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冒険ダイヤル 第7話 公衆電話と謎解きゲーム

災害用伝言ダイヤルとは災害が発生したとき被災地域に電話がつながらない場合に使える声の伝言板で、171の番号に電話をかけてメッセージを録音したり再生したりできるというものだ。被災地域の公衆電話からは無料で利用できる。
「それって地震とかが起きてないと使えないんじゃないの?」
「毎月一日と十五日は体験利用ができるんだ。おれたち全員、携帯電話がないだろ?だから伝言ダイヤルを使おう」

魁人の計画はこうだ。
ある単語をひと文字ずつばらばらにして記したカードを準備する。
コース上のあちこちにカードを隠しておき、全部みつけると一区間につき一問解けるようにする。
みんなは団体行動でそれを探し、答えを推理しながら歩く。
カードがみつからなくても時間になったら先へ進まなければならない。
公衆電話が設置された場所まで来たら、制限時間までに171にダイヤルして集めたカードに何が書いてあったか伝言する。
この時点で全部集めることができていれば、そして正しく並べることができれば正解を録音できる。

魁人はみんなより後ろの公衆電話に待機して、時間になったら171でみんなの伝言を聴く。みつかっていないカードがあれば、ヒントとして残りの文字を伝言で教える。
みんなは171で魁人の伝言を聴き、出揃った文字を組み合わせてゴール地点に辿り着くまでに答えを考えながら進む。
見つけ終わったカードは別の場所に隠す。後から来た魁人はそれを探さなければならない。

どちらも制限時間以内に次の地点へ着いて電話しなければマイナス点が付く。メッセージの再生をするといつ録音されたか時刻のアナウンスが入るので、遅れたらお互いにわかってしまうというわけだ。

こうしてコースを一周し、魁人は先発隊のひとつ後ろの連絡ポイントを付かず離れず追いかける。
みんなはゴールの小学校に着くまでにパズルを解くのが目標だ。
一方、魁人はみんなが隠していったカードを制限時間内にみつけ、同時におきざりにされたカードの回収もする。

最後には全員で答え合わせをして一番成果を上げた者がお弁当ビュッフェ権を手に入れる。毎月一回だけ給食が休みになるためお弁当を持って登校する日があって、その時みんなのお弁当から欲しいおかずをひとつずつもらえる権利である。
「一問正解したら3点。遅刻したらマイナス1点ね」
「魁人はどうするの?」
「おれは一枚でもカードを見落としたら脱落でいいよ。その代わり誰も一問も正解できなかったときはおれの勝ちね」

「全部回るとけっこう時間がかかるんじゃない?」
深海は子供だけで長い時間歩き回ったことがなかった。自分がどこかではぐれてしまわないか心配だった。
「ゴミ処理場の煙突、わかるだろ?あれはだいたいどこからでも見えるから、迷ったら煙突に向かって歩けば帰ってこられるよ。それに野田さんがいれば大丈夫だ」
指名された野田さんはちょっとひるんだけれど、すぐに「わかった。私がみんなを連れて行く」とリーダーを引き受けてくれた。

「だけど魁人だけひとりなの?問題もひとりで作るつもり?」
「みんなが楽しんでくれれば、おれはひとりでも楽しい」
魁人はクロスワードや暗号文のようなパズルが好きで、よく休み時間になると自作の問題を持ってきては友達に解けるかどうか試していたが、けっこう難しくて深海はいつも苦戦していた。

「おれが魁人と一緒にやる」と駿が言った。
「魁人が本気を出すと難しくなりすぎる。だからおれも一緒に考える」
一同は少なからずほっとした。駿なら手加減してくれるだろう。それに頭の回転で魁人についていけそうなのは駿くらいだった。
誰一人参加したくないと言わなかった。

   *

他の子供たちが解散すると駿と魁人は相談を始めた。深海はもう少し猫と遊んでいたくて残ってふたりの話を聞いていた。
駿の家の猫はとても人懐こくて、いつも深海のお腹の上に乗ってきて喉を鳴らす。寝そべっていると顔のところまで這い上がってきてぺろぺろなめるので、くすぐったくて頭を振っているうちにポニーテールが崩れてしまって髪ゴムをほどいた。毎朝お母さんが結んでくれるのに家に帰るまでほどかずにいられた試しがない。

「魁人、お前さ、どうやって準備するつもりだったんだよ」
駿は不機嫌そうだ。
「このコース全部に出発する前にカードを隠さなきゃいけない。一日に同じコースを二周もするんだ。ひとりでやるつもりだったのか?」
「お前もやることになったんだから、もういいじゃん」
「そういうことじゃなくてさ、手伝ってよって言って欲しかったんだよね?駿ちゃん」
深海が足りない言葉を添えてやる。
「ああ、そっか」
魁人は相変わらず憮然としている駿の肩をなだめるように軽く叩いた。
「もういいよ。早くコースを決めようぜ」と駿は恥ずかしそうに話題を切り替えた。

「集合場所はホームセンターにしよう。ここで地図を配ってルールを確認する。それから全員でスタート地点の電話ボックスに行くんだ」
どうやら魁人はとっくにコースを決めていたらしい。すらすらと地図に書きこんでいく。
「こう、ジグザグに坂を登っていくんだ」
「スイッチバックみたいに?」と駿がつぶやいた。
魁人はちょっと嬉しそうに下唇をなめた。
「そういうこと。翔太と奈々美は体力がないから、なるべくきつくない道を使おう」

スタート地点は丘陵の一番低いところを通っている国道沿いの電話ボックスで、ゴールに指定した高台の小学校との間には傾斜地が広がっている。斜面を利用して階段状に建てられたマンションや、片側だけが地下一階まであって玄関は二階にあるような造りの家も珍しくない。
道路も凸凹の地形に合わせて複雑に入り組んでいて、まっすぐ進んだつもりでもいつのまにか方角がずれてしまう迷路のような住宅地だった。
謎解きラリーは、不規則に並んだ住宅の間を縫って通ることになる。地図をきちんと読めないと迷ってしまいそうだ。

「おれたちだけで一度ここを歩いてみよう。目印になる建物を地図に書いておこう」
「歩く時間も測ってみよう」
「カードを探しながらゆっくり歩いたらどのくらいかかるのか確かめないとな。休憩時間も必要だから、座れるところがあるかどうか見ておくか」
深海も割って入る。
「トイレの場所も調べといて!」
「あ、それ大事」
「自販機の場所もチェックしよう」

その日からふたりは放課後に下見と問題作りに勤しんだ。
「ごめんな、ふかみ。問題を作るのも一緒にやりたいだろうけど、おれと駿にまかせてくれ。答えがわかってたらつまらないだろ?」
誰もがパズルを好きだとでも思いこんでいるのか憐れみをこめて言われたが、深海はパズル作りにそれほど興味はなかった。

本番前日、最後の準備をするために学校が終わるとすぐに教室から駆け出していくふたりを「いいなあ」と目で追いかけていると、魁人がくるりと向きを変えて戻ってきて「ふかみ、給食のみかん残してただろ」と手のひらを出した。
「はいはい、あげるから」と給食袋からみかんを取り出して渡した。
「サンキュー!」
魁人は受け取ったばかりのみかんを人差し指と中指に挟んでVサインをした。
「明日遅刻するなよ!」
そう言って彼は走り去った。

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