見出し画像

昨日天使に遭遇した話(日々の切取りエッセイ)

仕事がたてこんだときは、

一時間早く出社して、誰もいないフロアでガシガシ進めるのが好きだ。
反対に、夜は効率が落ちるので、朝がんばるタイプ。

しかし、
早出するのはいいけれど、ネックとなるのが通勤電車。

通勤通学のラッシュ時で、車内はかなり込み合う。


昨日もこの満員電車に乗ったのだけれども、
どうも四月から人が増えている気がする。

わが街は子育て世代に手厚くて、人口は右肩上がりで増えているというから、ホームで電車を待つ人たちが「ええ?」と見返すほど、増えていてもおかしくはない。

うんもう、
えらい増えたなぁ。

頭の中は文句をぶつぶつ言っている。

ぎゅうぎゅう詰めの中、
五分ほど我慢をするとJRと直結している大きなA駅に着き、
そこでだいぶ人が降りるので、ほっと一息つける。

おまけに昨日はラッキーなことに、
立っているわたしの前に座っていた人が降りたので、
座ることができた。

わたしの右隣は、細い女性が一人座れるくらいのスペースが空いている。

その条件付きのスポットに、
通路に立っていた少年がいち早く気づき、
なんのためらいもなく、勢いよく座った。

わたしは、
「まあ」と呆れて少年を見る。
疲れた中年以降の人たちを座らせてあげなさいよ、というふうに。


身長は何cmくらいなんだろう?
小学生か中学生か判断がつかないほど小さくて細い。

その小さな体にそぐわない大きな黒いリュック、
制服を見ても、どこの学校か知らんが、
賢い進学校だと見当はつく。

少年は座席につくなり、リュックから算数の参考書とノートを出して、問題を解き始めた。

大きなリュックや、
朝早くから、座るやいなや勉強をはじめる姿など、
少々彼が気の毒になってきて、
うんうん、若くても疲れるね、こりゃ大変だ。
若いから立っときなさいよ、と思ってごめんね、と心の中で謝りながら、少年の頭上から、勉強している様を優しく見守った。

それからしばらくたって、
わたしは少年に興味をなくし、ぼんやりしていたのだが、
彼は勉強道具をリュックにしまったかと思うと、素早く立ち上がった。

そして、
わたしの正面に立つ男性に、恐る恐る声をかけた。

わたしは何がはじまったのだろうと少し驚き、少年を興味深く眺めた。

「あ、の、すわってください・・・」

勇気をふりしぼり、
大きなおじさんを見上げて声をかけるけれど、
かすれて思ったように声は出ないようだ。

勇気がもう一握り足りない。

少年は青白いきれいな肌で、繊細な顔立ちをしていた。

声が届かないことに、ためらい、
諦めるか悩み、また意を決して今度はさっきよりも大きな声で、

「座ってください」

と、言った。

さすがにおじさんに声は届いたけれども、
僕よ、
おじさんは白髪だけれど、おじいさんではなかった。

五十代後半くらいの、体を鍛えてそうな、体力には自信がありそうな、健康的なおじさん・・・。

体格の良いおじさんは、少年からの申し出を断った。

席を譲られるほどの、おじいさんと間違われたことが悔しくて、
断じて座るものかと意地になっていたかどうかはわからないけれど、頑として座らなかった。

少年は残念そうに、
でも誰かに座ってもらいたくて、
上を見上げてきょろきょろ見渡し、

おじさん以上の年寄りはいないから、隣の三十代のスマホを見続ける女性に、「どうぞ」と言った。

三十代の女性も、特に座りたそうではなかったが、
好意を無下にするわけにもいかず、小さくありがと、と言って座った。

少年はやっと、満足そうにほっとした表情をした。


わたしは一部始終を見ていて、
涙が流れてきそうになって、
止まれー!涙ー!と強く念じていた。
さっき、速攻で座るもんじゃないわよ、と思ってごめんね、と謝りながら。

算数の問題だけ、解きたかったのよね、きっと。

本当にごめんなさい。


前回の「勝ったとか負けたとか」の最後につけたかったけど忘れていた、ムーミン谷のリトルミィ先生の言葉抜粋します。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
みてるわよ、あなたがしてること。
あのね、神様じゃないわよ。

もうひとりのあなたがよ。
もうひとりのあなたがあなたを見てるのよ。

見放されないようにね。嫌われないようにね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

少年は、まだ、
「もうひとりの僕」
そのものなのかもしれないなと、
同じ駅で降りた、彼の小さな後姿を見送りながら思った。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?