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レインメーカー 第一話

あらすじ
大学生の薄墨改は連日、無人島の高級コテージで過ごす夢を見ていた。夢の中で自由に動ける明晰夢と呼ばれる状態だ。ある日、平和だったコテージで宿泊客の一人が惨殺される事件が起こる。同日、現実でも同一人物の訃報がニュースで流れた。
夢と現実の死がリンクしている。危機感を抱いた宿泊客たちは協力し合い、自分たちが置かれている状況について調査を進めていく。
現実での顔合わせの日。それぞれが調査した情報を持ち寄る中で、夢の舞台と殺人事件の内容が、二十年前に亡くなった小説家の遺作にそっくりであることが判明する。島で暗躍する赤いレインコートを着た殺人鬼、その名はレインメーカー。

本編

 満点の星に彩られた穏やかな夜。宿泊客たちはコテージの外に出て、焚火を囲んで談笑していた。中にはハンモックに横たわり、贅沢に星空のスクリーンを満喫している者もいる。

 百色島ひゃくしきじまという名の小さな無人島一つを丸ごと宿泊施設とした七軒のコテージは、完全会員制の最高グレードで、管理者不在でも最先端のIOT家電がコテージでの生活を全面的にサポートしてくれる。用意された高級食材の数々はもちろん使い放題で、島内には様々なアクティビティが存在し娯楽も豊富だ。無人島でありながら何不自由ない、最高の休暇を約束してくれる。端的に表現するとここは、無人島という特別感を楽しむためだけの、とても贅沢な空間なのだ。

「普段は高層階で生活しているのに、ここで見上げる星の方がずっと近く、美しく感じられるよ。ずっとインドア派だったけど、こういうのも悪くないね」

 高級ワインを片手に、朱雀すざく錬治れんじが上機嫌に天を仰ぐ。年の頃は三十代前半といったところ。あっさりとした顔しているが、表情は活き活きとしていて声もよく通る。キザな台詞が胸焼けしない、独特な愛嬌があった。

「皆さん普段は、アウトドアを嗜まれますか?」

 陽気で話し好きな朱雀が話題を提供し、その場を回し始めた。

「家族や主人にもそういった趣味は無かったので、今回が初めての経験ですわ。最初は無人島で生活なんて不便そうだと思っていましたが、ここのコテージは何でも揃っていて便利ですわね。こういう体験なら何度でも大歓迎です」

 ブランケットを膝に乗せた若くて上品なご婦人、しば菖蒲あやめもすっかりここでの生活が気に入った様子だった。普段一緒に生活している夫の元を離れ、一人でコテージに宿泊し、他の宿泊者達と交流を深める。お嬢様育ちの菖蒲にとっては、全てが特別な経験だった。

「アウトドアに興味はあるのですが、事情があってお肌に傷をつけるわけにはいかなくて。これまでは憧れだけで終わっていました。今回は制約から解放されて、思う存分羽を伸ばせています」

 色白な肌の絶世の美女、未咲みさき雪緒ゆきおが髪を耳にかけながら、無邪気な少女のように声を弾ませる。焚火に照らされた美貌と愛嬌のある笑顔の組み合わせは強烈で、居合わせた男性陣はもちろん、女性陣も思わず見とれてしまう程、彼女の姿は画になっていた。

「大学生の頃は仲間とグランピングに行ったこともあったけど、社会人になってからはご無沙汰ね。不規則な生活かつ、まとまった休みが取れなくて」

 ショートヘアと切れ長な目が印象的な藍沢あいざわ茉莉まつりが、苦笑交じりに肩を竦めた。また皆で遊びに行こうねと、笑顔で約束したのはいつのことだったか。一緒に出かけるどころか、今となっては関係そのものが疎遠だ。当時の友人同士では今でもコミュニティが続いているが、生活が不規則になりがちな茉莉は集まりに参加する機会が減り、自然とフェードアウトしてしまった。当時の仲間達の間では約束はまだ生きているのかもしれないが、恐らくそこには茉莉の姿はもうないだろう。

「僕は完全にインドア派だよ。アウトドアに興味はあったけど、出かけるのが億劫でいつもVRで済ませてしまう。思わぬ形でこういった体験が出来て満足しているよ」

 端正な顔立ちのフランス人の青年、フェルナン・ルージュがマシュマロを櫛に通して火で炙り始めた。ここでの体験はとてもリアルで、こういう活動も悪くないなと、新たな気づきをたくさん与えてくれる。

「自分はアウトドア以前に完全に無趣味で。というか、何かを楽しんでいる余裕がなくて。身も蓋もない話しっすけど、柔らかいベッドで眠って、高給食材を食べて。今の状況そのものが最高っすね」

 まだ若いが隈が濃くて、どこかやつれた印象の青年、桃園ももぞの路輝みちてるは早口で言うと、普段は触れる機会のない高級なワインを、ハイペースでグビグビと流し込んでいった。

薄墨うすずみくんはどうだい。普段はアウトドアはする?」

 朱雀は最後に、ハンモックに横たわって星を眺めていた青年、薄墨うすずみあらたにたずねた。

「バリバリのアウトドア派ですよ。バイクが趣味なので、キャンプ用具一式を装備して遠征したり。少し前に事故ってしまって、最近は乗れていませんが」

 幸い大事に至ることは無かったが、まだ本調子でないのでバイクはしばらくお預けだ。上体を起こした改は、無意識に頭を擦った。

「バイク事故なんて昨今じゃ珍しいよね。何があったんだい?」
「ちょっと、朱雀さん」

 負傷に関するデリケートな話題にも関わらず、朱雀は遠慮する様子を見せない。流石に踏み込む過ぎではないかと茉莉が制したが、当事者である改が「大丈夫ですよ」と頷いたので、話題はそのまま継続された。

「それこそキャンプの帰りだったんですけど、峠道を走っている最中に野生の鹿が飛び出してきて。咄嗟に避けて接触は免れましたが、バランスを崩して転倒してしまって。幸い軽傷で済みましたが、バイクの方は駄目でした」
「もしかして、レトロバイクかい?」
「はい。亡くなった祖父から譲り受けたバイクを、エンジンや排気周りを、現在の環境基準の物に取り換えて使ってました」

 近年発売されたモデルには事故防止のための緊急アシストプログラムが標準装備されており、バイク事故は年々減少傾向にある。旧型車にプログラムを取り付けることも可能だが、専用パーツによるボディの総取り換えが要求されるため、高額かつ、旧型車のロマンの部分が大きく損なわれてしまう。旧型バイクにも緊急アシストプログラムの導入が推奨されているが、現状ではまだ努力義務なので法的拘束力はない。それでも、数年以内には法整備が成される見込みで、バイクを取り巻く環境は一つの転換期を迎えようとしている。

「レトロとは興味深い。もしよかったらこれまでバイクで行った場所の話とか、色々と聞かせてくれないか?」
「俺は構いませんが、皆さん退屈じゃありませんか?」

 レトロバイクでツーリングするのは改にとっては日常の一部だし、毎回何か特別なドラマが起きるわけでもない。期待に沿える自信はあまりなかった。

「夜は長い。そうかしこまらずに聞かせてくれよ。皆さんもいいですよね?」
 反対意見は出なかった。レトロバイク乗りの若者というのは珍しく、普段覗く機会のない世界に誰もが興味津々といった様子だ。

「分かりました。では、自分でもよく話しのネタにしている、去年の夏の北海道のツーリング旅行の話でも」

 改の語りを肴に、コテージでの夜は更けていった。

 ※※※
 
「夢か……」

 目覚まし時計のアラーム音で、薄墨改は目を覚ました。ベッドで上体を起こし、大きく伸びをして体の覚醒を促す。

 辺りを見渡すと、そこは百色島の高級コテージではなく、住み慣れたワンルームの室内だった。疲れていてソファーの上に脱ぎっぱなしにしていたシャツやジーンズ。同じ理由で洗い忘れたシンクの食器が、一気に生活感を加速させる。カーテンを開けた窓から眩い朝日と共に飛び込んできたのは、自然あふれる無人島ではなく、未来志向なコンクリートジャングル。視覚情報がこれでもかと現実感を押し付けてくる。

 明晰夢めいせきむという言葉がある。
 夢の中でそれを夢だと自覚し、自由に動き回れる状態のことだ。
 改も百色島のコテージで過ごす時間を明晰夢だと理解していた。無人島を丸ごと宿泊施設にしたあのような高級コテージは、一般的なサラリーマン家庭に育ち、自身も一般的な工学部の大学生に過ぎない改の身には余る。

 それでも、夢の中での生活は現実と錯覚しそうになる程のリアリティを誇り、高級食材に舌鼓を打つ感覚や焚火の温もり、他の宿泊者達とのやり取りに至るまで、実体験のように鮮明に覚えている。夢というのは起床から時間が経つにつれ、内容の記憶が曖昧になるというが、そんな兆候は見られない。何故なら。

「これで二日連続か」

 高級コテージで過ごすリアルな夢を見るのは今回が初めてではない。前日の内容も鮮明に覚えているし、夢にありがちな突拍子もない展開もなく、内容もごく自然に繋がっていた。

 初日に自己紹介をしたので、コテージの宿泊客の名前も全員覚えている。会話の中心だった朱雀錬治。おしとやかな印象の婦人、紫菖蒲。美貌と愛嬌を併せ持った未咲雪緒。どこかやつれた印象の青年、桃園路輝。ショートヘアーの女性、藍沢茉莉。フランス人のフェルナン・ルージュ。そして今回の夢には不在だったが、初日に顔を合わせた灰塚はいづか意志郎いしろうという男性。改を加えて計七名の宿泊客。

 夢の中の登場人物とは思えない程、それぞれの個性を鮮明に記憶している。

 もちろんどれだけリアルであろうとも所詮、夢は夢だ。無人島の高級コテージは何かテレビ番組か、ネットの動画で見た内容が印象に残っていたのかもしれない。アウトドアを好む改なら十分に考えられることだ。

 夢の中の登場人物についてもきっと、町中などでたまたま印象に残った他人の姿に、フィクションなどに登場する名前が混ざって、カオスな状態になっているのだろう。実際、未咲雪緒は現実の知り合いではないものの、その顔には明確に見覚えがあった。

「テレビを点けて」

 音声認識でテレビを点けると、改は朝の情報番組を見ながら歯磨きを開始した。丁度コマーシャルが流れるタイミングで、日本を代表する大企業「透上とうがみコーポレーション」の映像が放送されていた。

「先端技術で、住みよい社会を目指します」

 ロボット工学、先端医療、IT関連など、グループが手掛ける様々な事業のダイジェスト映像をバックに、イメージモデルを務める俳優が会社のキャッチコピーを口にしている。

「やっぱり、似てるな」

 画面に映る雪城ゆきしろつかさは、夢の中に登場した未咲雪緒と瓜二つの容姿であった。俳優、雪城つかさ、二十四歳。類稀なる美貌と、見るものを引き付ける圧巻の演技力で、若手演技派と評されるミューズだ。透上コーポレーションを筆頭に、多くの企業や商品のコマーシャルにも起用されており、テレビでその姿を見ない日はない。まさに現代の日本を代表する俳優の一人だ。だからこそ改の記憶にも強く印象に残っており、夢の中にそっくりさんが登場するに至ったのだろう。

「三度目はないよな?」

 改は思わず自問する。二度あることは三度あると言うが、流石に三回連続で同じ夢を、続きから見るなんてことは有り得ないだろう。三度も続けば、どんなに居心地の良い夢だろうと流石に気味が悪い。

「本日のトピックです」

 CMが明け、情報番組は世間の関心が高い出来事を、ランキング形式で発表するコーナーへと差し掛かった。

 2047年4月22日の話題。第一位は若手イケメン俳優の鶸飛ひわとびケントと、動画配信サイトで絶大な人気を誇るストリーマーの瑠璃玉薊るりたまあざみが電撃結婚を発表したニュース。第二位は軌道エレベーターの本格稼働に先駆け、抽選で選ばれた一般市民による搭乗体験が行われたというニュース。第三位は、これまでは疾患の治療や健康診断にのみ有効だったナノマシンの保険適用を、健康社会促進のため、将来的には疾病の予防目的での使用にまで範囲を拡大すべきとの議論が国会で始まったというニュース。第四位には同率で、アメリカで発生したアンドロイドの不具合による死亡事故と、大人気VRMMORPGの最新作である、ナハトムジークLEVEL3発売のニュースが並んでいる。

 軌道エレベーターやナノマシン、アンドロイドといった話題は工学部の学生としては関心事だし、ナハトムジークLEVEL3はシリーズのファンで、今作も当然プレイ予定だ。図らずも、興味深い話題ばかりの朝の時間帯となった。

 ※※※
 
 どこかの高校の、ホームルーム前のどこかの教室。オカルト好きの女子高生が友人にある噂話を吹き込んでいた。

「ねえねえ、夢に現れる不気味な男の噂って知ってる?」
「初耳だけど、何それ?」
「ここ半年ぐらいの間、夢の中で不気味な男を目撃する人が続出してるの。あまりにもインパクトがあったから、体験者の一人がその男の特徴を書いてネットに上げたら、自分も夢で同じ人を見たってコメントが次々と寄せられるようになったんだって」
「それってどんな男なの?」
「大元の絵はいつの間にかネット上から消えちゃったらしいけど、特徴を第三者が再現した絵がこんな感じみたい。服装はいつも同じだよ」
「……確かにこんなのが夢に出てきたら気味悪いかもね」

 差し出された画像を見て友人が顔を顰めた。夢に登場する人物を再現した絵は、鮮烈な印象の真っ赤なレインコートを纏い、目深に被ったフードから、薄気味悪い口元の笑みだけが浮かんでいた。確かにこのインパクトは一度見たら忘れられないだろう。

「だけどさ、大勢の夢の中に同一人物が登場するなんてこと有り得るのかな? 載せられた絵のインパクトに引っ張られて、自分も見た気になっただけかもしれないし。そもそも話題自体がやらせって可能性もあるんじゃない?」

「自分から話しておいてなんだけど、私も正直やらせは疑ってる。この噂を知った流れで調べたんだけど、かなり昔、四十年ぐらい前かな。世界中で大勢の人が、夢の中でまったく同じ男を目撃したっていう話が、インターネットを中心に騒がれるようになったの。『THIS MAN』っていうらしくして、それを題材にした作品なんかも作られたみたい」

「その騒ぎは結局どうなったの?」

「現実的な考察からオカルト、陰謀論まで様々な説が飛び出したけど、結局のところこの話題は創作で、何かのマーケティング活動だった、ということみたい。真偽のほどは置いておくとして、過去にこういった前例が存在しているから、それをベースに誰かが現代でも似たような話を流布しようとしたんじゃないかって、ネット上ではそんな意見が大勢を占めてるみたいね」

「そうなんだ。創作の可能性が高いのなら一安心だけど。インパクト抜群だから、あたしも何だか夢に見ちゃいそう」

「本当そうだよね。だけど今でも時々、夢の中での目撃証言が度々上がるらしくて、そこだけは何だか不気味だよね」

 まだまだ話し足りないといった様子だったが、始業のチャイムが鳴ったので、二人はそれぞれの席へと戻っていった。

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