー牛乳とチョコレート 第十三話(完)

 謎を解読した僕は、胡桃を探して校内を巡っていた。居場所を探すならやっぱり、先ずは胡桃の友人をあたるべきだろう。

「楠見くん。まだいてくれてよかった」

 お昼まで焼き鳥を焼いていた楠見くんは、午後になってもまだ中庭に留まり作業を続けていた。担当時間が終わっても自主的に残っているようだ。最終日である今日は撤収作業もあるし、人手が多いに越したことはないと考えたのかもしれない。働き者の彼には頭が下がる。

「何度もごめん。あれから胡桃を見てない?」
「いや、俺は見てないけど。風花は?」

 椅子に座り、バーベキューコンロで焼き鳥を炭火焼していた楠見くんは、隣で焼き鳥を焼いていた女子生徒に伺う。僕は知らない人だけど、楠見くんと一緒にいるし胡桃の友人なのだろう。

「猪口くんだよね? 胡桃から何度も名前は聞いてる。はっきり言うけどさ。昨日のあれ、どういうつもり?」
「お、おい風花。猪口とは初対面だろ? いきなりそんな喧嘩腰は」
「玲央は黙って」
「は、はい」

 楠見くんが風花と呼ぶ女子生徒から、いきなり強く睨み付けられてしまった。間に入ろうとしてくれた楠見くんもたじたじだ。昨日のことを知っていて、僕に対して攻撃的。そうか、昨日胡桃が泊めてもらった汀良さんという友達は彼女か。

「胡桃。君と一緒に陽炎祭を回れるって楽しみにしてたんだよ? それなのにこんな時まで謎、謎、謎で。もっと胡桃のこと大事にしてあげなよ」
「……そのことについては反省してる。だからこそ、もう一度胡桃と会って話をしないといけない」
「一発ひっぱたかれる覚悟は出来てる?」
「グーパンチだって受け入れるさ」

 僕だってここで一歩も引く気はない。決して悪気はなかったけど、僕が胡桃に悲しい思いをさせてしまったのは事実。バイオレンスは苦手だけど、それで胡桃の気が済むのなら僕はその罰を受け入れよう。

 決して目を逸らしてはいけない。数秒間。僕と風花さんは間合いを図る剣士のように睨み合った。生唾を飲み込む音が聞こえたけど、これは両者の間に挟まれる楠見くんの緊張だろうか。

「最初からそれぐらいドッシリ構えてたらかっこいいのに」

 均衡は、風花さんの相好と共に崩れた。

「ごめん。胡桃はきっとそんなことしないけど、友人としてムカついていたから、ちょっとだけ脅しちゃった」

 そう言って、風花さんは苦笑交じりに肩を竦める。鈍感な僕にだって分かる。風花さんが望んでいるのは胡桃の笑顔。僕たちの仲直りには彼女も賛成してくれているのだ。

「だけど、これはあくまでも執行猶予だよ。今度くだらない理由で胡桃を悲しませたら許さないから」
「肝に命じておく。いや、本来は胡桃に対して誓うべきだね」
「分かってるじゃない」

 胡桃は良い友達を持ったな。きっと胡桃にとって風花さんは、僕にとっての風雅みたいな存在なんだ。胡桃の周りに風花さんや楠見くんがいてくれて、幼馴染として心強く思う。

「胡桃の居場所を教えてもらってもいいかな?」
「うーん。この流れで大変申し訳ないんだけど、私も胡桃が今どこにいるかは知らないんだよね」

 あれ? そこは「○○にいるから、早く行ってあげなよ」ってなるとこじゃないの?

「話せてよかったよ。もう一度手あたり次第に探してみる」
「待って待って。まだ話は終わってないよ」

 中庭を立ち去ろうとした僕のシャツの裾を、風花さんが引いた。

「今どこにいるかは知らないけど、少し前に胡桃を見かけたよ。玄関前の廊下で定時の生井さんと話してたから、生井さんなら何か知っているかも。生井さんなら君も知っているでしょう? 生井さんも午後担当だから、今はクラス展示かな」

 生井好さんとは五月の謎解きの時に面識がある。知っている相手だったのは幸いだ。

「分かった。生井さんを訪ねてみるよ」
「この一件が落ち着いたら、今度みんなで遊ぼうよ」
「うん。その時は必ず。ありがとう、風花さん、楠見くん」

 風花さんと楠見くんにお礼を言って、僕は中庭を後にした。定時制の二年は確か、一年B組の教室で縁日を開いているはずだ。

「あら、猪口くん。久しぶりね」
「ご無沙汰しています。生井さん」

 定時制二年の模擬店開場である一年B組の教室は、小さな縁日開場となっており、安全性に配慮した、銃ではなくゴムボールを使った射的や、型抜き。金魚を模した玩具の輪っかに、同じく玩具の釣り竿を引っかける、金魚掬いならぬ金魚釣り。さらにはスーパーボールが敷き詰められた小さなビニールプールまである。本来は水もためたかったのかもしれないけど、屋内の教室ではNGが出て、雰囲気だけでも出そうとしているのかもしれない。コンセプトとしては僕ら全日制一年C組の遊技場と似ていて、こちらはさながら縁日という形の、和風の遊技場といったところだろうか。

「縁日を楽しみに来た。という感じではなさそうね?」
「胡桃を探していて。少し前に生井さんが胡桃と話していたと伺ったもので、何か知らないかなと」
「比古さんなら私と話した後、外に出て行ったわよ」
「外に? もしかして帰っちゃったんですか?」
「いえ。気分転換にちょっとそこまでって。少ししたら戻るとも言っていた」

 家に帰ったわけではないし、気分転換に学校から徒歩圏内で迎える場所といえば……あそこしかない!

「ありがとうございました。ちょっと胡桃を探してきます!」
「何があったか知らないけど、頑張ってね」

 優しく手を振る生井さんに見送られて、僕は校舎から駆け出した。

 ※※※

「見つけたよ。胡桃」

 下校後と登校前。僕たち二人の時間が交差する場所。それは校舎内ではなく、いつだって学校近くの公園だった。今日も彼女は特等席のベンチに腰掛け、驚いた様子で僕の方を見つめている。

「どうしてここが?」
「楠見くんや……風花さんから話を聞いて、最後は生井さん……胡桃が行きそうかつ、学校からそんなに離れていない場所は、こ、ここぐらいだ」
「ごめんね。謎解きスタンプラリーなのに校舎の外で」
「いいんじゃない? ここは一番僕たちらしい場所だ……から」

 僕がそう言うと、胡桃は自分の隣をポンポンと二回叩いた。

「とりあえず座ったら? 息が切れてるよ」
「それじゃあ、遠慮なく」

 胡桃がまたどこかへ行ってしまうんじゃないか? そう考えたら、徒歩数分の距離を一気に駆け抜けていた。柄にもなく全力疾走したせいで息が上がっている。お言葉に甘えて僕もベンチで休憩させてもらうことにした。

「昨日はごめん!」
「昨日はごめんなさい!」

 隣り合った瞬間、どちらからといわず、まったく同時に謝罪の言葉が飛び出した。瞬き多めにお互いの顔を見合わせた後、少し遅れて笑顔が零れた。

「普通、ここまでシンクロする?」
「まったくだ。考えていることは同じだね」

 たった一日口を利かなかっただけで、まるで疎遠になっていたように錯覚したけど、直接顔を合わせたらスラスラと言葉が出てきた。そうだった。年齢を重ねるにつれてあからさまに喧嘩する機会は減ったけど、小さい頃の仲直りも、いつもこんな感じだったけ。

「ごめん胡桃。僕から陽炎祭に誘ったのに、目の前の謎に熱中するあまり、君と一緒に陽炎祭を楽しむって本来の目的を疎かにしてしまった。本当にごめんね。これからは気を付けるから」

 流れでなあなあにしてはいけない。謝るべきことはところはちゃんと謝らないと。僕は誠心誠意胡桃に謝罪した。

「頭を上げて黎人。謝らないといけないのは私の方だよ」
「胡桃は何も悪くない」
「ううん。私、黎人に酷いこと言っちゃった。黎人が謎解きに懸ける情熱を知っているのに、軽はずみに先に謎を見たらなんて。頭が冷えたらそのことが申し訳なくて。本当はそんなに怒ってなかったんだけど。そのことが申し訳なくて、合わせる顔がなくて」

 胡桃は胡桃で責任を感じていたなんて……悪いのは全部僕なのに。胡桃は優しいね。

「僕は全然怒ってない。こうしてまた胡桃と話せて嬉しい」
「私も、またこうして黎人と話せて良かった。なんで意地なんて張っちゃったんだろう」
「仲直りしてくれるよね?」
「それじゃあ、仲直りの印にスタンプカードを出して」
「そうだった。これも謎解きスタンプラリーだったね」

 僕はワイシャツの胸ポケットに入れていたスタンプカードを胡桃に手渡す。すると胡桃は持参していた小物入れからスタンプを取り出し、カードに押してくれた。

「私を見つけてくれてありがとう。黎人」

 お互いにここまで本音を曝け出せたのは初めてだったかもしれない。この喧嘩が、僕たちの距離を縮めてくれたような気さえした。この喧嘩は僕たちにとって、一種の筋肉痛だったのかもしれない。痛みを乗り越えた先に、絆を再確認することが出来た。

「まだ陽炎祭は終わりじゃない。今からでも展示を見て回ろう。今日の分の時間を取り戻さないと」
「うん!」

 ベンチから立ち上がった僕が差し伸べた手を、胡桃は笑顔で取ってくれた。胡桃の手を引いて、僕らは陽炎橋高校の校舎へと舞い戻った。

 ※※※

 多くを回れたわけではないけど、陽炎祭が閉幕するまでの一時間を、胡桃と一緒に思う存分楽しむことが出来たと思う。どこを回るか、何カ所回れるかももちろん大事だけど、何よりも大切なのは、誰と一緒に楽しむかなのだと強く感じた。そういう意味では、とても濃い時間が過ごせたのではないだろうか。

 印象深かった陽炎祭も、間もなく終わりを迎えようとしている。

 全ての撤収作業が終わった後、全日制、定時制を問わず、最後まで作業に参加していた生徒たちが中庭へと集まり、細やかな解散式が執り行われることとなった。陽炎祭には後夜祭が存在しないが、その代わり、最後まで残った生徒で集合し、先生方が用意してくださったキンキンに冷えた飲み物で乾杯するのが、定番の流れだそうだ。

「皆さんのおかげで、今年度の陽炎祭も無事に閉幕を迎えることが出来ました。本日はお疲れ様でした! 乾杯!」

 陽炎祭の実行委員長を務めた、全日制の生徒会長である門分かどわきあおい先輩と、定時制の生徒会長を務める久見ひさみ成樹せいき先輩が生徒の輪の中心に立ち、門分会長の音頭で乾杯。最後まで撤収活動に参加していた僕と胡桃も、お互いの持つペットボトルで乾杯した。僕はお茶、胡桃は炭酸飲料で喉を潤す。

「お疲れ、胡桃、猪口くん。無事仲直り出来たようで何より」
「長丁場だったけど、その分最高の一杯だな」

 同じく最後まで残っていた風花さんと楠見くんとも乾杯する。二人も本来は午前中で仕事が終わりだったのだけど、どうせならお祭りを最後まで楽しみたいと、撤収作業まで残っていた。

「やあやあ、楽しくやってるか黎人」
「初めての陽炎祭だったけど、楽しかったね」

 所属する部活の関係者との懇談を終えた、風雅と東さんが僕の元へと合流した。校舎に戻った後、胡桃と最初に見に行ったのは、東さんも所属する演劇部の、陽炎祭での最終公演だった。僕たちの陽炎祭の思い出として、東さんの芝居もしっかりと記憶に刻まれている。

 そして、あまり姿を見せない中でも、きっと僕のためにお節介を焼いてくれたのであろう功労者。

「胡桃と銅先輩を繋いでくれたの、風雅だろ?」
「さて? 俺は今日も忙しなく動き回っていたから何のことやら」

 なるほど。あくまでもそのスタンスか。それでも僕は。

「人違いだとしても、僕は君に感謝するよ。ありがとう、親友」
「……は、恥ずかしいからそういうのやめろ。とりあえず、陽炎祭に乾杯」
「ああ、乾杯」

 照れくさそうな風雅の表情は新鮮だ。それを肴に飲み物も進む。

 中庭の様子を見回してみると、数名の生徒と談笑する銅先輩と目が合ったので、会釈を交わした。後で先輩にもお礼を言わないとな。
 よく見ると先輩と談笑する面子は、瀬尾先輩、羽里先輩、それとヴァンパイア先輩(そういえば一人だけ名前を聞いていなかった)。スタンプの番人をしていた三人のようだ。

「色々あったけど、楽しい文化祭だったね。黎人」
「うん。こうして最後は胡桃と一緒に過ごせたしね」

 大好きな胡桃と一緒に、無事に最後まで陽炎祭を楽しむことが出来た。途中、危機には見舞われたけど、最後はこうして二人で笑顔で締めくくることが出来た。終わり良ければ総て良し、の一言でまとめるつもりはないけど、最後に笑顔になれた。これはとても大切なことだと思う。

「黎人。これからも一緒に謎解きしようね」
「いいの? だって僕は今回」
「それとこれとは話が別。黎人と一緒に謎解きするのは私も楽しいもの」

 何て眩しい笑顔と優しい言葉なのだろう。普段の運動不足が災いして、この二日間でかなり披露していたけど、そんな疲れも一瞬で吹っ飛んだ。

「胡桃。もう一回乾杯しよう」
「何に?」
「謎解きコンビの再結成に」
「いいね」
「乾杯!」
「乾杯!」

 僕らは再び、お互いのペットボトルを触れあわせた。


 コーヒー牛乳とチョコレート 了


 第一話


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