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冒険ダイヤル 第12話 セブンティーンと長電話

百段まで登っても、ちっとも上が見えない。深海は本当に涙が出そうだったが、だから帰ればよかったのにと言われたくないのでこらえた。前に向かって進んでさえいれば、なんとか足を運びさえすれば一つずつ目的地に近付いていくのだからと自分に言い聞かせた。
「百二十五、百二十六、百二十七、百二十八」
「百二十九、百三十」
いつのまにか駿も一緒に声を出して数えていた。

百四十三段目で突然目の前が明るくなって藪が途切れ、なんの変哲もない住宅街の小道に出ていた。目の前にガードレールがとおせんぼしている。どうやらふたりはガードレールの外側の崖を登って来たのだ。

ガードレールをまたいでアスファルトに立ったら、安心感で深海はその場にへたりこんでしまった。
まるで半日も歩き続けていたような気分だ。とんでもないところを歩いてきてしまったなと振り返ってみると、ガードレールの陰になんと、とぼけた顔つきの可愛い生き物がいるではないか。
小型犬くらいの大きさの丸っこい体つきをして、ふわふわした茶色い毛が生えていて、目の周りが黒っぽい。

「駿ちゃん、あれ何?」
「たぶん狸」
深海が口をあんぐりと開けて眺めていると狸はすぐに藪の中へ消えてしまった。
自分たちの町に狸が住んでいるなんて信じられなかった。
「こんな普通の家が並んでいる場所に?お父さんが会社に行くときに通る道なのに?」

奇妙なのは謎の急階段の入り口には確かに鳥居があったのに途中のどこにも、登りきった場所にもお社や祠はなかったこと、その代わり正面に市民館の裏門があることだ。

「狸がいるって知ってたなら教えてくれればよかったのに」
「魁人と一緒の時に気付いたんだけど、それを言ったらあいつ狸探しに夢中になっちゃって、おかげでここに着くまでやたら時間がかかったんだよ。ふかみもそんなふうになったら困ると思って言わなかった」
「そんな理由で?」
深海は深くため息をついた。言葉足らずにもほどがある。
 
まだ膝が笑っていたけれどなんとか駿の手を借りて立ち上がり、レンガ造りの市民館の外壁をぐるりとまわって正面玄関まで歩いた。
明るい陽射しがなんとありがたいことか。
「ほら、近かっただろ」と駿はロビーにかけられた時計を指さした。確かにあれほど長く歩いたと思っていたのに、まだ十分も経っていなかった。
 
野田さんをはじめとする先発隊メンバーは見当たらない。
深海はロビーにある公衆電話に駆け寄って受話器を持ち上げ、171をプッシュした。ところがプッシュ音がしない。
「駿ちゃん、どうしよう、この電話壊れてるのかな」
「落ち着けよ。電話機によっては最初に十円をいれなきゃならないんだ」
駿が十円玉を入れ、171をプッシュすると無事伝言ダイヤルにつながった。

新しい伝言はなかった。受話器を置くと十円が戻ってきた。
もう何もできることがなくなってしまい、深海たちは観葉植物が点々と並んだ玄関ホールの片隅でベンチをみつけ、倒れ込んだ。
かかとの傷が急に痛くなってきた。さっきまで夢中で歩いていたせいで忘れていたのだ。

「アイスでも食おうか」
玄関ホールの奥にアイスクリームや菓子パンの自動販売機が並んでいる。真冬だというのに汗をかいていたのでアイスクリームの誘惑に逆らえなかった。
「狸を秘密にしてたのは悪かった。奢ってやる」と駿は気前のいいところをみせた。
 
ふたりが筒状のカップに棒がついたアイスクリームを買って包装をびりびり破って食べていると、自動ドアが開いて黄色いベストを着た見慣れた顔ぶれが入ってきた。
「えっ?深海ちゃん?どうしてここにいるの?」と野田さんが駆け寄ってくる

「みんなこそ、何も伝言してくれないから心配したよ。何かあったの?」
「別に悪いことが起きたわけじゃないんだけどね」
奈々美はぐったりした様子だった。
野田さんたち先発隊の五人が予定通り古墳のある公園の電話ボックスにたどり着くと、すでに電話を使っている男の人がいたのだそうだ。

外国人観光客と思われるその人はテレホンカードを使って国際電話をかけていた。
なかなか電話が終わらないので子供たちは謎解きカードを隠したりトイレ休憩したりして時間をつぶし、電話ボックスの周りをうろうろしながら待っていた。
その人は何枚もテレホンカードを握りしめ、頻繁に新しいカードを入れて話し続けていたが、うっかりカードを落として地面にばらまいてしまったのだ。
強風が吹き付けて、カードはボックスの外へ飛ばされた。

大輔は駿の食べているアイスをちょっとかじらせてもらいながらぶつぶつ言った。
「テレホンカードってものはチャージがなくなるとすぐ電話が切れちゃうんだよって野田さんが言うから、人ごとなのに、なんだか焦っちゃって」

みんなは正直あまり乗り気でなかったが、大輔がテレホンカードを拾ってあげようと呼びかけたのだそうだ。
仕方なく全員で手分けして公園中に飛んでいったテレホンカードを一生懸命に探した。
柵で囲まれた古墳の敷地にも落ちてしまっていたが、ゴミ拾いトングでなんとか取れたという。

「だけど拾ってあげたらもっと長電話になっちゃったんだよ。そりゃそうだよね」
電話の主は何度もお礼を言ってくれたけれど、みんなが手を振って立ち去るときにも電話を切らずに話し続けていたというから図太い。

「拾うのやめとけばよかったなあ」
「亮君、そういうこと言っちゃだめだよ」と奈々美がませた口調でとがめたが、それを聴いて野田さんは苦笑いした。
「奈々美ちゃんが一番文句言ってたくせに。あのおじさん、家族に早く帰って来てって言われてるのに、まだ帰りたくない、鎌倉に行きたいって泣いて頼んでたらしいね。家族がかわいそうだって奈々美ちゃん怒ってたじゃない?」
「鎌倉なんて大仏があるだけなのに、どうしてそんなに行きたいのかわかんない」
奈々美は英会話スクールに通っているのでその人の話が聞き取れたようだ。
「何言ってるんだ。鎌倉には江ノ電があるじゃないか」と駿が抗議したが、誰も相手にしない。いつもなら援護射撃してくれる魁人がいないので悔しそうな顔をしている。

当分は話が終わらなさそうだったので、彼らは伝言ダイヤルをあきらめてそのままここへ歩いてきたのだそうだ。
とりあえず何事もなく全員元気だとわかって、みんなは笑い合った。

「そうそう、パズルが解けたんだ!」翔太が嬉しそうに報告した。
「たった今みつけたカードが〈ち・ゆ・う・ご・く〉だったんだ。それで〈中国〉のことだってわかって、そしたらその前にあったのは〈スウェーデン〉なんじゃないかって」
奈々美も得意げになって「国の名前なんだなって気が付いたら最初の問題の答えは〈インドネシア〉だってすぐわかったの」と言った。
「それから確か〈マダガスカル〉っていう国があったと思うんだけど。どう?駿、これで合ってる?」と野田さん。
みんな目を輝かせている。深海はこの顔を魁人に早く見てもらいたかった。

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