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ムーミン〜今日は何の日?幽霊の日に思う、亡霊、またはドッペルゲンガーを見たような気がすることはあると思う、普通に。



いきなりですが、洗濯機が壊れました。
(なに、その報告?必要?)

たしかに、ちょい前から、水道栓のところの繋ぎ目部分から水漏れしてて、パッキン、ヤバいんちゃうかなーと思いつつ、そこに雑巾を巻き付けての応急処置で誤魔化してたら、雑巾から水が滴るくらいになってきてたからな…
どんだけ、放置すんねん。

いや、まだイケるやろーと、勝手に思ってたけど、10日前くらいから、脱水時に聞いたこともないような高い鳴き声が…
キューーーンて…
かわいいな。

そして、うちのアパート、防水パン無いんで、めちゃめちゃ洗濯機が横移動してて、冷蔵庫にブチ当たりそうに。

これはもう、しゃーないと、先週の土曜、朝イチで乗り換え駅の、まぁまぁデカい電気量販店に行ったら「脱水時の遠心力で、洗濯機本体が動くのは、4本ある支えのうち、どこかが、もうダメになっていて、支えきれなくて、ガタガタ移動しちゃうので、水漏れの原因にもなります」と説明されて、ほーんってなった。

そういえば、前に働いてたとこのパートさんが「洗濯機が壊れて、倒れて、水浸し」という大惨事を笑いながら、話してくれたのを思い出し、若干震えたしな…

で、ようやく、本日の午後から念願の洗濯機設置なんで、やる事もなし、朝ごはんを食べに、駅のBECK'Sに来たら、磨りガラス越しの向かい席のオッサンが、昨年に死んだ父に見えて、ビビった。

横顔は、たしかに違うけど、正面のシルエット的な…佇まいというか…
多分、痩せていってたから、このくらいになってたんちゃうかなっていう体格と、そういや、こんなふうに片肘ついて、パン食ってたな…という。
磨りガラス効果、すごいな…

父については、どこかに一緒に出かけた記憶が数えるくらいしか無いため、思い出という思い出は少ないんで、あっさり、こんな感じだが、母の亡霊というか、それこそマボロシ的な、幻影的なのは、結構あって。

小学生の高学年あたりからか、スーパーはもちろんのこと、ほかの買い物でも、基本的に母と一緒に店内を回ることは滅多になくて、一緒に行って、一緒にご飯食べて、一緒に帰ってくるけど、現地解散、再び集合がデフォだった。

母子ともに、好みが違うから、それぞれ違うテナントが見たい→じゃあ、1時間後にこの喫茶店で待ち合わせみたいな、現地解散方式が、うちのスタンダードな買い物の仕方で。

多分、母子ともに、買い物に集中する感覚的なモノは一緒だったから、自分の興味関心が無いモノに時間を割きたくないし、自分の好きなモノはじっくり見たいから、その時間配分を優先した結果、別行動が一番効率的じゃね?ってなった気配がする。

そんなわけで、1時間後に…と待ち合わせをするも、デパートやショッピングモールならば喫茶店があるから、じゃあ、そこでってなるけど、お茶するところがないスーパーや、短時間の買い物ならば、エスカレーター脇のベンチとか、店内をショッピングカートを押して回っているから探して〜みたいな、待ち合わせ?という感じの落ち合い方も多かった。

晩年、母が心筋梗塞になる前とか、なって、買い物に行けるようになってからは、あまり目が離せないので、そういう感じの短時間だけ、私の用事をさっさと済ませて、母が買い物をしているところに戻る、というような行動をしていたせいか、母とよく行っていたデパートやスーパーに行くと、店内で無意識に、ショッピングカートを押して歩いている母の姿を探してしまう。

それこそ、マボロシを追いかけるように。

夢も、よく見た。

母が、出てくる夢は、まぁ、たいがい、自分自身が何らかの理由で、精神的にか、肉体的にかで弱っている時が多いからか、母も何か知らんが、苦しんでいる感じが多くて、私は「大丈夫?」ってなって、オロオロしているが、ふと思い出すのだ、夢の中で。

「あれ?母って、生きてたっけ?…ちゃうよな、生きてはいないよなぁ」と。

そして、ふーっと、目が覚めたりする。

母が苦しんでたの、夢で良かったなーと、思う。

それから、母の苦しみを思い出して、自分の苦しみを自覚するのだ。

そういう、メンタル弱弱なオタクなもんで、母とよく行っていた場所には、今でも、あまり行きたくはない。

マボロシでも、母を見かけてしまったならば、私は、その人のあとを、追ってしまうだろうから。

そういう場所は、想い出にして、行く用事があったとしたら、ぴゃっと行って、ぴゃっと帰ってきたい。

母が居るかもしれない、そんな幸せな幻覚を見る前に。

ムーミンとスナフキンの友情も、腐ってる系なオタクは大好物だったり。〜森へ、お帰り〜



ドッペルゲンガーと言われる、自分と似た人は、世界に3人いるらしい。
(都市伝説やん…)

私は、すでに、私が3人いるらしいことを知っている。

高校2年のとき、剣道部だったクラスの女子から「私の中学の先輩に、そっくり!」って言われたのが、1人目。
しかも、その先輩とやら、男やし、なんやったら「好きだったの〜(ハート)」と言われてリアクションに困った記憶がある。
(私にも、好みがあるからな)

2人目は、浪人時代に通った自動車教習所の講師の人に「僕の友だちのもぐちゃんに似てるんだよね~」と、実習で当たるたびに言われて、もぐちゃんて、誰やねん?と、強烈に思った記憶がある。

もぐちゃん、やっぱり、性別が男っぽいねんな…
運転実習時、ハンドル握るの、必死すぎて、その講師にツッコむ余裕なかったわ…

3人目が大学の教育実習時、介護施設に2日間、実習に行ったら、福祉専門学校の高校生に「私の友だちに似てる…」と言われ、あ、とうとう3人目、見つけてもうた…と、思った覚えがある。

実際に、自分に似た人なんて、見たことも会ったこともないのだけれど、狭い範囲のなかで、そこそこ「いる」もんなんだなーと思った次第。


あれ?
ドッペルゲンガー3人、見つけると、死ぬんちゃうかったかな?


以下、都市伝説概要。

この世には、自分にそっくりな人が、自分を含めて3人存在しており、そのうち2人が出会うとたちどころに死んでしまう……という説がある。 
その名も、ドッペルゲンガー現象。 


いや、会ったことなくて、良かったわ。(真顔)