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脈はあるか
休憩で若手ナースが深い深いため息を吐いていた。
「どうしたの?」
聞くか聞かないかのうちに「聞いてくださいよぉ~!」と彼女は話し始める。
なんでも彼女には気になる相手がおり、時々ごはんに行ったりして良い感じなようではあるが今ひとつ相手の気持ちが分からないとのことであった。
このとき休憩室にいたのは私(四十路、未婚、恋人なし、こじらせ)と医師(四十路、未婚、恋人なし、変わり者)だけである。
こんな2人相手に恋愛の相談をしてしまう時点で、彼女はもう既に冷静な判断が出来ない状態にあると言える。
私なら絶対こんな2人に恋愛相談なんてしない。
こじらせは「…わっかんないな…。」と呟き、変わり者は「本人に聞けば良いじゃん。」と柿の種を頬張りながら答えた。
この頼りない答えで諦めたら良いものを、冷静さを欠いた若い女子はどうにも止まらない。
「ちゃんと考えてくださいよ!」
何をだよ!!!!
と思ったが可愛い後輩が悩んでいるのでもう少し話を聞いてみる。
モジモジしながらああでもないこうでもない言っていたが結局は「相手からどう思われているのか分からない」ということらしい。
当事者がわからないものを第三者のこじらせと変わり者なんかにわかるわけもなかろうに。
「恋愛コラムとかめっちゃ読んだんですけど余計わからなくなっちゃって…。」
彼女のこの1言で私は急に覚醒した。
わかる!わかるぞ!!
恋愛コラムって例のアレだ!
「脈アリ脈ナシ診断」とかの!!
女性なら誰しも1度は見たことがあるのではないだろうか。
「気になる男性にこういう言動が見られたら脈アリで、こういう態度なら脈ナシ。」
フムフムと読み進めていくと下の方に「苦しい恋を詳しく相談したい方はコチラの電話番号へ!」的な1文が記載されており、途端に興ざめするアレである。
「結局そういうことかーい」と携帯を布団の上に放り投げるアレだ。
思えば私も若い頃は「恋愛コラム」に一喜一憂していた。
たとえば脈ナシの例。
・LINEの返事はスタンプだけ
・LINEの返事が1言だけで絵文字やスタンプが使われていない
・LINEが数日未読のまま
・連絡はいつも自分から
・2人ではなかなか会おうとしない
・他の女性のことを褒める
一方、脈アリの例。
・何度も目が合う
・気がつくと近くにいることが多い
・LINEの内容は質問が多い
・話の内容をよく覚えている
・さりげなく体に触れてくる
・些細なことも心配してくれる
・容姿を褒めてくれる
・デートに誘ってくる
はいストップ、ストーーーップ!!!
恋愛中(片思い中)というのは一体どれだけ判断力が低下してしまっているのだろう。
「デートに誘ってきたら脈アリかも!」
そりゃそうでしょうよ。
デートに誘われたら大概の人は「あら!やだ♡」と期待するに決まっている。
デートに誘われているのに全くの脈ナシであったら何を指標にすれば良いというのか。
脈ナシの例に関しても、私はこれに殆ど当てはまる人と付き合っていた時期がある。
彼からのLINEの返事は「うん」「そう」「了解」の3語から成り立っており、時々「あれ?…武士…?」と錯覚した。
あるいは高倉健さんが相手だったのかもしれない。
(高倉健さんだって「じぶん、不器用ですから。」と多少の自分語りはしてくれる。)
そしてそんな高倉健ライクな彼からファンシーなスタンプが連投されてもそれはそれで困惑する。
付き合う前の私は「恋愛コラム」を読みあさり、やはり不安になった。
「武士…脈ナシ確定じゃん…」
「武士…素っ気なさすぎる…」
「武士に…嫌われてるなコレ……」
しかし、ああなってこうなって結局は武士と付き合うことになった。
武士は表現こそ分かりにくかったが、優しく温かい人だった。
付き合うようになってから「脈ナシ例」のコラムを武士に見せると「え…俺これ完全に脈ナシじゃん…」と謎のコメントを口にして、自分の武士っぷりに呆然としていた。
「結局は人の気持ちなど分からない。
ちょっとした言動から相手の気持ちを推し量ろうなどというのがそもそも無理なのだ。
それに脈ナシだからといって諦められるような想いなのか?
自分の想いを大切にね!キュルルン☆」
悩める後輩に何となく良い感じに聞こえる答えを伝え、私はお茶を濁すことにした。
後輩はあからさまにガッカリした顔をして「もう〜!結局どうなんですか〜!彼は私に脈アリなんですか!!」と尚も熱心に食い下がる。
もうこれほどまでのしつこい熱い想いがあれば本人に聞けそうなものだが。
(そしてこの熱心さをゼヒ看護にいかしてほしい)
「知るか!!!」
食い下がる後輩に私と医師は同時に声を上げた。
こじらせと変わり者にしてはこれでもよく頑張ったほうである。
「長い恋愛コラムの下ぁ〜〜〜の方に書いてあるとこに電話して聞けぇ!馬鹿たれ!」と言い残し私は仕事に戻った。
そして患者さんの脈を測りながら「彼女の恋愛が上手いこと行きますように。」と、ほんのちょっとだけ祈ってやることにした。