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21 祭りは神様のためにある 後編(ニュピのバリ島)

 前編の旅のつづきです。

 マドゥライからタンジャヴール、マハバリプラムとバスで北上し、チェンナイからコルカタまで列車に乗り、コルカタからタイのバンコクへ戻り、バリ島に飛んだ。4月になっていた。
 バリには何度か来ていてるが、この時期は初めてだ。宿のワヤンさんが、
「ネクストウィーク、ニュピ」
と、言う。そうか、ニュピか。
 詳しく知らないけれど、バリ島の、年中なにかしら行われている祭事の中でもいちばん大切な行事らしい。
 電気も火も使ってはならず、外に出てはいけないから仕事は休み。お店も何もかもみんな休み。島民も観光客も全員屋内で静かに音を立てずに過ごす。なぜか、というと、悪霊が現れる日だから。

 いや、本当に現れると思う。で、たぶん見えてしまう。バリでは見えるんだ、見えないはずのものが。そのエピソードは〈7 不思議の島のわたし〉を参照していただくとして・・・

・・・話を進めます。
 そう、ニュピ。なので、静寂の中で何が見えてしまうのか、恐ろしい。できれば経験したくない・・・それならば。
 今年のニュピ(サカ暦に従って行われるので西暦では毎年ちょっとずつずれる)は来週4月13日とのことなので、終わるまでジャワ島に行ってこよう。ニュピはバリ・ヒンドゥーの祭りだから、イスラム教のジャワ島にニュピはない。悪霊も来ない。
 さっそくジョグジャカルタ行きの夜行バスを予約した。

 14日に帰ってくるからよろしく、と、ワヤンさんに大きな荷物は預かってもらい、身軽に出発したのが8日の夕方。デンパサールのバスターミナルから、リッチなバスで旅立った。
 バリ島の西端の港からバスごとフェリーに乗り、夜の海を渡る。
 夜明けのジャワ島をバスは走り、午前中のうちにジョグジャカルタに着いた。
 ウブドもいいけどジョグジャもまた違った味わいで楽しいことといったら。

 来てよかった。悪霊に怯えながらバリでニュピを迎えなくてよかった。
 ボロブドゥール遺跡へ行ってみたり動物園で遊んだりと4日間を過ごし、ふたたび夜行バスを予約した。13日の午後ジョグジャを出て、14日の朝、バリ島に着くチケットだ。

 バスは往路と同じように快適だった。定刻どおり出発し(って日本では当たり前だが、世界の乗り物は定刻に発車するほうが珍しいのだと思う。たぶん)、おやつとお茶(パック入りアイスティー)、ドライブインの夕食クーポンも配られる。
 そして、ジャワ島の東端のフェリーターミナルに着いたのが14日の午前2時。2時間前にニュピが終わってやれやれだ。の、はずだった。というか、自動的にそう認知していた。13日の日付がかわった午前0時から14日の午前0時までが今年のニュピなのだろうと。

 しかし、それは、西洋時間に暮らす脳の、浅はかな思い込みだった。
 ニュピは、日の出から翌日の日の出までなのだった。
 で、現在は便宜上、当日の朝5時から翌日の朝5時までと決められているらしい。ニュピ明けまであと3時間ある。

 そんなわけで3時間待ってやっとフェリーに乗れましたとさ。という結末ならば良いのだが、話はもう少し、いやまだかなり続く。
 港にはすでに昨日からニュピ明け待っていると思われる運送トラックが無数に並んでいた。
 夜明けの5時を過ぎて、バリ島側の港が開いたのか、ジャワ島側にもやや動きが感じられたけれど、バスがフェリーに近づける気配は全くなし。
 明るくなったので外に出てみる。トラック、トラック、トラック、トラック。あとはトイレとドーナツ屋。

 水とコーヒーと、ジョグジャのスーパーで買ったピーナツクリームサンドビスケット(すごく美味しくて、バリに戻ってゆっくり食べるのを楽しみにしていたのだ・・・)でエネルギー補給し、トイレで歯を磨いて顔を洗い、スクワットして、
屈伸運動して、状況をメモに残し、またトイレに行って、ドーナツ屋をのぞいて、正午過ぎ。バスが動いた。おおおおおおお 乗れるのか、やっとフェリーの順番まわってきたのか。10時間待った。

  その長い長い待ち時間、ドライバーも乗客たちも、焦ったり迷惑がったりする素振りは全然なし。ああそうなのって感じでまったく動じず、のんびり、寛いでいるようでさえあった。あっぱれ。

 バスは無事に海を渡り、午後遅く、バリ島デンパサールのバスターミナルに着いた。降りるとき、なぜかひとり1個ずつカップ麺が手渡された。
 ニュピは終わったはずだが、タクシーは終日休業とのことで、やむなくバイクタクシーに助けを求めた。ウブドまで遠いけど、怖いけど、乗るしかない。
 バイクの後ろにまたがり、兄ちゃんの腰につかまって、1時間ほど疾走の末、宿に着いた。

 帰ってきたウブドは、しかしまだその後数日、市場も食堂も開かなかった。ツーリスト向けスーパーが細々と営業を再開しただけ。食料の入手もままならず、宿の家族の夕飯を分けていただくなどという、じつになんというか、よそ者がすみません、恐縮でございますのニュピ明けなのであった。

 祭りは神様のものだから、人はどんなに不便を強いられても余裕の笑顔。この世でいちばん光栄で有り難いことです。きっと。

ウブド女子

 

 


 
 

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