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(ショートストーリー)キクちゃんの帰り道

駅から会社までの途中、大きな公園があり、その公園にはずいぶん前から地域猫が何匹か暮らしていた。

朝はめったに見かけることがないけれど、
帰りはボランティアの人たちがごはんをあげている光景をよく見る。

キクちゃんは、
お母さんが極度の動物嫌いだったので、
犬や猫や小鳥も飼ったことがなかった。

キクちゃん自身は動物が好きだったので、そばに犬や猫がいれば幸せだろうなと思いながら、大人になって一人暮らしをはじめても、
なかなか勇気が持てず、
地域猫たちを遠くから眺めて満足しているのだった。

それにしてもボランティアの人たちはすごい、
とキクちゃんは思う。

毎日毎日、よく見れば交代制のようだが、
ちゃんと猫たちにごはんを届けている。

野良猫は、地域によってはガリガリの子もいると聞くが、
この界隈の猫たちはボランティアの人たちだけじゃなく、
公園を通る猫好きの人たちがかわるがわるおやつを与え、
みながもれなく丸まる太っている。

猫たちの大きなおしりを見て、キクちゃんはうれしくなる。


少し早めに会社を退社したある日のこと。

三月も中旬となって暖かな日が増えて、
いろいろな花が咲きはじめ、
キクちゃんはカラフルな視界を楽しみながら公園を通った。

どこからか、濃い花のにおいがする。
好きな花のにおいだと、鼻をくんくんさせる。

猫たちが集まる付近では、
ボランティアの人たちはまだ来ていない時間帯なのに、
はじめて見る白髪の小柄なおじいさんが、
猫たちにごはんを与えて、その食べる様子をしゃがんで眺めていた。

キクちゃんは、

「そんなにいっぱい食べて、ほんとうの夕食もちゃんと食べれるのかしら」

と、心配になった。
急いでいたので気になりつつも、
その場を足早に立ち去った。

でも、猫たちがごはんを食べるのを眺めているおじいさん、
幸せそうだったな。

ボランティアの人たちが、気を悪くしなければいいのだけれど。


数日後、キクちゃんは仕事で失敗をして落ち込んでいた。

課長は、大丈夫です、気にしないでください、と言ってくれたけど、責任感の強いキクちゃんはかなり堪えている。

地面にへばりつきそうなほど落ち込んで、
よぼよぼ帰り道の公園を歩いていると、
ボランティアの三人が猫たちにごはんを与え、
その少し離れた場所で例のおじいさんが、ぼんやり立って眺めていた。

仲間に入りたいけれど入れない、
でも立ち去りがたくて、ただ見ているしかないおじいさんの、
所在無げな姿にキクちゃんは泣きそうになった。

おじいさんが気になり、
違和感のない場所で立ち止まり、携帯を見るふりをして、
その後どうなるのかを見守ることにした。

しばらくしてからなんと、
一匹の、多分おばあちゃんに近いと思われるサビ猫が、
おじいさんに近づいていった。

おじいさんはにっこりとサビ猫を見下ろし、
向きを変え、
よちよちよちと歩き出した。

その歩き方から、
かなりのご高齢かも、とキクちゃんは思った。

よちよちよちと歩くと、
サビ猫もその歩幅にあわせておじいさんの隣を歩き、
おじいさんが時々見下ろして、

「ごはんですよ」

と言うと、サビ猫がかわいらしい声で、

「にゃ」

と言った。

キクちゃんは、おじいさんとサビ猫に、信頼関係が生まれていることに驚いた。

その後、東屋に到着して、
ベンチに座り、猫もベンチに座り、
お水とごはんを紙皿に準備し、サビ猫が食べる様を愛おしそうに眺め、
その後新聞を広げて読み始めた。

おじいさんと猫のまわりは、
今が盛りのユキヤナギがこぼれるように咲いていて、

ずっといいにおいがしていたのはこの花か、とキクちゃんは思い、
そして、
美しくて、平和で、やさしい光景に涙があふれた。

ひょっとしたらおじいさんは、
サビ猫に会うことや、
持ってきたごはんを食べてもらうことが、
日々の、
大げさに言えば生きがいなのかもしれない。

一日の中に、
ごく小さくても楽しいことや目標がいくつかあることは、
とても豊かで、無敵なのだ。

どうかおじいさんがなるべく長く、
歩いて、サビちゃんに会いに来れますように。

キクちゃんはこっそり涙をぬぐいながら携帯をしまって、
祈りをこめて歩き出した。

ユキヤナギの濃密なにおいが、
公園を去るまで、キクちゃんの胸いっぱいに満たした。



↓キクちゃんシリーズのはじめてのお話。お時間あればぜひ^^

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