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天体観測

新人ナース時代を私は田舎の寮で過ごした。
こぢんまりとした部屋のあちこちにTHE BLUE HEARTS、UNICORN、フラワーカンパニーズなどのたくさんのCDが散乱していた。

やっと念願のナースになれたは良いが上手くいかないことばかりで、あっちからもこっちからもそしてまたあっちからも叱られ毎日クタクタになっていた。
学生寮とは違い、話したい時にすぐに話せる相手もいない。
学生時代から仲の良かった子が同じ寮に数名いたが、みな違う病棟に配属され当然シフトもバラバラであり顔を合わせることも少なくなっていた。

看護師寮は学生寮と違って常に静まり返っている。
当時は3交替制のシフトであり、同じ寮で暮らしていてもナースの生活サイクルはバラバラなため基本的にはみんな自室で1人で過ごしていた。

学生寮のようにドアから顔を覗かせれば誰かしら居て「お菓子たべる?」「パーマンドンジャラする?」という流れにはならない。
深夜明けでようやく眠れた瞬間にジャラジャラジャラジャラとドンジャラの音が響いてきたら大変なことである。

休日は町に一軒しかないCDショップに出向き、店内をウロウロしながら流れてくる音楽に耳を傾けるのが楽しみとなっていた。
その日も店内はいつもどおり音楽が流れており、ある曲が流れた瞬間に私はハッとした。

なんだこの声!!!!

めちゃくちゃ好きだ。
立ち止まり歌に聴き入る。

♪見えないものを見ようとして〜♪

これが私とBUMP OF CHICKENが出会った瞬間である。
声も世界観も大好きで小躍りしたくなった。
実際ぴょんと小さく跳ねたかもしれない。
これは誰だ誰だ誰だ…もっと聴きたい…!!という衝動が爆発した。

爆発の勢いを借りて、ゴリゴリの人見知りである私が勇気を出してコワモテ店員さんに声をかける。
「今かかっているのは誰の何という曲ですかハァハァハァハァハァハァハァハァ」

コワモテ店員さんは鼻息の荒い人見知りをCDが置いてある棚まで親切に案内してくれた。
(私の鼻息が怖かったのかもしれない)
私は迷わずそのCDを買うと一目散に寮へ帰り、すぐにCDを聴いた。

すごい…すごい…すごい!!!!


私はしばらく放心状態となった。
藤原基央の言葉が、歌声が、心の隅々までしみわたっていくような気がした。
やりばのない感情や、それらを言葉に出来ないもどかしさを藤原基央が全て拾い上げてきっちりと言葉に替えてくれているような感覚を覚えた。


「最高だァァァァァーーーー!!
ありがとうふじくん!
ありがとうBUMP OF CHICKEN!」

寮のすぐ近くの海まで裸足で駆けていき、夕陽に向かって大声で叫びたいくらい高揚していた。(その海辺はいつ行ってもカップルばかりなので実際には行かなかった。絶対行くもんか。)

こうして朝から晩までBUMP OF CHICKENの曲と共に過ごす生活が始まった。

嬉しいときも悲しいときも酔っ払って自転車で植え込みに突っ込んだときも、本気で看護師を辞めようと思ったときもいつも私の隣にはBUMP OF CHICKENの曲があった。

BUMP OF CHICKENの曲は全て好きだが、初めての出会いとなった「天体観測」がやはり私にとっては思い出の一曲である。
初めてふじくんの歌声を聴いたときの衝撃は忘れられない。
出だしのメロディを聴くだけであのときの衝撃がハッキリと蘇る。

私には午前2時にフミキリに望遠鏡を担いで行った思い出はない。
そもそも望遠鏡に触ったこともない。
だが「天体観測」という曲の中に私も確かに存在した。
見えないものに期待で胸をふくらませ「きっと見える」「何かわかる」と信じて望遠鏡をそっと覗き込む私がそこにはいる。

あれからずいぶん時は流れた。
私は相変わらず何か見えやしないかと、そろそろ大事な何かが分かりやしないかと望遠鏡を覗き込むような日々を送っている。

少しは見えたものもあるだろうか。 
少しは知ることができたものもあるだろうか。
それともただそんな気になっているだけだろうか。

この先もずっとBUMP OF CHICKENの音楽と共に「イマ」というほうき星を追いかけていたいなと思う。

#思い出の曲

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