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【掌編】発展上京中

 世間的に名の通る有名大学の医学部でなければ受験は受けさせないし学費も払わない、と父からずっと言われ続けてきた。僕はその父の言いつけを守れるようにひたむきに勉強をしてきたのだが、どうにも医学部に入学できるような学力は身に付かず、この春三度目の浪人生活が決まった。
「成人になったんだし、これからは実家にお金を入れなさい」と父に言われたことをきっかけに、去年から僕は地元のファミレスでバイトを始めた。だけど昨年の初夏頃から段々と勉強に集中できなくなり、長時間の立ち仕事のせいか帰宅すると疲れてそのまま寝てしまうことが増えた。
 この生活に慣れた頃に、来週もしくは来月にはきっと集中して勉強することができるはず。そう毎日思いながら月日は流れてあっという間に年が明けた。でもその頃になるともはや受験に対する焦りなんてなかったし、すべての不合格通知を受け取っても微塵も悔しくなくて、そりゃこうなるよなって何処か他人事として達観している自分がいた。
 でも「そりゃこうなるよな」は僕の気持ちを少し楽にさせた。何かに失敗したり嫌なことがあった時に「そりゃこうなるよな」と自分に言い聞かせると、心の底に生まれた騒つきのような小さな負の部分は増幅しなくなった。感情に執着したってしょうがないし、やってられない。

 今年もまた同じ一年を繰り返すのかと思っていた三月末頃、バイトをしているファミレスにかつての同級生の二人が客としてやってきた。
 そうか、春休みで地元に帰っているのか。確かに地元は田舎だし遊ぶ場所なんてロクにない。だけど僕が働いていると露ほども知らなかったとはいえ、自分の勤務時間にこの店に来ることなんてないのに。この二年で大学生としての生活を謳歌しているアイツらに比べて、時間が停滞したままバイトしている自分って本当に惨めだよな。僕はかつての同級生と気まずい状況で居合わせる自分の運の悪さを呪ったが、そりゃ狭い田舎なんだからいつかはそうなるさと何度も言い聞かせていた。
 その日は僕がその同級生たちに接客をするタイミングはなくて、時間が過ぎ去ってから彼らのテーブルを見てみると帰っており胸を撫で下ろしたのだが、翌日彼らは人数を増やしてやって来た。
 六人となった彼らは来店した時から不自然に店内を見回し、テーブルに着いてもニタニタと薄ら笑いを浮かべたままで、通りすがる店員にはその顔を確認するかのように覗き込むような視線を投げかけていた。
 彼らの蔑みの対象は明らかに僕であった。ここで働く僕を嘲笑うためだけにわざわざ他の友人まで呼んでやった来たのだ。僕は客席からは見えない奥の厨房に隠れていたのだが、ずっとそうしているわけにもいかず「そりゃ狭い世界で暮らしているからこうなるよな」と自分に言い聞かせて業務に戻ることにした。
 しばらくは心の負の部分を押し殺しながら平静を装って働いていたのだが、彼らの隣のテーブルの食器を片付けているとき、「カシャッ」とスマホの撮影音が耳に入った。反射的に音が鳴った方を見ると、彼らの一人が手にするスマホのレンズが僕を向いていたのだが、彼は僕と目が合うやいなやスマホをテーブルに置いて取り繕うかのように談笑を再開した。
「消してくれませんか」
 僕は片付けていた食器もそのままにして、話しかけるのも嫌だった彼らに訴えた。
「は? 何を?」
 昨日も来店していたかつての同級生が白々しい顔で答える。その返答は僕に圧をかけて狼狽えさせるかのように一音一音が強かった。既に僕の両膝は震えていたが、怯んでしまわないように意識しながら言葉を強く言い返す。
「今、撮りましたよね? 僕のこと」
「は? 撮ってないよ。画面見てただけだし」
「じゃあ見せてください。確認したいです」
 そう言って僕は盗み撮りをしていたであろうテーブルの上のスマホに手を伸ばした。すると彼は僕の手を強く振り払って抵抗を示すかのように大きな声を上げた。
「撮ってねーって言ってんだろ! 人生終わってる奴なんか撮りたくもねぇよ!」
 そう捨て台詞を吐いた後、彼らは逃げるように帰っていった。
 彼らが帰った後もしばらく僕はその場に立ち尽くしていた。脳内では何度も「人生終わってる奴」という彼の言葉が繰り返されて反響しており、その度に「そりゃ僕なんて人生終わってるからこうなるよな」と言い聞かせるのだが、いつまで経っても僕は楽になれなかった。

 翌朝、僕は駅のホームで東京へと向かう始発電車を待っていた。
 バイトが終わって帰宅するとすぐにベットに横になり、眠ることで何もかも忘れようとしたのだけれど、昨夜は一睡もできなかった。
 徐々になんだか自分の荷物をまとめたくなって、そうすることが自分の気持ちを落ち着かせる唯一の方法である気がして、次々と迷うことなく自分の服を旅行用のカバンに詰め込んだ。衣服の一番下には今まで貯めていたバイト代を隠すように大切に入れた。
 カバンに荷物を詰め込み終わると、今日この日に出発するのはあらかじめ決まっていたかのように、僕はこの地を離れる気になっていた。父を起こさないように玄関の扉を音を立てないようにゆっくりと開けている時、いつものように「そりゃこうなるよな」という言葉が湧きわがっていた。しかしそれはこれまでの「そりゃこうなるよな」ではなくて、もはやこうするしかないし、すべきであるという意味合いを強く感じていた。
 平日の始発電車のガラガラの自由席に座って、ホームの自動販売機で買った微糖の缶コーヒーを飲む。電車は地元の駅を出発し、そのスピードが上がるごとに僕が生きていた世界を段々と後ろへと追いやっていった。車窓に流れていく一軒家、団地、アパートなどの人が暮らしている建物を見て、僕はやっと自分以外の世界の広がりに気づく。この一軒一軒にそれぞれの苦しみとか悲しみとかがあるんだと思うと、喜びとか楽しみとか希望のようなものの存在を同時にそこに感じ始めていた。
 これからもしばらくは「そりゃこうなるよな」と言い聞かせる場面や出来事はあるだろう。なぜなら僕は僕のことを誰も知らない土地へ行くのだから。でもこれからは僕自身が「こうしたい」とか「こうなりたい」と願うことができるんだと思うと、こうなるよなと言い聞かせている時よりも遥かに軽やかな気持ちになれていた。

 知らない駅に電車が停車すると、通学をする高校生が乗り込んできた。春休みの補習だろうか。
 電車に揺られながら膝の上に参考書を広げて勉強をしている高校生の姿が目に入ると、僕は溢れる涙を抑えることができなくなっていた。
 僕は、執着したい。

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