特別な長男と口喧嘩の回 ~30歳になるまでに解きたい呪い~


特別は長男と口喧嘩


 私が小学生になると長男がちょっと早い反抗期を迎えた。
 小学生になる前まで兄たちを名前で呼んでいた。
 ある日急に父に「偉そうに呼び捨てで呼ぶな!」と怒られたときは、昨日までは良くてなぜ今晩はダメなのかがわからなくて結構泣いたがあれが理不尽なのだと思う。

 私はこの頃から父にとって長男が特別なことを薄々感じていた。

 長男は体が弱くて10歳になるまでは激しい運動どころかほんの少しの運動さえ気をつけるように言われていた。なので、私の遊び相手は基本的にそういうこともあって次男が多かった。年子ということもあるが、次男はとても優しくていつでも遊んでくれた。


 小学一年生のとき毎朝全員で登校していたが、長男は私の歩くスピードに合わせてくれることはなかった。
 長男と同じ年の幼馴染みが私をからかっても無視、私が泣きそうでも無視、坂道で後ろ向きに転んだ時はその場で置いて行かれた。次男はそれとは全く正反対だった。
 学校内で長男と会って声でも掛けようものなら睨まれて舌打ちをされ帰ってから「学校で話しかけるな」と怒られてきた。

 そういう仕打ちを父に相談というか打ち明けたが、笑って済まされた。
 しかしこれ次男だと怒るんだよな。実際怒ったよな。


 私はこの長男への《特別扱い》が気に入らなかった。
 長男だから父の寵愛と祖父に似ているから祖母から無償の溺愛を受け続ける長男は誰から見ても本当に特別な存在だった。

 まず、父と祖母からは一切怒られない。
 私たちが喧嘩をしても必ず長男は怒られない。
 長男に何かあったらどうするんだ、と私や次男が怒られてその後姉が理不尽に怒られる。
 私は末っ子で姉や次男がとても可愛がってくれたが、この可愛さをもっても長男を前にした父には無力であった。
 末っ子や妹という最大限の地位、権力は長男には敵わなかった。だからこそ私は気に入らなかったのかもしれない。


 そもそも長男がいないシーンでは父は私に優しかったし、末娘という可愛さを特別視してくれていた。
 私はこの『末っ子』と『妹』という地位と権力でどうにかこうにか父からの暴力、圧というものから逃れていた自覚がある。

 でもそれを超えるほど『長男』は強かった。加えて、体も弱いし内気で可愛らしく祖母からの溺愛もあるとなればそりゃあ父も寵愛するわけで。


 父の暴力や圧から逃げられる術が長男がいるとなかったから長男自身も特別扱いも気に入らなかったわけだけど、私はここで1つの武器を身に付けることになる。

 それが『口喧嘩』だった。


 少し早めの反抗期を迎えた長男は私がすることなす事全部に文句をつけていた頃だった。

 私は小学一年生で、まだ漢字も書けないかけ算も出来ない。決められた道以外から学校に通うこともできないような子供で、小学校に通うだけで私的にはかなりの自立でもあった。
 そんな私を目の敵にして毎日毎日飽きること無く文句を言う長男とそれを笑いながら聞く父はなぜか私に注意をする始末。

 ある日学校から帰ってくると扉の向こうで長男と父が会話をしているのが聞こえた。
 それは長男による私への悪口だった。

 それはとても衝撃だった。
 悪口というものをまだダイレクトに聞いたこともない私にはショックも大きくて、誰に相談していいのかもわからなかった。聞こえてしまったことなのに立ち聞きしてしまった罪悪感を感じていたのかもしれない。

 日に日にエスカレートしていく長男。
 私は我慢をするだけ。
 父は笑うだけで長男の味方。

 知らず知らずにストレスが溜まっていたのかもしれない。

 そんな時だった。
 父が母を殴ったリビングで夕飯を長男と私と父で摂っていたときだ。
 その日の夕飯はカレーライスで、ジャガイモがゴロゴロと転がってしまいそうなカレーライスだった。
 小学一年生の私はその転がってしまいそうなジャガイモをスプーンで一生懸命小さく切って食べていた。

すると、長男が私を睨んで

「カチャカチャ、うるさい!」

 カチャカチャカチャカチャとうるさかったことは認めよう。
 そりゃあ銀のスプーンが陶器のお皿の上でジャガイモなんて固いもん切ろうとしたら、カッチャンカッチャン音も鳴るし仕方ない。
 しかし四年生の兄と一年生の私では口の大きさが違う。兄が一口で食べるジャガイモが私の口には入らなかっただけなのだ。

 今なら子供も食べるカレーの具材をよくそこまで大きくしていたな、と思えるがそんな主婦目線の解答が子供の私に浮かぶはずもなく、我慢の限界を迎えてしまったのだ。


 「無理矢理に詰めて吐いたらどうするん?こんな大きいまま無理矢理食べろってこと?」

 思わず言い返してしまった。
 一度言い返してしまうと、止まらない。
 アクセル全開ぶっぱなしてしまった。

 兄が「そういうこと言ってない、静かに食えって言ってるねん」と言い返してきたが、ぶっぱなしたアクセルはスピード違反レベルで脳を動かしそれに身を任せた小学一年生の私はそこから怒涛であった。

 「じゃあどうやって食べろって言うてるん?」
 「ほな食べてみるから吐き出しても文句言うなよ」
 「兄ちゃんは音鳴らさずスプーンで切れるん?音鳴るで絶対に、やってみてよ」
 (ここで兄も実践)
 「ほら、音鳴るやん!どうしろ言うねん!誰が悪いんよ!」
 

 睨んでくる兄は私の勢いに言い返せず、ついに泣き出してしまったのだ。

 長男が泣いたことで私は怯みそうになったが我慢の限界を突破した子供とは無敵で、父からこのあと怒られることはもう覚悟していた。

 
 ここで引くわけにはいかねえ!!

 小学一年生ながらに勝負どきみたいなものを感じていたのだった。

 この日、私は初めて長男に勝った。
 父も長男にさすがに落ち着くように言った。

 しかし父は私に「口達者やなー」と言ったのだ。
 それが褒め言葉であり褒め言葉でないことをその時はまだ気づくこともなく、私はこれが末っ子としてこの家で渦巻く『特別』に立ち向かうために手に入れるべき武器だと思ってしまったのだった。



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