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対策そして・・・終焉

2013年2月中旬頃のお話

JA鳥獣対策室からの報告によって動き出した
関係各所による大規模な調査によって

2週間ほどの間にさまざまな事が判明し、
いよいよ対策に乗り出すことになりました!

6棟約6,000羽のうち5棟約5,000羽が全滅
残り1棟264羽を残すのみとなっていました。

その残り1棟の鶏たちを守るため
いくつかの徹底した対策を講じました。


対策その1 夜間照明灯設置

赤外線カメラにおいての大規模食害についての
生態・防止施策を調査した結果、
夜間照明を灯けることで鶏を襲わないことが判明。

そこで、食害防止の徹底強化のため、
夜間照明を灯けるための設置工事を行いました。




対策その2 侵入路をなくす

調査によって判明した
鶏舎基礎下部分に掘られた侵入トンネル

鶏舎周囲基礎より50㎝掘り下げて
幅1.5mにわたってセメントを流し込み

地下から侵入路を作っても
侵入できないように工事を行いました。




対策その3 電気柵敷設および調査

まず最初に電気柵を敷設して
赤外線カメラを設置

どういった敷設方法がベストなのかを
数週間かけて調査

電気ケーブルの地上高や幅や本数
電気が流れる間隔を徹底調査しました。

調査結果からベストな敷設方法を
現存鶏舎の周囲に敷設しました。

上記対策1~3から経過観察期間3週間

残り264羽は無事!
被害は一切なくなりました!




対策4 駆逐・駆除

外来動物を、一切外部環境に出さないため
外部フェンスから約2mの位置に
電気柵を敷設しました。

・・・・・。

外部にも決して出られない。
鶏舎にも決して入れない。

ということは、食料が一切なくなります

ここからはあまり書きたくないですし、
思い出したくもありませんが・・・

あえて表現しますと
羽柴秀吉が行った三木城攻めでの兵糧攻め
三木の干殺し、まさに地獄絵図でした。

すべてが終わりました。

やがて、調査・対策も全て終了して、
関係各所の職員の方々が、

お気の毒でした・・・。
なんとかここから再起して下さい。
頑張ってください!

そんな言葉を私に投げかけながら
1人また1人帰っていきました。

残された私と生き残った264羽の鶏
全滅した5棟の鶏舎を呆然と見つめながら・・・

私の飼育環境づくりのミスが原因。

なのにすべて私の都合によって、
邪魔者として、厄介者とされ
駆逐・駆除されていった生命・・・。

どうしようもない 懴悔・改悟・改悛の情
あまりにも多い殺生を行なってしまった
償いようもない罪悪感を背負いながらも

一体これからどうしたら ・・・
売り上げがこれからしばらくゼロ

最短でヒナを導入しても
13か月は元の売り上げに戻らない!


これからの資金繰りはどうする?
スタッフたちの生活はどうする?


再開はもはや不可能じゃないか?
廃業やむなしか?
と考えるようになり

心が乱れ、心が荒れ、壊れてしまうのでした。

続きは次回

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