【短編小説】第1品 魔法のランタン

 ランタンが点いている間は運が付くという魔法雑貨が入荷した。それを聞きつけたイチは、
「一つください」
 こちらの返答は待たずに、一枚の金貨で豪快にテーブルを軋ませた。一つしかないのに。
 私は収益よりも買い求める客の意図を聞ければそれで良いので――金貨は貰えるに越したことはないので懐へ忍ばせて――聞いてみた。
「近々、告白するんですよ」
 イチは豪快に口を裂いて笑った。
 それで運が欲しいんだと。
 筋骨隆々な大豚男(オーク)にしては、随分と小さなことを気にするなと思った。
「俺ね、大事な時に神から見放されるのよ。この前も賭博場の『回転盤玉入れ』で連勝した矢先、最後に大コケして破産しちまったのさ」
 そりゃあ自業自得じゃない? と言うと、
「神に見放されたのさ」
 とキザっぽく言う。オークのくせに。
「告白、上手くいくといいね」
「勿論。人生かけてるからね」
「神に祈っておくよ」
「やめてくれ。神は信用してないんだ」
「そりゃあそうか。散々見放されてるからね」
 祈るなんて柄じゃないし、別に神官でもない。しがない魔法雑貨売りだ。
 オークのお客さんを応援して送り出してあげた。

 魔法のランタンの効果は目覚しいらしく、イチからお礼の手紙が毎日届いた。
 読むと、『回転盤玉入れ』で金貨千枚勝ったらしい。告白はどうしたんだ。
 とにかく、一個しかないランタンだったけれどお客様のお役にたったようで、どこか誇らしかった。別に私が作った訳では無いのだけれど。

 ある時、手紙が途切れた。
 あのオークも、泥濘の腐れ林檎を漁る人生からおさらばして、素敵な雌豚と煌びやかなオークライフと洒落こんだのだろう。
 でなきゃあ私みたいな雑貨売の女にいつまでも手紙を寄越すはずがない。
 ランタンの踊り火も彼にはもう必要ないだろうな。
 そもそも告白に運頼みなんて不要だったろうに。心の補助輪みたいなものか、と無理やり自分を納得させて、今日は好きな小説を読んでサボることにした。

 ◇

 手紙が途切れた理由を知ったのは、郵便屋のポスト君が朝刊を配達してくれた時だった。
「イチさんですか? 闇金の組長に臓器売られてそっから見てねえや」
 なんでも、闇金組織に賭博で負けた借金が金貨五〇〇枚で、返済の当てがないことを告白しようとしたが、不幸体質のオークは魔法のランタンを使って許してもらおうとしていたらしい。
「金貨千枚当ててたんだから返済すれば良かったのにね。五〇〇もお釣りくるでしょ」
「大豚男(オーク)だからね。欲に負けたんじゃない? 正直に組長に言ったけどダメだったって話だよ。当たり前だよね」
「というかあの豚野郎、雌豚引っ掛けにいったんじゃないのかよ」
「姐さん口悪いよ。そこも素敵だけど」
「告白なら間に合ってるよ」
 ポスト君に銅貨一枚払って、しっしっと追い払う。無愛想でも魔法に惹かれた客に困らないのだから、私には天職だ。
 今日は恋愛に飢えてるし、恋物語でも読むか。

 そういえば、魔法のランタンを使っておいてなぜ闇金業者を説得できなかったんだろう。
 頭を過ぎり、恋愛物語を綴った羊皮紙を捲ると、ふと灯りが消えた。
 夜に冷やされた空気で、硝子筒の熱が徐々に奪われていく。
「いい所だったのに」
 気づけばもう夜だった。これだから恋物語というやつは熱中しすぎていけない。
「油きらしちゃったか。怠いけど明日買いに行こ」
 消えるのは仕方がない。消耗品(ランタン)だから。

 魔法のランタン――了。

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