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言っちゃダメ

看護師という仕事をしていて何かと疑問や不思議に思うことがある。

皮膚科の部長先生は20年近くずうっと見た目がおじいちゃんだけど、いったい何歳なんだろうか。
医事課のタイトスカートは動きにくくないのだろうか。
真夏にストッキングに履き変えるのはつらくないのだろうか。
売店のオバちゃんのレジ打ちのスピードはどこで鍛え抜かれたものなのだろうか。
ドクターの字は何故こんなにも難解なのか。
小児科のナースばかりモテる時代はいつまで続くのか。

などなど疑問は尽きない。

しかしそんなことよりも不思議でならないことがある。

「ある1言を口にすると必ずと言って良いほど逆のことが起こる。」という現象だ。

ちょっと何言ってるかわからない。
私も書いていて上手く表現できた気が全くしない。
でもこのまま勢いで書いてみる。

ある1言というのは、、、

「今日平和だね〜。」
「今日落ち着いてますね~。」

という類のものである。

そう思ったとしても絶対に声に出して言ってはいけない。
「声に出して読みたくない日本語」である。

この言葉を口にすると、それまでの平和が嘘であったかのように途端に忙しくなる。
今まで何度となく、この「平和だねと言った瞬間に戦場と化す現象」を経験してきた。

さかのぼること数十年前、当時の私はまだ3交代制の勤務で働いていた。
日勤・深夜勤・準夜勤の3つの勤務帯から成るシフトであった。

その日の私は準夜のリーダーだった。
もう一人はベテラン女性看護師で、残る一人はまだ経験の浅いフレッシュな男性看護師だった。

夕食介助から夕薬と就寝前薬の配薬を済ませ、オムツ交換やトイレ誘導も済ませ、処置も済ませ、21時半を過ぎる頃にはドタバタのピークは1度去る。

その後しばらくは落ち着かない患者さんや眠れない患者さんがステーションにわらわらと現れるが、その対応はさほど大変ではない。
そんな患者さんの対応をしながら看護記録を記載していく。
合間で巡視もする。

23時半には殆どの患者さんがよく眠っている。
ここまで来るとホッとする。
1時になれば深夜チームと交代だ。
あと少し♪もう少し♪

ナースコールもあまり鳴らず、心電図モニターのアラームも鳴らず、保護室からの怒声や奇声も聞こえず病棟内は静かだ。

あー今日なんだか平和だなぁ〜♪

椅子で伸びをしながらつい口にしたくなる。
でも我慢。心の中で呟けば良い。

0:00になる頃だったか。
男性看護師がおもむろに口にした。

「今日めっちゃ平和っすねー。
このあと軽く飲み行きましょうよー。」


私とベテランナースは顔を見合わせて椅子からズルズルとズリ落ちる。

私は普段ほとんど怒るということがないが、このときばかりは「ぶぉぉぉぉぉい!この口か!?この口が言ったんだな!?軽く1杯なんて行けると思うなよ!!」と怒ってしまった。

私がフレッシュ男性をブッちめているその時、机の上の電話が鳴った。
プルルループルルルー♪は内線だ。
ところがこの時は
プルップルっ♪プルップルっ♪
という地獄…いや外線からの着信音であった。

ほらきた!!!!!

言わんこっちゃない!!!!

震える手で電話に出ると救急からの受け入れ要請であった。
夜間のこの時間の入院は、精神科も一般科と同様に重症な患者さんのケースが多い。

当直医と連絡を取り合い入院受け入れの準備に入る。
再び救急から連絡が入り「パトカー🚓で到着。可能であれば男性スタッフ含む数名でお迎えお願いします。」と言われる。

例の1言を口にした後輩と、開放病棟から応援に来てもらった男性看護師さんと私の3人で患者さんのお迎えに向かった。

遠目からでも、パトカーのボンネットの上を元気いっぱいに飛び跳ねている人の姿が確認できた。
全体的にベージュの色感であり、おそらくなのだろう。
お巡りさん数名が説得している様子も見える。

私は後輩をジロリと睨み「さっきの1言は絶対に言ったらダメなの。あれを言うと平和は一瞬で消え去るの。肝に銘じてね。」と優しく伝え「それからパトカーの上をピョンピョンしてる人おろしてきて♡」と命じた。

Twitterなどでも他の看護師さんが同様のことを呟いているのを見かけたことがある。
「平和だね、と言い合った瞬間に入院対応があった。」とか「このまま何もなく終わりそう!て言った途端に患者さんが転倒してしまった。」とか。
「やはりそうなのか~!」と不思議に思う。

やはりあの1言は言ってはならないのだ。

それでも未だについ気が緩み
「はぁ〜♪今日すっごいへ、、、
くらいまで言いかけてしまうことがある。
慌てて「平和」という言葉を飲み込む。

患者さんと私達の平和を守るためなら「今日すっごい屁が出てさ~」と急ハンドルを切るくらい私にはお安い御用なのであった。





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