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冒険ダイヤル 第3話 ヘアゴムとバックル   

 《 フェイクニュース・ノート 》

 ノートのおきて
 ① うそのニュースだけ書くこと
 ② 人がいやがることは書かない
 ③ おもしろいニュースを書くこと
 ④ おもしろかったニュースには、はなまるをつけること
 ⑤ 本当のニュースは書かないこと
 ⑥ 大人には見せないこと

   *

その黄緑色の表紙の国語ノートは、端が擦れて曲がり、真ん中の綴じ糸はところどころほつれかけていた。一ページ目におきてが書いてある。太く鉛筆で書かれたその文字は、筆圧が高くてまさに書き殴ったという感じがする。有無を言わさない迫力があった。

絵馬は合わないおつりを数えるように顔をしかめて何度もおきての文言をなぞっていたが、やがて何ページかぱらぱらとめくって「これってニュースっていうより都市伝説じゃない?」と言った。
「そうかもね。読んでていいよ。麦茶とカルピスどっちがいい?」
「麦茶。氷は入れないで」
キッチンから飲み物とおやつを抱えて部屋に戻って来ると絵馬は深海のベッドで腹ばいになってくすくす笑っていた。

「ねえ、どれがふーちゃんの書いたネタ?」
「どれだと思う?当ててみて」
小さいテーブルの上でポテチの袋を両端まで開いた。二人分の割り箸とコップと麦茶のボトルを置く。クーラーが程よく効いていた。

深海は振り返って、壁の鏡に映った自分をもう一度見た。すみれ色と白のシフォンを重ねたロングスカート。背中側の襟ぐりが広い淡いクリーム色のブラウス。
厚みのない体型とあっさりした顔立ちなので自分には女性らしいものは似合わないと思いこんでいたけれど、絵馬の見立ては間違いなかったようだ。予想よりもずっと大人っぽく、すらりとした長身が映えて、我ながらよく似合っていた。

いつもはジーンズばかり穿いているので深海は制服以外スカートを持っていなかった。それを知った絵馬がどうしてもスカートを穿かせたがって、自分の服の中から選んで持ってきてくれたのだった。もとは胸元だけ伸縮する素材でできた膝丈ワンピースだったものを、肩紐を取り外してウエストから下に穿いてロングスカートにした。「ふーちゃんは背が高いから、これで長さがぴったりだと思って」とご満悦だ。

一方、絵馬は深海のクローゼットから勝手に選んだ服を着ていた。身長が伸びすぎた深海には丈が足りなくなってしまった黒のカーゴパンツと古着風のTシャツで普段のイメージとはがらりと変わって見えた。
絵馬はいつも優しい印象の淡い色合いの服を着ているが、実は気が強いところがあるので、隠れた性質が急に表に出たかんじがして新鮮だった。そしてなぜかスカートのときよりも色っぽかった。

「こういう服、一度着てみたかったの」と喜々として脚を通したものの、ウエストがきつくてジップが上まで閉められず、さっきまで絵馬はこの世の終わりみたいな顔をしてしばらくうつぶせていた。
どう慰めたらいいのかわからなくて困っていたら、急にがばっと起き上がり、「あきらめないから」と自分の荷物をあさりだした。
何をするのかと思ったらヘアゴムを持ってきてウエストのボタンに巻き付け、反対の端をボタン穴に通し、またボタンにひっかけて固定した。あとはバックルが大きめのベルトを巻いてジップのすき間を隠したら完璧だった。腰に手を当てて仁王立ちした絵馬のドヤ顔に惜しみなく拍手を贈った。

夏休みの宿題を全部終わらせたら友達を泊めてもいいという両親との約束だったので、深海は今までやったこともないくらい必死に宿題を済ませた。
やっとのことで今日、彼女を家に呼ぶことができたのだ。四日後には学校が始まる。最後に目一杯、楽しもう。
 
お互いの洋服を交換していろんな角度から写真を撮り合っては、気に入らないからもう一度とくり返して、スマホの写真ファイルがいっぱいになってようやくおやつタイムになった。そこで深海は思い切ってフェイクニュース・ノートを取り出したのだ。

小学校五年生のときにこのノートを同級生たちに回していた。当時はまだ携帯電話を持っていない子がほとんどだった。
発案者は芦名魁人。
国語の作文がうまくない深海でも、面白ければはなまるがいっぱい付いたりする。それが嬉しくて精一杯考えて書いた記憶がある。

「フロッピーディスクを銀行に持っていくと百万円もらえるって書いてあるけど、フロッピーディスクって何?」
「昔SDカードやUSBメモリの代わりに使ってたものなんだって」
フロッピーディスクを見たことがある子は誰もいなかったし、これが嘘なのか本当なのか誰にもわからなかったのではなまるは付かなかったが、百万円への期待が捨てきれなくてフロッピーディスクを持っているかと家族に聞いてみたのはたぶん深海だけではない。

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