帰依するものがあると、少し安定出来る気がする

昨日誕生日を迎えた、ただの悩みがちな人間です。正直、誕生日は苦手です(笑)

理由はいくつかあって、
まず1つ目、歳を取っても嬉しくない。
2つ目、「特別な日」が苦手。これは年末年始や、子どもの時なら運動会など、誕生日に限らずで、昔からの私の気質でした。宇宙から見れば、何の変哲もない時間の流れなのに、その日だけいつもと違って浮ついたり、ざわめいたりするのがプレッシャーで苦手でした。
そして最後、普段疎遠な人から突然連絡が来る。傍から聞けば、有り難い話なのだとは思います。しかし、正直その人が苦手で、意図的に連絡を取らなかったり、何ならLINEをブロックしてる人もいたり‪‪💧
そんな方々から、メッセージが来たり、ギフトが届いたり。苦い気持ちや罪悪感、LINEギフトなら意図的に受け取り拒否をしなきゃと憂鬱になったり。相手はただ純粋に祝ってくれているのかもしれませんが、気を揉みまくることになります。

以上の理由で、誕生日は苦手であり、またこれがきっかけの一つで、人間関係の断捨離を真剣に考えるようになりました。長くなりましたが、ここからが本題です。
主にLINEですが、
・LINEギフトは受け取らない(罪悪感との戦い)
・関係のあるグループは意を決して退会
・今すぐ縁を切れない人は返信頻度を落としたり、返事を簡素に

そして、これらをしていて思いました。「私いよいよ友達いなくなる?」と。
長年の葛藤の末、自分から断ち切ろうと決意した人間関係なのに、急に孤独感に苛まれる(多分寝不足のせいでもあると思います‪‪💧)。

そこでふと思い出した、大学時代の恩師の言葉。
「孤独は人を賢者にする」
「法友をつくりなさい」
「法友」とは、共に真理を目指す友、仏教修行の友のことです。

地位や名誉、お金、人間関係などの世俗的で揺らぐものを拠り所とするのではなく、ダンマ(法、真理)を拠り所とすること。
恩師や仏教心理学の授業を通して、悩みまくりのネガティブ人間である私が受けたアドバイスです。
・この世の全ては諸行無常(常に移り変わり、同じであることがない)である
・生老病死、愛別離苦、求不得苦、怨憎会苦、五蘊盛苦…生きることは苦しみである
・上記を含めた四諦八正道

このように書くと、怪しい宗教や思想のお話をしてるように見えるかもしれませんが、そもそも仏教は「神様にお祈りしても何も変わらないよ〜」という自ら精進することを促す教えであり、宗教とは違うようです。

少し脱線しましたが、不意に襲われかけた私の孤独感、誕生日に感じている苦しみも、この世に人間として生まれたからには発生する、心の苦しみなのだと思い出しました(感じる場面は人によって様々だと思います)。

仏教を盲目的に信じているわけではありませんが、心の内に帰依するものがあり、ありのまま事象を見ることが出来ると、心が軽くなる気がします。

⬇️最近感銘を受けた、仏教の本


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