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俳句を読む

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2024年2月の記事一覧

俳句を読む 46 長田蕗 自転車に積む子落すな二月の陽

自転車に積む子落すな二月の陽 長田 蕗

この句が、どこかユーモラスに感じられるのは、子供を自転車に「乗せる」のではなく、「積む」と言っているからなのでしょう。まるで荷物を放り投げるように、子供を扱っています。さらに、「落すな」という命令言葉からも、それを発する人の心根の優しさを感じることができます。その優しさは、「二月の陽」の光のあたたかさにつながっていて、太陽の明るい光が、そのまま句全体を照ら

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俳句を読む 45 上田日差子 春一番今日は昨日の種明かし

春一番今日は昨日の種明かし 上田日差子

季語はもちろん「春一番」。立春を過ぎてから初めて吹く強い南寄の風のこと、と手元の歳時記にはあります。「一番」という言い方が自信に満ちていて、明るい方向へ向かう意思が感じられます。春になり、日に日に暖かくなってゆくこの季節に、種明かしされるものとは、命の源であるのでしょうか。「種明かし」という語が本来持っている意味よりも、「種」と「明かす」という語に分ければ

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俳句を読む 44 岡崎光魚 豆腐屋の笛もて建国の日の暮るる

豆腐屋の笛もて建国の日の暮るる 岡崎光魚

昭和をノスタルジーの対象にする最近の風潮には、多少の抵抗があります。しかし、気がつけばわたしも昭和を、懐かしく思い出していることがあります。掲句、「豆腐屋の笛」という言葉を目にして、そういえば昔、そんな音を聞いたことがあったなと思いました。あの、どこか気の抜けた金属的な音が、耳の奥で蘇ります。当時の家は、今ほど密閉性にすぐれていませんから、家の中にいても

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俳句を読む 43 久保田万太郎  春浅し空また月をそだてそめ

春浅し空また月をそだてそめ 久保田万太郎

どこをどうひっくり返しても、わたしにはこんな発想は出てこないなと思いながら、掲句を読みました。昔、鳥がいなかったら空のことはもっと分かりにくかっただろうという詩(谷川俊太郎)がありました。それを読んだときにもなるほどと、うならされましたが、この句にもかなり驚きました。日々大きくなって行く月の現象を、作者はそのままには放っておきません。これは何かが育てて

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俳句を読む 42 佐藤鬼房 糸電話ほどの小さな春を待つ

糸電話ほどの小さな春を待つ 佐藤鬼房

てのひらで囲いたくなるような句です。どこか、夏目漱石の「菫程な小さき人に生れたし」という句を思い出させます。どちらも「小さい」という、か弱くも守りたくなるような形容詞に、「ほど」という語をつけています。この「ほど」が、その本来の意味を越えて、「小さい」ことをやさしく強調する役目をしています。さて、今年の冬はいろいろなことがありましたが、早いもので本日は立春に

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俳句を読む41 能村登四郎 泪耳にはいりてゐたる朝寝かな

泪耳にはいりてゐたる朝寝かな 能村登四郎

季語は朝寝。しかしこの朝寝は、朝寝、朝酒、朝湯と歌われているものとはだいぶ様子が違います。のんびりと朝寝をしていたのではなく、前の夜に眠れなかったことが、思いのほか目覚めを遅くしたものと思われます。眠れないほどの悩みとはいったい何だったのでしょうか。手がかりは泪しかありません。なぜ視覚をつかさどる目という器官が、同時に悲しみを表現するためにもあるのだろう

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