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冒険ダイヤル 第16話 いちもんめ

「ふーちゃん何かあったの?」
放課後、顔を合わせるなり絵馬にそう言われて深海はドキッとした。

待ち合わせのファーストフード店は三時をまわって混みだしており、カウンター席しか残っていなかった。
後から来る駿たちのためにかばんを置いて座席を確保しておくことにした。
絵馬の前にはマンゴーシェイク、深海の前にはアイスティーとフライドポテトが並んでいる。

「実は例のフェイク・ニュース・ノートを作った男の子がね…」
魁人の考えた謎解きウォークラリーと災害用伝言ダイヤルのこと、彼がいなくなってしまったこと、ノートにあぶりだしが施されていたことをざっと説明しながらふたりでフライドポテトを分け合って食べた。
電話番号が使われていなくて伝言ができなくなっていたことを話すときは、こみあげる気持ちをポテトと一緒に飲み込んだ。
絵馬はほとんど口を挟まずに聞いていたが、話し終わると「話してくれてありがと」とティッシュを渡してくれた。
湿った目と鼻をティッシュで拭って、深海も「聞いてくれてありがと」と言った。

絵馬は頬杖をついて考えていたが、ストローを噛んだまま「基本的ら質問らんらけろ」と言って目玉をぐるりと回した。
「小学校の時のウォークラリーでは誰の電話番号を使ったの?」
「あのときは駿ちゃんの家の電話」
「だったら今度もそうなんじゃない?魁人くんから見れば、駿ちゃんやふーちゃんの方がむしろ〈被災地〉なんじゃないの?」

横面を叩かれたような気分だった。どうしてこんな簡単なことに気付かなかったのだろう。
深海はすぐにスマホを取り出して171にかけた。今度は駿の自宅電話の番号を使って操作する。
何年も電話などしていなかったのに彼の家の電話番号を暗記していたことに自分でも驚いた。

『新しいメッセージからお伝えします』
自動音声案内が流れ始めた。
深海は息を飲んだ。
耳を澄ませていると電話の向こうから雑踏のような騒音とともに男性の声が聴こえてきた。少しかすれた気だるい声だった。

『一問目。おれが誰だかわかる?わかったら録音して』

それだけ言って切れてしまった。続いて『この伝言は〇〇年、九月二日午前九時十分にお預かりしました。伝言は以上です』という自動音声が流れた。今朝の伝言だ。

魁人以外にこんなことをする人間がいるとは思えなかった。仮に駿の家族が防災訓練のために録音したとしても〈一問目〉などと言うはずがない。

「ふーちゃん、次はどうするの?」
音声案内に従って深海はメッセージを録音した。
『ふかみです。あなたは魁人でしょう?元気でいるなら会って話そうよ』
すぐに答えが返ってくるはずもなく自動音声が録音の完了を告げた。
どうかこれを聴いてくれますようにと祈りながら電話を切った。
 
   *

深海・絵馬・駿・陸の四人はファーストフード店のカウンター席で顔を寄せ合って一台のスマホから流れてくる魁人からのメッセージをくり返し聴いていた。

「新しい録音はないな」
駿は通話終了すると、深く深く息を吐いて、冷たいカフェオレにガムシロップを三個も入れて一気に飲んだ。

魁人が無事らしいとわかったけれど、深海の伝言を彼が聴いたかどうかは知りようがないし、返事をくれたどうかもかけなおしていちいち再生してみないとわからない。
携帯電話のメッセージと違って新着の通知があるわけではないのだ。

「この人、どうして普通に連絡してこないわけ?」
陸は残り少ないコーラを音を立てて吸い込んだ。
「どうしてなんだろう。私のほうが訊きたいよ」
すると絵馬がつぶやいた。
「あたしはなんとなく魁人くんの気持ちわかるな」
三人が一斉に振り向いたので絵馬はちょっと遠慮がちに続けた。
「黙っていなくなったから駿ちゃんやふーちゃんに嫌われてるかもしれないって不安なんじゃない?直接電話して拒否されるのが怖いんじゃないかな」
「だとしてもこんなにわかりずらくする意味ある?」
陸は異議を唱えた。
「ふかみちゃんがあぶりだしに気付いたのは偶然なんだよ。可能性が低すぎるよ。どうしてそんなありそうもないことして、聴いてもらえそうもないのに伝言するわけ?」
駿の肩がぴくっと動いた。
ありそうもない、とは言えない。事前に謎解きウォークラリーというヒントがあったのだ。

絵馬はため息をついて、端の席から手を伸ばして駿たちのフライドポテトを勝手につまみとった。
「そうだね、でもきっと可能性が低いほうが良かったんじゃないかな?」
リップクリームが指に付かないようにあ〜んと大きな口を開けてポテトを頬ばった絵馬だったが、他の三人がじっと自分の説明を待っているのを別の意味と勘違いしたらしい。
「あ、ごめ、ポテトもらうね」
「いくらでも食べなよ。それより今のどういう意味?エマちゃん」
陸はポテトを絵馬の方へ押しやった。
絵馬は注目されて困った顔をする。
「これはただのあたしの想像だよ。魁人くんはあんたたちとつながりを持ち続けたかった。でも事情があって連絡先を教えるわけにはいかなかった」
「なんだかスパイみたいだね」と陸は椅子に寄りかかって揺らしながら頭の後ろで腕を組んだ。

さらにポテトに手を出しつつ絵馬は続けた。
「だから魁人くんはわざとあぶりだしっていうわかりにくいメッセージを残したんだよ。他の人には知られずにあんたたちだけが気付くようにね。みつけてくれたらラッキーだけど、もしかしたらもう関わり合いたくないと思われてるかもしれない。連絡を取る決断はあんたたちに任せたんだよ」
三人は口を半開きにして聞いていた。駿の眉間にどんどん皺が寄っていった。

「それにさ、そのくらい可能性の低い手がかりなら、返事がなくても魁人くん自身あまり傷つかなくて済むじゃん。単にあぶりだしがみつけられなかっただけだろうって自分に言い訳できるでしょ」
「言い訳?な、え?」
駿はどもりながら遮った。
「何の言い訳?」
「あんたたちに遠ざけられたって思わなくて済むじゃない」
「エマは勘違いしてる。遠ざけるなんてありえない。魁人だってそう思ってたはずだ」

駿の言う通り、深海も書き置きに気付いていたら真っ先に電話しただろう。けれども魁人はそれをあてにしていただろうか。
彼にはどこか人に対して距離をとろうとする一面があった。
深海は自分が信頼されていたかどうか疑問だった。

うつむいて悩んでいると駿に「おい、お前だってそう思うだろ?」と問いただされた。
「わかんない。魁人はなんでも上手にごまかす子だったから」
「誰に何をごまかすんだ?」
駿ににらまれて深海はびくっとした。
「まあ、それは本人しか知らないんだから僕たちが決めたらだめでしょ。とりあえずまた伝言を待とうよ」
陸が割って入ってくれなかったらけんかになりそうだった。

「ところでさあ、僕だけ話が見えてないんだけど、魁人くんが言ってた〈一問目〉ってどういう意味?」
「そうか、陸にはウォークラリーのこと話してなかったな」
駿から魁人の謎解き好きとウォークラリーの説明を聞いて陸は目を輝かせた。
「君らにとって171といえば謎解きの合図だったんだね。めちゃくちゃおもしろそうじゃん。僕もやってみたいな」
「あんた、小学生の遊び、好きそうね」
絵馬に皮肉を言われても陸はにこにこしていた。
「さっきエマちゃんが言ったことも一理あるけどさ、僕、魁人くんはそんなにネガティブじゃないと思うな。だって何年も経ってるのに伝言してるんだよ?楽しくなかったらそんなことしないよ。今回こそ気が付くかなって思いながら電話するのってわくわくしそうじゃない?僕だったら毎年やっちゃうよ」
そう言って口の周りと指についたポテトの塩をなめている。
この能天気さなら本当に毎年やりかねない。
駿と絵馬は毒気を抜かれたように静かにストローに口をつけた。
ありえないことではない。
魁人は本当に毎年伝言ダイヤルにかけていたのではないかと深海は思った。

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