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俳句を読む

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2023年12月の記事一覧

俳句を読む 36 立花北枝 年こしや余り惜しさに出てありく

年こしや余り惜しさに出てありく 立花北枝

とうとう2023年も最後の日になりました。さまざまなことがあった2023年も、もうすぐ終了します。やっと慣れてきた2023という数字も、あまり使われなくなり、目にあたらしい2024という文字を、明日からは書くことになるわけです。掲句、その年が終わるのが惜しくて、外を歩きまわってしまうという意味です。江戸時代に金沢の地で刀研ぎ商という職を持った北枝も、大

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俳句を読む 35 松浦敬親 聖菓切るためにサンタをつまみ出す

聖菓切るためにサンタをつまみ出す 松浦敬親

クリスマスイブです。わたしの勤めていた会社は外資系企業なので、オフィスの中にもクリスマスツリーがいくつも飾られていました。この季節になると、一ヶ月くらい前からさまざまな場所のさまざまなものに、光の服が着せられます。ついでながら、サンタクロースに赤い服を初めて着せたのは、コカ・コーラのコマーシャルだという説があります。それがそのままサンタの服として定着し

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俳句を読む 34 小沢昭一 床に児の片手袋や終電車

床に児の片手袋や終電車 小沢昭一

職業柄、決算期には仕事を終えるのが夜遅くなり、渋谷駅で東横線の終電車に飛び乗ることも少なくはありません。朝の通勤ラッシュには及ばないまでも、終電車というのはかなりの混みようです。それも仕事帰りの勤め人だけではなく、飲み屋から流れてきた男女も多く、車内はがやがやとうるさく、本を読むこともままなりません。それでもいくつかの大きな乗換駅を過ぎるころには、車内の混雑

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俳句を読む 33 和田誠 檸檬抛り上げれば寒の月となる

檸檬抛り上げれば寒の月となる 和田 誠

檸檬の季語は秋ですが、ここでは、抛り上げられた空の季節、つまり冬の句とします。果物を抛り上げる図というと、わたしはどうしてもドラマ「ふぞろいの林檎たち」のタイトルバックを思い出します。また、「檸檬」という語からは、高村光太郎の「レモン哀歌」が思い出されます。そしてどちらの連想からも、甘く、せつない感情がわいてきます。句は、そのような感傷的なものを排除し

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俳句を読む 32 村上喜代子 林檎もぎ空にさざなみ立たせけり

林檎もぎ空にさざなみ立たせけり 村上喜代子

対象そのものにではなく、対象が無くなった「跡」に視線を向けるという行為は、俳句では珍しくないようです。およそ観察の目は、あらゆる角度や局面に行き渡っているようです。句の意味は明解です。林檎をもぐために差し上げた腕の動きや、林檎が枝から離れてゆく動きの余波が、空の広がりに移って行くというものです。現実にはありえない情景ですが、空を水に置き換えたイメ

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俳句を読む 31 工藤弘子 埴輪の目色無き風を通しけり

埴輪の目色無き風を通しけり 工藤弘子

埴輪と土偶と、いつも区別がつかなくなってしまいます。土偶は縄文時代のもので、一方埴輪は、古墳時代のものだということです。素焼きの焼き物です。「ドグウ」にしろ「ハニワ」にしろ、口に出せばどこかさびしげな響きをもった音です。ここで詠われているのはおそらく「人物埴輪」。目と口に穴をうがたれた、単純な表情のものです。単純なゆえに、かえって見るものの想像をか

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