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『ピザ:死霊館へのデリバリー』

 世にインド映画有り。世間的な印象としては、
「あれでしょー?歌って踊るロマンスコメディーばっかじゃんww?」
マサラ・ムービーが思い浮かぶことだろう。だが、インド映画の底は見えない。ギャング映画も、ホラーも、政治劇も、コンゲームも、ミステリーも、猟奇ものも、差別告発ものも、家庭サスペンスも、同性愛も、日本製ロボットが活躍する映画すらある。懐が深いのだ。
 百花繚乱のインド映画界、それらを日本に紹介する「インディアンムービーウィーク」という企画がある。

末長く続いて欲しい企画なので、都市圏の方は観に行って欲しい。
 はい、宣伝終わり。IMW2022の一作、『ピザ:死霊館へのデリバリー』のレビューに移ります。


粗筋

 ピザ屋店員のマイケル、オカルトオタクのアヌ。二人は貧しいながら、愛し合って暮らしていた。或る夜、マイケルは”スミタの屋敷”への配達を頼まれる。釣り銭を取りに行ったきり夫人は消え、助けに来た旦那、踏み込んだ警官コンビすらも幽霊の餌食となる。
 マイケルは少し前、ピザ屋オーナー宅の幽霊騒ぎに巻き込まれていた。スミタの屋敷に憑く幽霊も、同じ「ニティヤ」と名乗る。辛くも幽霊屋敷を抜け出すが、恋人のアヌが行方不明になっており…。


 ホラーからの2段ドンデン返し、M中です。

 初っ端から否定発言ですが、100分地点まで飛ばして良いです
 序盤40分がカップルのイチャイチャ、中盤1時間近くがホラーパートになり、まあ尺が長い。ブラムハウス/20世紀サーチライトといったハリウッドプロダクションなら、絶対に100分以内に収めるたぐいの映画だ。しかしこの辺りはインドのお国柄として許せるし、ホラーパート自体にも見所はある。

 序盤は所謂「インド映画」的な極彩色なのに対し、ホラーパートに入ってからは寒色の画面で統一される。名優ヴィジャイ・セートゥパティの演技は絶品だし、幽霊も「普通にそこに座ってる」描写なのはゾッとさせられる。 ハリウッド的なジャンプスケアではなく、(ホラードラマ時代の黒沢清のような)自然で実在感のある怖さなのである。

Jホラー最恐の作品『降霊』

では何がダメなのか。今作がドンデン返し映画であるにも関わらず、この序・中盤が後半に伏線として効いて来ないのだ。

幽霊狂言

 人をロジカルに騙す「コンゲームもの」というジャンルがあり、そのサブジャンルとして「幽霊狂言」と呼ぶべき作品群がある。合法的手段・力押しでは解決できない人間関係・不条理…それらを怪談仕立ての奇策で解きほぐす。真相を闇に葬る、或いは露見してひと悶着が起きる…そうした物語だ。
 作品で言えば『巷説百物語』がまさしくそう。映画では『幽霊列車』やシャマランの『ヴィレッジ』などもある。『虚構推理』に至っては正反対に、「妖怪のしでかしたことを合理的解釈に落ち着ける」という脱構築を行っている。

goo-paa先生のコミカライズすき

 マイケルの体験談も、真相は幽霊狂言だと終盤で明かされる。ピザ屋オーナーはダイヤの闇ブローカーであり、お使いの最中に偶然知ってしまう。そこでマイケルとアヌは一計を案じた。オーナーが幽霊で魘されているのに付け込み、(ダイヤの入った)荷物を幽霊屋敷で無くしたことにするのだ。更に、マイケルは幽霊に憑りつかれ徐々に錯乱していくように見せかけ、自然な形で蒸発する。そうすれば詮索されることなく、ダイヤを手に入れられる…。
 筋立ては良い。だが、狂言風景が伏線として機能しない。何故ならマイケルの体験談はすべてウソであり、現実とのすり合わせがないからである。

ドンデン返しの妙

 ドンデン返しの楽しさは、ネタのスケールやトンデモ感にはない。ディティールの積み重ねにある。
 幽霊狂言においては、怪事件とそれを取り巻く人物に精緻に伏線を張っておく。ネタばらしで回収し、「そうか、だからあんな言動/背景/引っ掛かりがあったのか!」感じさせるような工夫が必要なのである。

 今作において伏線は、せいぜいが背中の怪我/店長の電話/アヌのオカルトオタクの3点のみ。スミタの屋敷の過去/店ぐるみの闇稼業などのネタには伏線がない。
 特に頂けないのが、いざ計画を実行に移してから何のハプニングもないことだ。誰かに見られる/物音を立てる/バレそうになる…不測の事態に狼狽するも、上手く取り繕って軌道修正する。「フツーに流して観てたけど、裏にはこんな事情があったのか!!」と驚嘆出来るオイシイ要素なのに。

『カメ止め』がその理想形

この映画、体験談と真相を繋ぐ物証/描写がほぼない。マイケルの証言(体験映像)頼りなのだ。

他の言語にもリメイクされたカルト的な…

IMWサイト紹介文

とある通り、テルグ語のオリジナルから後にヒンドゥー語映画『Pizza 3D』にリメイクされた。そちらでは、きっちり現実側も描いているのである。ダイヤを回収しようと、ピザ屋総出で確かめに行く。果たして、そこには証言通り悪霊が現れ…という展開が付いている。無論、再びの幽霊騒動もカップルの仕込みであるのだが。

コンゲームの倫理観

 コンゲームに必要なのは何か。悪いヤツを打倒する爽快感である。

騙される側は極悪人か、あくどい金持ちか、はたまた意地悪で(主人公よりは)社会的地位のある者か…。構造として「下の者が上の者にいっぱい食わせる」ことが必要なのだ。

 今作でダイヤを盗まれるピザ屋オーナー(及び店長・先輩)は…良い人なんだよ。幽霊屋敷から戻り放心しているマイケルを優しく諭す。失踪したアヌをほうぼう手を尽くして探し、何くれとなく支援してくれる。もちろん闇ブローカーは犯罪だろうが、善人でもあるのだ。
「え、なんでこの詐欺師カップルはドヤ顔してんの?心配してくれてる人を騙して、良心痛まないの?」
と、コンゲームものであるにも関わらず、ネタばらしパートが不快にさえ思えてくる

…。
………。
ムカつくんすよ。でもこれ、意味がある作りなんだな。見事に騙されました。

2段階ドンデン返し

 ラストがね、最高に胸がスカッとしました。 

 錯乱(演技)の度合いを深め、いよいよ高飛び間近となったマイケル。夜逃げの素振りを見せまいと、ピザ屋の配達は続けていた。
「435ルピーになります」。家人はお釣りを取りに、奥に消えていく。そのとき、テレビが目に入る。その曲でふと、彼は気付いてしまう。注文のピザ2枚、お釣り、歌番組、壁の家族写真、娘の名はニティヤ…。すべて、彼の作り話をなぞるような展開なのだ。

後ろで、ドアが音もなく閉まる。不意に照明が消え、暗闇で彼の嗚咽が短く響く…。

ザ、ザマアああwwww!!ホラーとしても、俺ツエ―系コンゲームとしても、最高のオチである。
  これなら、主人公に対して甘い作りなのも納得だわ!!他人のうっかりミスと不幸につけ込んだ詐欺師が、自分のウソの意趣返しを喰らう。主人公に対しムカついていた観客ほど、留飲が下がる。
 しかも、オーナーが「魔除けで付けなさい」と塗ってくれたティラカ(赤い染料)を自分で拭い落としているのだから堪らない。正に自業自得


 伏線部分では粗があるし、冗長な点も気になる。しかしラストの切れ味の良さで、割とどうでもよくなる。インド映画凄い、改めて思わされた1作でした。

 皆もインディアンムービーウィーク、観に行こう。


 



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