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【連続小説】 冒険ダイヤル(11) 直線距離 

(前回まで)小学生たちは謎解きゲームをしている。ケガをしていたふかみは駿と魁人のふたりに合流した。

ところが、約束の時間になって171にダイヤルしても野田さんたちからの伝言はなかった。
「少し待ってからかけ直そう」
拍子抜けして自転車にまた寄りかかり、魁人はスーパーで買ったパンをリュックから取り出して食べ始めた。

「お前いくつ食うんだよ。さっきおれのパンまで勝手に食べてたよな?」
「寒いとお腹が空くだろ。じっとしてると寒くない?あったかいもんが飲みたいな。ホットのいちごミルクとか」
魁人の言葉に深海と駿は目を見開いた。
「そんな変わったものがあるの?」
「見たことないぞ」
「あるよ。あそこの自販機、いっつも珍しいのが入ってるんだよ。他のより少し安いんだ。百円ずつ出して」
小銭を受け取ると、魁人は道路を渡って自動販売機の前まで行って振り返って大声で叫んだ。
「ほらあった!うまいからお前らも飲んでみな?」

魁人はホットのいちごミルクを三本買ってきた。ふたりは半信半疑だったが好奇心に勝てず、恐る恐る熱い缶に口をつける。
「あ、けっこう美味しい」
「おれにはちょっと甘すぎる」
「これこそ本物の味。違いのわかる大人の味」と魁人はわざとらしいしゃがれ声を出した。
大人の味かどうかはともかくとして、いちごミルクの甘さと温かさは体にしみわたった。

「よし、もう一度かけてみるか」
再びダイヤルしたが、伝言は残されていなかった。
「おーい、魁人だけど、みんな遅刻してるよ、どうした?なんか困ってたら伝言してよ」と録音しておく。
五分後もう一度かけてみたが、さっき魁人が入れた録音が再生された。あれから伝言はなかったということだ。

「カード探しに手間取ってるのかな」
受話器をおろして駿がつぶやいた。
追いついてしまうとゲームのルールが無意味になるので、それからもう少し間隔をおいて三回電話したが何も残されていなかった。
駿は「何かあったのかも」と低く独り言を言った。

魁人はつとめて明るくしているが貧乏ゆすりが止まらない。深海も落ち着かなくなった。野田さんがいれば大丈夫だとは思うけれど、何かの事故に遭っていたらどうしよう。
四回目にかけて何も残されていなかったとき、魁人はまだ伝言しようとする駿の手を止めて受話器を置かせた。
「二十回までしか使えないんだ。無駄遣いしないほうがいい」
そして「ふたりとも、ごめんな。おれだけでも先に行って早く様子を確かめないと」と言うなり自転車に飛び乗った。
駿は間髪入れずに答えた。
「おれたちはこっちの近道から市民館に先回りしてみんなを探す」
「了解。無事を確かめたらすぐ171に伝言しろよ」
魁人は勢いよく自転車をこぎ出した。
「車に気をつけてね!」
遠ざかっていく背中に向かって深海は大声で叫んだ。

駿はあらためて171にかけて、もどかしそうに自分の家の番号を入れている。誰がどこにいるにせよ、自分たちが予定外の行動に移ったことを伝えておく必要があると気が付いたのだ。
受話器を肩に挟んで自動音声を聞きながら駿は自分用の地図を開いて深海に渡す。
地図にはふたりが調べた市民館への近道が書き込まれていた。
深海はぐるりとあたりを見回し、地図と見比べた。赤い色鉛筆で鳥居の形が書き込まれているところが近道のようだ。
 
これまで通ってきた緩やかな道路の脇道に、色の剥げた小さな鳥居が建っていた。頭がつかえそうなほど低い。
鳥居をくぐって斜面を見上げると、とてつもなく急な細い階段が上へと伸びていた。
段の間がふさがっていなくて隙間から下が見えるタイプの階段だ。表面の塗装が剥がれて網目状の滑り止めが浮き出ている。鉄パイプを組んだ粗末な手すりが備え付けられていたがあちこち錆びていて心もとない。
周囲は手入れされていなくて見通しの悪い竹林だった。
普段使われているとは思えないひどい荒れ具合で、立ち入り禁止の看板がないのが不思議なくらいだった。

「ねえ駿ちゃん、近道ってまさかここじゃないよね?」
伝言を終えた駿は自分と深海の二人分のリュックを前と後ろにうまく背負ってベルトを調節していた。
頼んでいないのにいつのまにか持ってくれている。
「うん、そこが近道だよ」
「上まで何段あるの?」
「全部は数えてないけど、百段よりは多い」
深海は唾を呑み込む。
「駿ちゃんと魁人は登ったことがあるんだね」
「うん」
それなら自分にできないわけがない。深海は深呼吸した。
「ここを登れば魁人より早く市民館に着ける?」
「地図上での直線距離なら予定のコースの五十分の一だ」
「計算したの?」
「うん」
 駿は涼しい顔で答えた。

もしみんながわけあって古墳公園を素通りしたのだとしたら、もう市民館へ向かっているかもしれない。そこまで行けば、ゴールの小学校まではほぼ平坦な道だ。長いだらだら坂を歩くより、一気にここを登ってしまうほうがみんなに追いつける。
深海は手すりをぐっと握りしめて一段目に足をかけた。

   *

どうしてこんなことになってしまったのだろう。自分はケガ人だったはずなのに、結局みんなよりずっと険しい道を歩くはめになっている。
必死に息を整えながら深海は一段ずつゆっくりと登っていく。
階段というよりもはしごみたいだなと思った。奥行きがけっこう狭いうえに横幅も狭く、半ば枯れたつる植物が竹のすき間を埋めつくして鬱蒼と茂っていて景色が全く見えない。

やがて竹よりももっと光を通さない常緑樹が密集した林に変わってきた。こんなに深く覆われていたら下から見ても階段に気が付かないだろう。
手すりをつかんでいると、周囲から伸びたつるがふいに手に触れて脅かしてくる。まるでお化け屋敷だ。

サンダルに履き替えたおかげでかかとの痛みはほとんどなくなったが、今度は腿が疲れて痛い。
四十段くらい登ったあたりに踊り場があった。立ち止まって下を見ると急な傾斜の下に鳥居が小さく頼りなく見えた。ここで転んだら一番下まで落ちてしまうかもしれないと思うと足がすくむ。

駿は二、三段下からついてきた。深海が止まると同時に足を止め、歩き出すまで黙って待っていてくれた。早く行けとも、大丈夫かとも言わない。ふたりはしばらく無言で登り続けた。
見上げると、左右から伸びた植物が覆いかぶさってできたトンネルの真ん中に、ぽっかりと青い空があった。

サンダルが脱げないように慎重に足を運ぶ。さっきまで少し寒いくらいだったのに汗が出てきた。手すりにつかまる手がすべらないかと不安になった。立ち止まって息を整える。

「今、何段目くらいかな」
「八十二段目」と駿が即答した。
「数えてたの?」
「うん」
ふたり分の荷物を持っているせいで、さすがの駿も息を切らしている。
「前に登ったときも数えたんでしょ?どうして全部数えなかったの?」
「百段とちょっとあたりで数えられなくなったんだ」
「疲れちゃって?」
「そうじゃなくて、出たから」
駿の言葉が妙に尻つぼみなので気になった。

「出たって、何が?」
「後で教えるよ」と、ぼそりと言う。
そんな言い方をされたら余計に気になる。疲れてとっくに膝が震えていたのに、その言葉を聞いて別の意味で体が震えてきて、深海は足を速めようと焦った。なのに体が重くてまるでスローモーションの映像に入りこんでしまったみたいだった。
 
自分たち以外の足音が聴こえるような気がする。その足音はかさかさと茂みをかき分けてくる。
「ねえ、駿ちゃん、何かいるんだけど」
「うん」
こんな真っ昼間にお化けが出るはずがないと思いながらも深海の鼓動が速くなる。それとは裏腹に足はどんどん重く遅くなった。
「ここってすごく危険なんじゃない?」
泣きそうになりながら深海は文句を言った。
「うん、わりと危険」
駿は淡々と答えた。

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